第8話 暗黒の騎士たち(2)
勇者突入時から半ば開け放たれたままの扉はトントントンと軽快に3回ノックされた。
それは形式的で何の意味もない合図であり、その証拠に魔王の返事を待つことなく、その者は足早に入室してきた。
そこに現れたのは顎まですっぽりと覆われたフルフェイスの兜を被り、装飾もないシンプルな造りの鎧を纏った騎士であった。
しかしその鎧兜は上から下まで全て漆黒に染まり、禍々しい雰囲気を漂わせている。鎧の隙間から見えるぴったりとしたアンダースーツ、そして足元のブーツまでもが徹底的に黒に染めあげられていた。
「お初にお目にかかります、暗黒騎士団が一人、
その挨拶は棒読みで感情の起伏にも乏しい。だが声色はその漆黒の鎧兜の禍々しさに反して細く柔らかい。体格は華奢で、長身であるが第一形態の魔王よりも低い。
「自己紹介の必要はない。例え暗黒騎士という存在を知らない者が貴様を目にしても勝手に"暗黒騎士"と呼ぶであろう」
そう言う魔王であるがもちろんその存在を知っている。そしていま最も相対したくなかった驚異。
〈暗黒騎士団〉とは。
かつて
冥王、魔王と並ぶ三大魔の
この地上にはかつてあらゆる悪を滅ぼす12本の聖剣が存在していた。
その12本の聖剣を奪い、汚染し、魔に染め上げ邪聖剣という忌まわしい代物へと作り変えた悪の剣士たち。それが暗黒騎士団の成り立ちと伝えられる。
その剣技は地を裂き、海を割り、空を斬る。また剣技だけではなく、凡ゆる魔術に精通しその魔力と知識は賢者と遜色ないという。人間の
その暗黒の勇者とも言うべき一人が満身創痍の魔王の元に絶望を伴い現れた。
荒れ果てた玉座の間で両者は向き合ったまま距離を保っている。
半死半生の魔王と無傷の暗黒騎士。例え魔王が万全であっても必ず勝てる保証もない
どちらが優勢かは明白でもあった。
「念のため無駄な問いをしてやろう。アポイントもとらず何の用で余の城に入り込んだ?」
「暗黒騎士がこうして参ったのです。ご想像のとおり"それ"以外に何がございます?!」
表情はそのフルフェイスの兜から伺うことは出来ないがその言葉は酷く加虐的な響きを持って発せられた。
「ほう。魔族が人間の尻馬に乗り、余の首をとりにきたか。この痴れ者がッ!」
この理不尽な悪夢の連戦を前に、魔王の声は怒気を帯びる。
「悪く思わないでくださいなどとは言いません。どうぞ好きなように憎み、
暗黒騎士フラメルは迷いなく大胆な足取りで魔王との距離を詰めていく。
暗黒騎士の初撃は剣か、それとも呪文か。
「しかし貴方が勇者と共倒れにならなくて良かった。こうして貴方の首を持って帰ることができる。ただひとつ懸念が」
「なんだ?もう余を倒し、生きて帰る算段か⁈案ずるな、そう易々と事は運ばせんぞ」
どれだけ疲弊していようが魔王と暗黒騎士がこうして出会ってしまったのだ。戦い以外の選択肢は最初から存在しない。魔王は当然ながらとっくに徹底抗戦を決意している。
「うーん。そうだ、あれだ、リリパットだ」
ん?と魔王は訝しげな表情を浮かべる。それはこの緊迫感からすると突拍子もない言葉だった。
「リリパットという小鬼の種族がいるでしょう。
〈リリパット〉とはこのパンスペルミア大陸に古くから生息するリザードマン、エルフなどと同じ亜人間の一種である。成長しても人間の幼児くらいの身長で、小さな角と赤い目、尖った耳にくるっと丸まった豚のような尻尾をもつ。単体ではそれほど恐ろしい魔物ではないが群れで行動し、自作の槍や弓矢を構え、お揃いの頭巾を被り人間を襲う。その頭巾もまた自作で手先は器用。織物を作り人間と商売をする融和的なグループもいる。
「貴方の首を持って帰ったところでそれが魔王だとは誰も思わないのではないでしょうか。その辺のちょっと目つきの獰猛な大きめのリリパットのものじゃないのかと疑われそうだ」
フラメルは無邪気な口ぶりで魔王を愚弄した。
「この…虫ケラめが、ほざくなッ!!!!!」
これほどまでに公然と侮辱をされたことがこれまであったであろうか。
怒りに震えた魔王は損傷していない左腕に魔闘気を集中させる。
しかし先程と様子が違う。勇者パーティーとの決戦で魔闘気を全て使い果てしてしまったようだ。
この1時間にも満たない休憩ではほとんど回復していなかった。
「ちっ!それならば!」
舌打ちをすると女武道家を差し貫いた鋭利な鉤爪を剥き出しにして、力任せな直接攻撃へと切り替える。
フラメルは泰然とした様子で魔王に向かい、詠唱をしながら徐々に距離を詰めていく。
「凍える囁き 戦慄せしめよ黒き韜晦 その身を穿つ剣となれ」
走り寄るフラメルの背後に複数の氷柱(つらら)が凄まじい速度で生成され漂い始める。
「
発動する氷の精霊呪文。飛行する無数の氷柱が一斉に魔王に対してその鋭利な先端を向ける。
身をよじり正面からこの氷柱を薙ぎ払おうとしたが、下半身の蛙が魔王の意思に反してピクリとも動かない。魔闘気に続きまたしても起こった想定外の状況にアダルマは困惑せざるを得ない。
本来であれば呪文に対して極めて高い耐性を発揮する魔王であるが、石化呪文の進行を停止させるため、耐性へろくに魔力を回すことが出来ない。さらに下半身の動きが鈍く、かわすことも出来ない。
(ならば、肉を切らせて骨を断つ!)
