第3話 そして伝説が終わった!(3)

 これまでの魔王は〈呪文攻撃主体〉の魔導士タイプと言えたが第二形態となった魔王は完全なる〈物理攻撃主体〉のタイプへと変身を遂げた。


 戦士が喝破したとおり、その体力は第一形態のダメージを全て回復した上、さらに上限の見えない、桁違いなものへと上昇している。また攻撃手段も剣撃による近接攻撃、そして剣から放つ魔闘気によって遠距離攻撃も行う。防御に関してもこれまでの魔力耐性に特化したものではなく、蛙の下半身は対物理、対魔術防御を併せ持った奇妙な性質であった。


 しかし勇者パーティーは冥王を打倒した精鋭たちである。第二形態の魔王とも一進一退の攻防を繰り広げる。


「深淵に蠢く不滅の鎖よ 豪炎を纏い咎人を捕縛せよ 爆霊焔環爆動索エクスヴァルフレイム!!!」


 勇者が唱えた呪文により炎の鎖が空中に現れる。この鎖は長時間に渡り高音を保ち、拘束した対象にダメージを与え続ける極限の炎の魔術である。


「くぐぐぐぐううああ…!」


 この呪文は冥王にも大きなダメージを与えた。第二形態の魔王であっても苦悶の声を漏らす。

 しかしその時突如として魔王の背後から高速で羽ばたく物体が現れた。


「強靭な炎盾エンハンスメントフラム!」


 その物体の放った呪文を魔王が受けた途端、劫火の鎖を魔王は力任せに引きちぎり、炎は霧散して消えた。


 すると今度は魔王の足元からのっそりと、甲羅を背負った亀のような魔物が歩み出る。


「癒しの清流アクアベネトレーション!」


 亀のような魔物が唱えた呪文によって全身に負った魔王の火傷は瞬時に癒された。


「なによ、こいつら⁈一体何処から現れたの?」


 女武闘家は困惑する。勇者たちの目の前に突如として出現した二体の魔物。


 最初に現れた鳥は6本の足と4つの翼を持つきじと孔雀を合わせたような妖鳥である。

 目とくちばしは小さく、全身は白い羽毛に覆われているが首周り、尾の付け根、足回りは黒い。


 次に現れた亀はよく見ると尻尾が蛇で亀とは別の意思を持つように勇者たちを威嚇する。黒い光沢のある甲羅からは蝙蝠のような翼が生えているが、その翼は小さく退化しているため恐らく機能はしていない。両手足の爪は鋭利で赤く、まるで血に染まっているようだった。


「こいつらはなに??どういうこと?魔王の増援??」


 この女武道家は感情を隠すということを基本的に一切しない。嬉しいときは身体全体で喜び、気に入らないことがあれば露骨に拗ねる。戦闘中にも関わらず駆け引きとは無縁な誰にでも分かる動揺の色を浮かべた。


「いえ…。この二体はいま現れたのではなく、最初からこの場に存在していた」


 女賢者は何かに気付いた様子であった。


「ほう。なかなかさといな。賢者よ、貴様のその感じ方は正しい。この二体はそう、余の一部。この第二形態は第一形態から飛躍的に攻撃力、防御力をアップするかわりに呪文の行使ができない。それを補うため余の魔力を司る部分を切り出したのがこの二対の分身だ。それぞれの役割として鳥型の分身は余の力を強化するのと貴様ら敵の能力を弱体化させる。そして亀型の分身は回復呪文を唱え、傷を受けた余をたちまち回復させる」


 二体の魔王の分身は能力上昇バフ弱体化デバフを使いこなす補助役と回復を担うヒーラー役ということとなる。


「4対1で数だけはこちらがリードしていたのですがね。4対3となってしまったか」


 かつて最強の軍隊に所属していた経歴から数の強さをこの場の誰よりもよく知る戦士はユーモアを交えながら真顔でつぶやいた。


 ふと戦士を見た女武道家は悲鳴を上げた。


「きゃーーーッ!その怪我は!!」


 戦士の左腕は肘から下がない。先ほどの魔王の剣撃を防いだ盾ごと切り落とされていたのだった。


「頼む!すぐに回復を!」


 勇者は女賢者に目をやるが戦士は微笑を浮かべ首を振る。


「お待ちを。幸い先程の回復呪文で出血は止まりました。腕を繋げるには時間がかかります。このままで問題ありません」


 勇者はわずかに頷き、戦士の凄まじい精神力に改めて敬意を表した。


 妖鳥は魔王の周りを不敵にゆっくりと旋回する。それとは対象的に蛇亀は呼吸をしているのかすらわからないほど地面に張り付いたまま微動だにしない。


「あれらに自我のようなものはないと思う。魔王を、自身の本体を守護する本能のような行動を取るんでしょうね」   


「目障りだわ。へへ、先にあの二体から倒すのがセオリーよね」


 女賢者も女武道家もその戦意は相変わらず高いままだ。このパーティーなら勝てる。勇者はそれを強く確信した。


「そうだね。ここは役割分担といこう!」


 誰よりも動揺し、誰よりも早く立ち直った女武道家の提案に勇者が明るく即答した。


俊身躍動楼エンハンスリヴォルブ!」


 女賢者はパーティー全体の身軽さを向上させる補助呪文を唱えた。そしてパーティー全体を見渡せる距離を探る。


 妖鳥は女賢者が呪文で制し、魔王本体を女武道家がその体術で牽制。攻撃力の高い、戦士と勇者が連携し、蛇亀を倒す。この人間界最強パーティーは即座にそんな連携をイメージした。


 この4人の出会いはバラバラであった。ある者は冒険初期、酒場でのパーティー募集で条件が合ったため仲間になった。ある者は冒険の途中で遭遇した敵との共闘から仲間になった。

 このパーティーが最強たる所以はそれぞれがその職業クラスでのエキスパートであり、瞬時に自分がなにをすべきかを決断できる。


 そして勝利のイメージはたった一つ。


 〈魔王を倒すのは勇者の一刀〉


 そこに至るための最適解をつねに導き出すことで勝利を重ねこの場に4人は立っている。それは相手が魔王であっても変わらない。


「桜花凶星拳、奥義・石門防蹈せきもんぼうとう・・・」


 女武道家の出身国に伝わる秘伝の武術〈桜花凶星拳〉。全身の気を練りあげることで、肉体を鋼に変え、敵を討つ。近接攻撃だけでなく、気功波を飛ばすことで遠距離、複数の敵にも対応が可能な拳法である。


 気を練り上げひゅーーと大きく空気を吸い込む。すると身体の隅々まで練り上げられた気が充溢していく。女武道家は地面を大きく蹴り上げると旋風のごとく魔王本体へと突撃した。

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