第9話 暗黒の騎士たち(3)

 木製の扉を勢い良く蹴飛ばし、その新たな招かれざる客は玉座の間に飛び込んできた。


 暗黒騎士の仲間だろうか?当然それが魔王の懸念であった。その者は魔王を狙いにきたと明言しているし、敵であることは濃厚である。


 長い黒髪を後ろに無造作に一つに束ね、腰に剣をいた男。頭に角はない。どうやら人間のようだった。


 その姿は魔物の皮をなめしたベストの上に、胸部だけを覆う鎧を身に付けていて暗黒騎士のフルプレートの出立ちと比べると軽装である。


 しかしその軽装の侵入者はキョロキョロと玉座の間を見渡し、困惑の表情を浮かべていた。


「こ、これはどういう状況じゃ?」


 彼の粗雑な振る舞いや口調はこの悪対悪の逼迫した状況からするとひどく場違いで、魔王も暗黒騎士もその動きを止めた。


 侵入者に最初に反応したのは暗黒騎士フラメルであった。

 フルフェイスの兜を装着しているためその表情こそ伺えない。しかし不快そうな素振りでアダルマの蛙の身体から飛び降り、その場違いな侵入者の方を見つめながら魔王の胴体に刺さした邪聖剣を乱暴に引き抜く。


「ぐあはッ!」


 魔王は痛みの声を漏らした。フラメルは邪聖剣に付着した魔王の血を汚らわしそうに振り払う。


「暗黒騎士と魔王の決戦、これは神話に比肩する戦いだ。それなのに何なのだ、お前は?人間だろう。勇者パーティーの生き残りか⁈」


 怒りよりももっと低い感情の発露。目的地に急いでるところにくだらない用事で引き止められた子供のようだった。


「暗黒騎士と魔王じゃと?いや、勇者の一味と言ったな?奴とはとっくにたもとを分かったわ!わしはシェイクソードの唯一のライバル、〈魔法僧侶剣士〉ジャックじゃ!」


 ジャックと名乗った侵入者は奇妙なクラス名を口にした。そしてシェイクソードというのが勇者の名前だと理解するのに魔王アダルマは数秒を要した。


「それに生き残りと言ったな。…シェイクソードはどうした?ここに来たはずだ。そして他にも何人か仲間がいたはずじゃ、そいつらもどうした?」


 この場でその問いに答えられるのは魔王アダルマただ一人であろう。フラメルには答えようもないし、その義理もない。


「人間の分際で!うろうろするな!失せろ!」


 フラメルの目が暗く輝き魔力を高める。


「凍える囁き 戦慄せしめよ黒き韜晦 その身を穿つ剣となれ 氷塊列弾フロストバレット!!」


 魔王にも使用した無数の氷柱で敵を穿つ高等精霊呪文を唱えた。


 しかしジャックも素早く呪文の詠唱に入る。


「我命ず 塵埃りにまみれし古き小人 忘却されし威厳ここに示せ 焦煙焼却バンセレネーション!!


 驚いたことに火の精霊呪文で発生させた炎の壁で氷柱の直撃を防いだ。


「質問に答えろ!なに急に攻撃してくる!シェイクソードやその他の仲間たちはどうした!答えられない痛めつけるぞ!」


 ジャックは新たな呪文を唱える。


「天より来れ 獰猛なるもの 一陣の嵐を巻き上がれ 空烈一条シャイドフラッシュ!!」


 火の精霊呪文に引き続き、風の精霊呪文を行使した。

 それほど高位の呪文ではないがこのスムーズな呪文の連続行使はこのジャックという人間がかなりの呪文巧者だと伺わせた。


 しかしフラメルは剣を握っていない左手を前に掲げると鉱物化させ掌で突風を弾く。

 鉱物化は物理攻撃だけではなく、呪文すら阻む鉄壁さを垣間見せた。


「小賢しいぞ、人間!目障りだ!さっさと逃げるか死ぬか選べ!」


 遠距離からの呪文であっさり仕止めるつもりが意外な抵抗と反撃をジャックは見せた。

 フラメルは邪聖剣による殺害へと切り替えジャックに襲いかかる。


 するとジャックは恐ろしい速さで腰にある剣を抜刀し、その一撃を受け止めた。


「ほう!」


 アダルマは思わず感嘆の声をあげる。


 暗黒騎士と鍔迫り合いの形になった瞬間、ジャックの剣がするっと向きを変え、その状態から不規則な加速した。

 剣の軌道はフラメルの額に吸い込まれていく。しかし咄嗟に自分の頭を剣の横腹に自らぶつけ直撃を避けた。


 フラメルのその攻撃的な防御でなければいまの一撃でこの戦いは決着していたかもしれない。


「いきなり斬りつけてきやがって!状況がさっぱり読めん!シェイクソードたちがどうしたか答えろ!お前が暗黒騎士ならそこのふさふさでぶよぶよした魔物が魔王とでも言うのか⁈…よく見ると背中からなんか生えとるぞ!」


 ジャックは早口で捲し立てた。この侵入者がイレギュラーな存在であるのはアダルマだけではなく、暗黒騎士フラメルにとっても同様のようだった。


「その剣、もしや隼迅の剣だな!そんな代物を人間のお前がなぜ所持している?」


 ひび割れた兜の間からフラメルの鋭い眼光が顕(あらわ)になる。

 恐らく頭部も鉱物化が可能なのであろう。ダメージそのものは感じられなかった。


「ふん、この剣の名前は知らん。隼迅の剣というのか。これはこの城の宝箱に入っておったのよ!どうして魔王の城ってやつはこう、強い武具が配置されてるんだろうな!まぁシェイクソードたちには発見できなかったようじゃが」


 隼迅の剣とは一呼吸で二回の剣撃を放つことができる伝説の武器の一つである。その刀身は片刃でわずかに反りがあり、東の海を渡った大陸に伝わるという"刀"に近い。

 二回の剣撃が同時に放たれるというのは正確ではなく、切っ先だけは両刃になっているため、それにより放たれる斬撃と突きの流れるような連続攻撃が受けたものにとっては二回の同時攻撃と感じられる。


 なお勇者パーティーもこの伝説の剣は城内で発見していた。しかし勇者シェイクソードはそれよりも攻撃力の高い聖なる炎の剣〈熾天の剣〉を既に所持していたため宝箱に戻してそのままになっていた。それをジャックが発見し持ち出したというのが真相である。


「剣の質問には答えてやったぞ。次はお前が答える番だ。三度目だぞ、シェイクソードと仲間たちはどうした?」


 その質問を無視するとあと一撃でも喰らえば崩れ落ちそうなひび割れた兜をフラメルは脱ぎ捨てた。

 するとそこには銀色の少し癖のある長い髪をした神経質そうな美青年が現れた。


「ん?何か想像と顔が違うな…。暗黒騎士ってのは案外普通なんじゃな」


 ジャックが普通と感じ表現した理由すぐにわかった。魔族であるが角が生えていない。


「お前、本当に魔族なのか?」


「その質問には即回答してやろう。僕の名誉のために言うが我々暗黒騎士全員、角をはやしてはいないし、それをもって実は人間であり、お前らと同胞である、などというおぞましい展開は一切ないッ!」


 角がないことを人間相手に弁解するようなかたちとなったフラメルは自己嫌悪で冷静さを失いかけている。

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