防御を捨てフラメルへの迎撃に全ての意識を向ける。
その魔術で生成された鋭利な氷柱(つらら)は本来のアダルマの耐性から考えればありえないほど容易くその身体を貫く。
「ぐはッ!!!」
しかし構わず接近するフラメルに魔王は左手の鉤爪による渾身の一撃を放つ。
魔闘気の付加こそないがこの第二形態の魔王の強靭な
フラメルはその攻撃に素早く反応し、左手に括り付けている円形のシールドで防ぐ。
「無駄だ!その腕ごと打ち砕いてやる!」
邪悪なる爪がシールドに直撃すると魔王の想定通りフラメルのシールドはガラスのように砕け散った。
しかし魔王の左手はシールドを破壊した手応えとは全く別種の衝撃が走る。
(盾の下にその盾よりも強靭な何かが⁈)
戦闘中にも関わらず、いま起きたことを理解するため自身の左手に注意を払う。すると鉤爪が砕け左手は赤く染まっていた。
「ふふふ、どうした魔王?何を呆けている?違和感でもあるのか?」
フラメルの左腕を見やると破壊されたシールドが覆っていた前腕部、そこから除く素肌は
無色透明の水晶のような鉱物に変化していた。
「人は僕のことを
「ふん、防御力が高い、など自慢げに語ることこか!丸まって逃げ隠れするだけで地上が手に入る道理はないだろう!」
いまのアダルマは虚勢を張ることでしか自分を鼓舞できない。
「それもそうだな。ならば攻撃に転じよう」
アダルマの当て擦りなど気にも止めずフラメルは剣の柄に手をかける。
その所作だけで魔王に不吉な威圧感を与える。
暗黒の力で汚染されたという邪悪なる聖剣。この矛盾を孕んだ存在の剣を魔王もその目で見たのはそれほど多くない。
鞘から漆黒の刃が徐々に姿を表す。その刀身は割れた窓から刺す陽光を照り返した。
邪聖剣は通常の剣よりも小ぶりの直剣であった。一見するとその色彩を除けば凡庸であるが、刀身の厚さが1センチを超えている。通常の剣は6〜8ミリなので遠目でもその分厚さが目につく。
「魔王よ!覚悟しろ」
「ふんッ!そう言った勇者も先程返り討ちにしてくれたわ!」
邪聖剣を手にしたフラメルは斬りかかるのではなく、魔王の下半身、蛙の部分に凄まじい高速の突きを叩き込む。
「ぐほッ!」
その凄まじい突貫は魔王の目でも捉えきれなかった。
「ほう、手ごたえがまるでないな」
その分厚い刀身を抜き去ると今度は上から横からやたらめったらに剣を振るい切り刻んだ。
「この気色悪い蛙は放置するか」
下半身へのダメージは致命傷につながらないとみると上半身部分に向けて氷の呪文を放つ。
「淡雪よ 我が手に集いて 吹雪と成れ
「ぐおおおおッ!」
(魔縁さえいれば!このような攻撃!この忌まわしき石化の呪いがなければ!このような呪文!)
万全であればと思わずにはいられない。本来取るに足らないはずの呪文で発生した猛吹雪が身体を痺れさせ皮膚を灼く。
怯むアダルマの蛙の身体に邪聖剣を水平にして再び突き刺すとそれを足場に毛むくじゃらの身体を器用に駆け登る。
「よくもさっきから無駄にでかい図体で僕を見下してくれたな」
上半身を射程に捉えると魔王の顔面に正拳をくらわせる。
「ぐああ・・ぐぅ」
魔王は力無く苦痛の声をあげる。フラメルの握った両拳は光り輝いている。
「防御こそ最大の攻撃という口上は月並みかな。だがこの僕の能力を馬鹿にしたが鉱物化は強力な武器にもなる!!」
水晶製の手甲を身につけたような両拳で何度も激しく殴りつける。アダルマはたまらず既にぼろぼろの両腕でガードした。するとフラメルは腰を低く下ろし右手を脇のあたりに構える。
「はあああッ!!」
掛け声と同時に放つ渾身の正拳突きはアダルマの右目を潰した。
「ぐはッ!!」
アダルマは痛みよりも屈辱で顔を歪めた。
(こんな若造相手にこの魔王が顔面をしこたま殴られるとは!あってはならない、許されてはならない!)
顔面だけでは飽き足らず胸、腕、肩とその攻撃範囲を上半身の至る所へと広げていく。
魔王は確実に死へと近づいていった。
(騎士に撲殺される魔王、なんと哀れなことか)
その時魔王は薄れゆく意識の中、入り口の方に目をやるとそこに黒い人影に舞い込んできたのが見えた。
更なる侵入者。
これまで誰も訪れることの出来なかったこの玉座の間が昨夜からなんて騒がしいのだろう。
するとその侵入者は入るなり大きく叫ぶ。
「魔王よ!覚悟しろ!!!この地上を平和にする者はわしじゃーーーーーッ!!」
勇者、暗黒騎士に続く〈第三の侵入者〉のその叫びは魔王に向けたものというよりも、それ以外の誰かに対する宣言のようだった。
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