366 とある日の昼食

 ゴーシュ工務店に精霊の木を持ち運んでから数日が過ぎた。


 まだゴーシュから鑑定結果は届いてないけれど、時間がかかるのは当然だし、デリカ家の厚意でやってもらっていることだ。俺はゆっくりと報告を待ちながら、ようやく普段通りとなった生活を楽しんでいる。


 今日は旅から戻って二度目となる教会学校の登校日。午前中の授業を済ませ、今は教会学校の敷地の庭に土魔法でテーブルと椅子を作り、昼食の準備をしている最中だ。メンバーは俺、ニコラ、パメラの三人。


 昼食のメンバーは以前と変わらないが、パメラは俺たちが旅に出ている間、同世代の女の子たちと一緒に昼食を食べていたらしい。しかし俺たちが戻ってくると、パメラからまた三人で一緒に食べようと誘われたのだ。


 パメラは元登校拒否児で人見知り。今の昼食友達はそんなパメラがしっかりと学校に通って作り上げたコミュニティだ。俺がそれに変化を加えるのも良くないと思い、断ろうと口を開きかけたところで先にニコラに承諾されてしまった。


 まあパメラは喜んでくれたし、なんならパメラからその報告を聞いた友達の女の子たちもきゃっきゃとはしゃいでいたので、これでよかったんだと思う。彼氏だ恋人だのと囃し立てていたのには、一抹の不安を感じたけど。まあ女の子はおませさんだし仕方ないね。



「あの……これ、私が作ったの。マルク君、ニコラちゃん、よかったら食べて?」


 俺が自分の弁当箱を開け、本日の父さんと一部は母さんの自信作を眺めていると、パメラが普通の半分ほどの小さな弁当箱をそっと差し出し蓋を開けた。その中には、きれいに巻かれたかわいい卵焼きがずらりと敷き詰められている。


「もしかして、僕らのために作ってくれたの?」


 パメラがこくりと頷く。今朝、通学の待ち合わせ場所の噴水にパメラと一緒にいた母親のカミラが「昼食を楽しみにしててね」と、俺たちにニヤッと笑いかけた意味がようやくわかった。わざわざ作ってくれるなんてありがたいね。


「わあ、ありがとう。それじゃあ遠慮なく」

「いただきまーす!」


 俺とニコラがフォークをぶすりと刺し、卵焼きをぱくりと口に放り込む。


 するとふんわりと柔らかく何層にも重なっている卵の生地が、口の中でゆるゆるとほどけていくのを感じた。おお……、これはなかなか技術がいるんじゃないか? 少なくとも俺には無理だろう。


 味の方は甘めに仕上げられており、教会学校で少し疲れた脳みそにやさしい甘さがじんわりと染み渡っていくようだ。なんだかほっとした気分になるね。


 ひとつめの卵焼きを存分に味わい、まったりとした気分に浸っていると、ふと視線を感じた。そこには緊張した面持ちで、こちらをじいっと見つめるパメラの目があった。


『ほら、お兄ちゃん』

『わかってるよ』


 ニコラは俺を鈍感だと思ってるフシがあるので困る。このくらい俺にもわかるのだ。


「カミラさんに料理を教わってるのは聞いてたけど、パメラの料理を食べたのは初めてだよね。すごくおいしいよ」


「本当!? うれしい……。マルク君たちが旅に行ってる間に、たくさん練習したの。それで、これならマルク君に出しても大丈夫って、お母さんが言ってくれて……」


 はにかみながらパメラが早口気味に答える。うーん、かわいいなあ。隣に座るニコラもほんわかとした顔でパメラをみつめている。今ここに、癒やしの空間が完成したのであった。



