第4話 そして伝説が終わった!(4)
「はぁはぁはぁ…。もう嫌。このままでは勝てない、みんな死んじゃうよ」
この自分を偽ることを知らない女武道家は弱音すら平然と吐く。
女賢者は膝をつき、戦士は失った左手の傷から再度出血し
勇者は魔王の渾身の一撃により天を仰いだままであった。
半年前にこの勇者パーティーが打倒した冥王は絶対零度の冷気を放つ呪文と、鋭利な爪を剥き出しにした物理攻撃を連続で放つ恐るべき相手だった。
しかし、魔王はその上を行くと言っていい。冥王が2回行動だとすると魔王は魔闘気による物理系の攻撃と蛇亀による回復、妖鳥による補助強化呪文により規格外とも言える〈3回行動〉を実現した。
女武道家の最大奥義を怪鳥の
勇者パーティーは決め手に欠けたまま徐々に追い詰められていく。
戦闘時間が長くなればなるほど地力で勝る魔王へ戦局が有利に傾いていく。そしてさらに脅威なのが魔王はもう一段階の変身をまだ残していることである。
一人佇む女賢者。賢者とは悟りを開いた者だけが到達できる神秘の
かつてない絶望的な状況を前に"悟りの境地"とは無縁とも思えるこの俗っぽくて常に明朗な賢者は決意した。
「ここは私が打開する」
「え?何か手はあるの??さすが!!」
女武道家は他人の言葉の裏を推し量るのが苦手だ。いや苦手というよりも全く出来ない。他人の言葉を聞いたまま受け取る。
「いけません!魔王もそうであるように回復、補助がこの局面において最も重要。このパーティーではあなたしかその役割は担えない」
しかし戦士は女賢者が決死の判断をしたことを感じ取り、多少先走ったことを口にする。
「何をしようとしているかはわからない。だけどその選択で失うものは取り返しがつかない気がする」
勇者はどれだけ無責任と言われようが代替案などないまま否定する。
しかしこのままでは全滅は時間の問題であった。
「みんなわかっていると思うけど、私たちが命を燃やした一撃を魔王にお見舞いしたとする。それは大きなダメージを与えることが出来ても決して命を奪うところまでは届かないでしょう」
「それはどういうこと?」
「私たちと勇者の命の使い方を平等にしたらこの戦いは勝てない。魔王を倒すのは勇者の一刀のみ。私たちはその一刀を振るう機会を作るために全ての行動をすればいい。それだけが勝利につながる。言葉にしなくても私たちは常にそうしていたはずよ」
(そうだ、そのために祖国を捨て、ただ勇者の盾になるためにこのパーティーに加わったのだ)
戦士は自身がどこかで明日の戦場を想定していたことを恥じた。
(そうよ、私たちが倒れても勇者さえいれば必ず新たな仲間が集い、悪を滅ぼす)
武道家は滅私することですぐさま動揺をおさめた。
「さあ!この戦いの最後の一幕、私から始めさせてもらうわ。みんな、続いて!」
「我ら魔王を倒すためだけの肉弾と化す!まずは確実に分身を倒す」
「そして第三段階の変身までは引き出すわよ!」
「よせ!ここはみんなの力を合わせるんだ!」
勇者は叫ぶ。しかし、この誇るべき仲間たちがこの言葉を聞き入れられないことを誰よりも深く理解していた。
「私が桜花の奥義を駆使して1分、魔王とサシで持たせる!」
「ならば!私は亀を踏みつけて鳥を捕まえて見せましょう!」
女武道家と戦士は全身全霊をもって女賢者の秘策のための時間稼ぎにその生命をかける。
魔王を殺し得る勇者の一撃。それを可能な限り後ろ倒しにし、その瞬間まで温存させる。
「人間共よ、こざかしい密談は終わったか!」
魔王の下半身の蛙は飛び跳ねるのではなく、ゼンマイ仕掛けのおもちゃのように左右に身体を揺らしながら猛スピードで勇者へ目がけ突進する。女武道家はすかさず勇者の前に立ち塞がる。
「任せて!あなたは魔王を仕留める一刀を練り上げなさい!破ッ!」
勇者を殺傷力のない気功で軽く吹き飛ばすと両足を大きく広げ大地を踏みしめる。
そして両掌を軽く魔王に向け大きく深呼吸をする。
戦士は蛇亀と対峙すると片手で戦斧を力いっぱい振り下ろし動きを止める。そして妖鳥が視界に入るとすかさず戦斧を手放し、腰のベルトにある持ち手の先に鉄球が繋がれた武器を取り出す。
女賢者の身体は青白い輝きを放つ。そしてぴんと右手の指先を伸ばすと身体全体の光がそこに収束していく。
その指でまずは地面に、続いて空中にと複雑な魔法印を描きながら詠唱を開始する。
「ホスティ オブシスタント ヴィタイェ ウトゥ カプティ イン アエタラム…」
人と神が地上に共存した太古の魔法言語で紡ぐこの呪文は〈古代語魔法(Ancient magic)〉という。
