367 精霊の木

 ――ガラーーン……ガラーーン……ガラーーン……。


 町中に時刻を知らせる鐘の音が教室内にも鳴り響いた。うるさいくらいにの大音量なのは、この教会の鐘楼しょうろうで鐘を鳴らしているからだ。


 十二歳のグループに算数を教えていたシスターリーナが教材本をパタンと閉じ、鐘の音が完全に静まった後に声を上げる。


「本日の授業はここまでとします。みなさん、気をつけて帰ってくださいね」


「はーい!」


 教室中から一斉に生徒たちの元気な声が聞こえた。


 我先にと急いで教室から出る子、シスターリーナに質問をしに行く子、鐘の音にも気付かず机に突っ伏して熟睡している子などを眺めながら、俺は足元に置いていた鞄を肩にひっかける。


 ぱたぱたとした足音に後ろを振り返ると、十歳グループの長机からパメラが小走りに近づいてきていた。


「マルク君、ニコラちゃん。一緒に帰ろ?」


「うん、それじゃ行こうか。ほら、ニコラ起きな」


「……んあ?」


 鐘が鳴っても熟睡している子を起こして、俺たちは教会を後にした。



 ◇◇◇



 他愛もない話をしながら、三人で昼下がりの町並みを歩く。そう、でだ。これは旅から戻って変化したことだ。


 以前は一緒に通学していたデリカとその弟のユーリは、今はもういない。デリカは卒業したから当然とも言えるけれど、俺の一歳上のユーリはまだ在学中である。


 ユーリはデリカがいるうちは三人で通学していたそうだ。しかしデリカが卒業して二人だけになると、集団通学は自然消滅してしまったらしい。


 まあ理由はなんとなくわかるけどね。ユーリもなかなかの人見知りだ。同級生の女の子との二人っきりは意識しちゃう年頃なんだろう。パメラはパメラで未だに俺以外の男の子は苦手なようだし。


 そういうわけで、ユーリはウルフ団メンバーと、パメラは同世代の女の子たちと下校するようになった。そして俺たちが帰ってきてからは、これも昼食と同じくパメラは俺たちと通学するようになったわけだ。


 ちなみに俺たちが戻ってきたならユーリもまた合流しないかな? と考えてユーリを誘ってみたものの、男友達だけで帰るほうが気が楽らしく、それとなく断られてしまった。デリカがいないというのも大きいだろう。


 本の感想を言い合える数少ない友達なだけに、一緒に通学できないのは残念なんだけどね。今後は復活したウルフ団の秘密基地で語り合うしかなさそうだ。



 そんなことを思い返しながら、古着屋の店先に並んだ服を見てあれこれしゃべっているニコラとパメラを眺めていると、メイド服姿のデリカにばったり出会った。


 その服装が表すように、今日はウチの店でバイト中のはずなんだけれど、どうやらちょっとしたおつかいを頼まれたらしく、肩には買い物かごを下げている。


「あっ、マルク。いいところで出会ったわ」


「やあデリカ。どうしたの?」


「今朝ね、父さんが『例の木を調べ終わったから、一度ウチの店に来てくれ』だってさ。マルクがやすらぎ亭に帰ってきたら言うつもりだったんだけど、ついでだし、このままウチに行ってきたらどう?」


 どうやらついに鑑定結果が出たみたいだ。


「そういうことなら寄らせてもらおうかな」


「うん、女将さんには少し遅れるって言っておいてあげるわ。それじゃニコラもパメラもまたね」


 デリカは俺たちに手を振ると、そのままさっさと俺たちに背を向けて去っていった。相変わらずきびきびとしていて、そういうところがかわいらしいお姉さんだ。


 俺がデリカをぼんやりと見送っていると、くいくいとパメラに袖を引かれた。


「マルク君、デリカさんのお家に寄るの?」


「うん、でも先にパメラを家に送ってから行くから問題ないよ」


 一緒に帰る際はパメラを家まで送るのが通例となっていた。別に約束しているわけじゃないけれど、最初にそうしたのが今でもずっと続いている。


 パメラは思案するように少し黙り込み、やがて口を開いた。


「そ、それなら私もデリカさんのお家に行っちゃ駄目? 南地区ってあまり歩いたことないから、ちょっと歩いてみたいの」


『お兄ちゃん、これは町ぶらを装ったお散歩デートのお誘いですよ! これを断るとかないですよね?』


『デートって三人でやるもんだっけ……。まあ別に断る理由もないよ』


 相変わらず何事も恋愛にくっつけたがるニコラの電波を受け流しつつ、パメラのお願いを了承し、俺たちはそのままゴーシュ工務店へと向かった。



 ◇◇◇


 南地区を少しぶらつくように歩き、パメラに色々と町並みを紹介していると、やがてゴーシュ工務店が見えてきた。


 俺からすると見慣れた建物なんだけれど、石造りの建物が多い中、路地に入ると突然現れるやたら目立つ木造の店舗に、パメラが驚いたように口をぽかんと開けているのが微笑ましい。