◇◇◇



 ――そうして食事の時間が終わり、俺たちは揃って席を立つ。さて、ここからは食後のちょっとしたの時間だ。


「それじゃあパメラ……あっちに行こうか? 向こうなら、誰からも見えないからさ……」


 俺はパメラを手招きし、庭の片隅へと誘った。壁際でもあるそこは、シスターリーナの菜園の高い支柱に巻き付く茎や枝に隠れて死角となり、他からは見えにくい場所だ。


 俺からの誘いにパメラがうつむきがちに答える。


「マルク君……。本当に大丈夫?」


「大丈夫だよ。……もしかして、怖い?」


「うん、少しだけ怖い……」


「そっか……。でもパメラはじっとしていればそれでいいから。後は僕にまかせて、ね?」


「う、うん。わかった。マルク君を信じるね……」


 パメラは不安と緊張からか声を震わせながらも、健気に俺の後についてきた。


 そして俺たちは人目を避けるように、そっと薄暗い菜園の物陰へと入り込む。パメラの緊張が伝わったのか、いつもより硬い声が俺の口から漏れる。


「それじゃあ、そこに立って。大きな声を上げちゃだめだよ?」


 しんと静まり返り、日常から切り離されたかのような敷地の片隅で、覚悟を決めたパメラがこくりと喉を鳴らす音が聞こえた――


『ふひひ……。なんだかシチュエーションがちょっとえっちでドキドキしますね』


『はあ? なに言ってんの?』


 ニコラが場違いなことを言っているが、もちろんえっちなことなどなにもない。食事の後に、パメラにディアドラを紹介することにしただけだ。


 精霊魔法を見せびらかすつもりはないけれど、パメラとは友達だし、一緒に行動していれば精霊魔法を使ったり、ディアドラが顔を出す機会があるかもしれない。そのときにびっくりされるよりは、先に紹介しておくべきだろうと思ったのだ。


 限られた人にしか精霊を見せられないだけに、ディアドラを紹介するのは純粋に楽しいって気持ちも正直あるけどね。


 俺は念のため空間感知も行い、周辺に人がいないことを確認すると、腕輪に向かってディアドラを呼んだ。


「なあに? マルク……」


 すぐに呼びかけに応じて腕輪からディアドラが現れる。パメラの息を呑む音が聞こえたが、悲鳴を上げたりはしなかった。えらいね。ディアドラはふよふよと浮いたまま、きょろきょろと周りを見回している。


「パメラ、紹介するよ。こちらが僕と契約してくれた精霊のディアドラ。大人しい子だから怖がらずに仲良くしてほしいな。ディアドラ、この子が僕の友達のパメラだよ」


「こ、こんにちは。あの、パメラです。よろしくお願いします……」


 おずおずとパメラが挨拶をすると、ディアドラがパメラをじろじろと見て、挨拶を返す。


「よろしく……ね。パメラは……普通のお友達?」


「えっ!? そ、そうです、けど……」


 なにを言っているのかわからないという風に、パメラが目をぱちくりとさせる。


「そうだと……思ったの。パメラ、普通の……お友達。そして私は……マルクの、な、お友達なの……。ふふん……すごい?」


 得意げに胸を張るディアドラ。ようやく人間のお友達と精霊の契約のお友達の違いが理解できたことが嬉しいらしい。


 ディアドラはどうやら精霊にしてはまだまだ若いらしいし、こうして人の世について勉強していってほしいものだ。


「……ねえ、マルク君。ディアドラさんの言ってることって……本当?」


 俺がディアドラの成長に目を細めていると、パメラがゆらりと振り返り、冷えた声で俺に問いかけた。その瞳には光りがなく、顔からは表情は一切消えている。え? これってどういうこと?


『えー、お兄ちゃんわからないんですか?』


 思わぬ事態に声を詰まらせていると、ニコラから念話が届いた。


『パメラはディアドラちゃんが恋人かなんかだと勘違いしてるんですよ。まったく、そういうとこやぞ』


『あっ、あー……』


 特別な友達って、そういう風に受け取っちゃったのか。たしかに友達がいきなり彼女持ちになって、しかも相手が精霊だなんて驚くだろうな。でも違うからね。


「ディアドラは契約の相手のことをお友達って呼んでいるんだ。だから僕らの友達とはまた別の意味合いになるんだよ。最近ようやく違いがわかってきたようで、ちょっと自慢したいみたいなんだ」


「本当に……それだけ?」


「そうだよ。……えっと、そうです」


 抑揚のない声で問いかけるパメラの謎の迫力に、思わず敬語で話してしまった。するとパメラは表情を和らげると同時に、かーっと顔を赤らめる。


「そ、そっか。ごめんね、変な勘違いしちゃった。恥ずかしい……」


 赤くなった顔を両手で隠したパメラを見てディアドラが呟く。


「パメラ、お顔……真っ赤。トマトみたい……。ね、ね、マルク……。私、トマト食べたくなった。トマト……ちょうだい?」


「うう……」


 恥ずかしそうに下を向いたパメラは、この薄暗い中でもわかるくらいに耳まで真っ赤だ。そこでさらにニコラがニヤニヤと笑いながら、パメラの顔を下から覗き込む。


「パメラちゃーん。なにを勘違いしたのかな? かな? ちょっとニコラに教えてよー」


「ふえっ、その、えと、な、内緒っ……!」


「えー、そんなー」

『うっひょーかわいいですねー! こういうの久々です! さあ、もっとかわいいところを見せておくれ……。はあはあ……』


 ニコラからすると、大変いじりがいがあるポジションにいるのがパメラだ。少し気の毒な気がするけど、さっきちょっと怖かったので、俺としても口を出せずにいた。ごめんよパメラ。


「ね、マルク……。トマト、ちょうだい?」


「今日は朝にひとつあげたでしょ? もうあげないよ」


「むう……」


 口を尖らせるディアドラをなだめながら、俺は一人ため息をついた。

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