〈魔術〉ではなく〈魔法〉。魔術は現在において既に体系化され、学問の領域にある。しかし〈魔法〉はそうではなく、未だ神の奇跡の領域とされた。暗黒魔術も精霊魔術も神聖魔術も全て〈魔術〉に留まる。古代語魔法のみが魔法という超越した語句を冠する。
女賢者は魔王との決戦のため、複数の失われた古代語魔法を再構築し準備していた。
しかし古代語魔法はその習得に大変な労力が必要な上、使用に際しても特殊な触媒、実戦で描くには複雑な魔法印、そして決して効果に釣り合うとも言えない莫大な魔法力の消費と、コストパフォーマンスが悪く、使いどころが難しい。魔法は必ずしも魔術より優れているとは言えないのだ。
事実女賢者も用意した古代語魔法のうち一つしかこの戦いで使用していない。それはこの魔王城を常に覆う魔の霧を突入時に払った破邪の呪文である。
しかしこれから使用する古代語魔法こそ、対魔王戦の最大の切り札であった。
女賢者を中心に魔法力の渦が発生し、砕けた壁や床の瓦礫が舞い上がる。それは魔法力の膨張を意味する。
通常魔術の領域では望む現象以外は発生しない。敵を炎で燃やしたいのに、周辺の自然まで広がってはそれは望んでいない現象となる。しかし、この古代語魔法はいま風を巻き起こし、周りに熱を放射していて、賢者をもってしてもその制御の困難さを浮き彫りにしている。
しかし、女賢者はその強大な魔法力で見事に呪文の制御を取り戻し、術式は巨大な魔法陣として現出した。この魔法陣は"積層型立体魔法陣"と呼ばれる最も高度なものでこれから発動する〈魔法〉が低級、高等、極大の
「その魔力!!!禁呪か!この城も我が国もすべて滅ぼすつもりか!」
「よそ見してる場合じゃないよ!!」
魔王はこの異常事態を阻止しようとするが女武道家と決死の攻防により貼り付けとなる。
戦士、女武道家が魔王とその分身とで繰り広げる激しい応酬。その攻防は数秒ごとに二人の体力を削っていくが徐々に魔王と二対の分身を中央へと誘導していく。
積層型立体魔法陣は今度は縮小をし、魔王たちをすっぽりと覆い尽くした。
「準備ができたわ!離れて!」
「く、頼みます」
「ごめんね・・でも無駄にはしない!その命、必ず繋げるよ!」
女武道家と戦士はその場を離脱した。
女賢者は目を閉じたまま魔王たちに無防備に歩み寄っていく。右手を掲げると魔法陣はさらに収縮していき、中央の魔王と二体の魔獣を捉えた。
「貴様ら何をーー」
魔王が声を上げた刹那、時が止まったように勇者は感じた。
「
女賢者は魔王たちに向かって手をかざした。するとごわんごわんごわんと音を立て床が突然命を得たかのように鳴動する。
これは地震ではない。何か巨大で透明な生物が地面を這っているようだった。そして石畳が次々と剥がれ床がぐにゃりと律動すると魔王たちに向かって透明の魔法力の波動が襲いかかる。
最初にほとんど身動きをしない蛇亀をその波動は捉えた。すると蛇亀の身体は足元からどんどん石化していく。
「この呪文は⁈」
初めて目にする呪文に戦士は思わず声をあげる。
「あらゆる生物を石化させることが出来る。例え神霊クラスであっても受肉してさえいればこの呪文は対象を石に変えその活動を止めるでしょう!」
続いて空中の妖鳥も動きを止め苦しそうな唸り声をあげる。
魔術でも対象を石化する呪文は存在する。しかしこれは極めて成功率が低く、呪文耐性が明らかに低かったり、魔導士としての格に明確な劣後があるものにしか通じず、実戦においての、ましてや魔王クラスに対しての実用性に欠けている。
だが、この古代語魔法の石化はかつて頭髪を蛇に変えられた古代神の御業を現象として切り出し、現世へと発現させる。
「この魔法でも魔王を石化し、その活動を完全に停止させることは出来ないでしょう。でも!魔王の分身であれば確実にその息の根を止めることは出来る!そして魔王本体にも深刻な状態をもたらす」
「ぐああああああああ!おのれえええええッ!」
魔王は苦悶の表情を浮かべる。両手に握った剣を手放し、胸を掻きむしる。また元から裂けていた口をさらに大きく開き、牙と歯肉を剥き出しにして叫ぶ。
石化現象は肉と血管を蝕む。それは絶え間ない苦痛を伴うのであろう。
「みんな!あとは頼むわ!必ずや地上を人間の手に取り戻して!」
そう言い残すと女賢者は光の束に姿を変え、弾けて消え去った。
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