「ほら、入るよ」


 パメラを促してゴーシュ工務店の敷地に入ると、シャコシャコシャコと軽快なノコギリの音が聞こえる中庭へと足を踏み入れた。


 ここが作業場になっており、庭の端の屋根付きの資材置き場には、木材がどっさりと山積みされている。


 その作業場に片足で木材を踏みつけながら手慣れた仕草でノコギリを引いているマッチョおじさん――ゴーシュがいた。ゴーシュは俺たちの気配に気づいたのか、すぐに手を止め顔を上げた。


「おっ、マルクか。さっきユーリが帰ってきたけどよ、デリカから聞いたにしては早いな」


「デリカには帰る途中で会ったんだ」


「なんだそういうことか。……と、ニコラとそっちはパメラちゃんか。ウチに来るなんて珍しいな」


「ゴーシュおじさん、こんにちは!」

「こ、こんにちは……」


 ニコラの隣でパメラがかしこまってぺこりと頭を下げた。二人は接点がなかったけれど、先日の俺とニコラの歓迎会で初めて言葉を交わしたらしい。


「ははっ、パメラちゃんはウチのデリカとは違って大人しいな。おい、マルクはどっちが好みなんだ? まさかどっちも良いなんて言わないよなあ?」


「好みってなんのこと? それより精霊の木はどうだったか教えてよ」


 ニヤニヤと口元を緩めながら尋ねるゴーシュに俺がしらばっくれると、つまらなそうに自分の頭をぼりぼりとかいた。


「やれやれ、相変わらずからかいがいのないガキだよなー。うちのガキどもはそりゃあ面白い反応をしてくれるっていうのによ。……ほれ、あっちに製材したのが置いてある」


 顎でしゃくった先には、つるんときれいに製材された色の薄い木材がいくつも壁に立てかけられていた。ゴーシュは木材に近づくと、その表面を手で上下に擦りながら言った。


「見なよ、ツルッツルだろう? それに色合いがなんとも美しい。俺もこの仕事を始めてそれなりに経つけどよ、こんな木を見たのは初めてだぜ。この木をお前が魔法で作ったんだよな? 未だに現実味がないんだけどよ」


「そうだよ、こうやってね」


 俺はここ数日でずいぶんと慣れた木魔法で、中庭の隅に一本の木を生やす。地面からマナを伝わらせれば効果範囲も結構伸びるのだ。ぐんっと伸びた木はあっというまにデリカの家の屋根まで届いた。


「うおっ、マジかよ……! って、おまっ、こんなところに木を生やすなよ!」


 からかわれたことの仕返しだからね。驚く顔が見れたので満足した俺は木を収納しようと近づくと、ゴーシュに呼び止められた。


「……いや待て、やっぱそのままにしておいてくれ。せっかくだし生木も観察もしてみたいからな」


 興味深げに精霊の木を見上げるゴーシュ。心外なことに受け入れられてしまったようだ。


 さっそくコンコンと木を叩いたり匂いを嗅ぐゴーシュの仕草は、先日見たデリカの様子そっくりだ。こっちが元祖なんだろうけど。


 だけどそれを眺めていても仕方ないので、こちらの話を進めることにする。


「それでおじさん、手触りと色合いの他はどういう感じなの?」


 俺の質問にゴーシュは生まれたての精霊の木に顔を向けたまま答える。


「おう、なんと言ってもとにかく頑丈だな。コツを掴むまでは切るのも大変だったぜ。だが粘りがあるので加工するのには向いてそうだ」


 粘りというのは木材の弾力性のことらしい。これがあるとよく折れにくいのだ。


「耐水性はどうだった?」


「お前が言うからそっちもしっかり調べたよ。木材は種類によって水分を含む量が違うものなんだがな、魔法で作ったせいで水を必要としないのか、とにかくこいつは水分が少ねえし、ほとんど吸わねえ。耐水性もばっちりだよ」


「なるほどー」


 相槌を打ちながら考える。加工に適して水にも強く、しかもいい匂いがする木材。どうやら俺の期待通りの性質のようだ。……これはもうアレを作るしかないよね。

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