365 精霊魔法

 精霊魔法を教わろうと意気込んでみたものの、どうやらディアドラは教え方を知らないらしい。契約が初めてなんだとすれば、それは仕方ないのかもしれないけどね。さて、これからどうしようかな――


 などと考えていると、ディアドラが俺の顔を覗き込み、しょんぼりと眉を下げていることに気がついた。


「マルク、今、悲しい……?」


「えっ?」


「悲しい、伝わって……くる……よ? お友達……やめちゃうの? なんでも……するから、お友達……やめないで……」


「いや、そんなつもりは――」


『ん? んんっ!? 今なんでもするって言いました? 言いましたよね! お兄ちゃん、なにやってもらいます!? なにやってもらいます!!? なにやってもらいますううう!!!?』


 うおっ! いきなり頭の中に特大ボリュームの念話が。こいつテンション上げすぎだろ。だがそんなことより気になることをディアドラが言っている。


「僕の気持ちがディアドラにも伝わってるの?」


「お友達、繋がってるところから、なんとなく……わかるの……」


 ディアドラは両手でそっと自分の胸に触れた。そこから感情が伝わってくるということなのだろうか。


 俺も同じように胸のあたりを意識すると、自分のものとは別の感情に触れている不思議な感覚があった。これがディアドラの感情なのかな……。なんだろう、触れていると心細くなってくるような……これは……不安の感情……?


 俺としてはディアドラが不安になるほど、悲しむというか落胆したつもりはなかったんだけどな。もしかすると契約を済ませたばかりで、俺の気持ちに敏感になっているのかもしれない。ここはしっかりフォローしないと。


「違うよ、ディアドラ。これはね、僕が勝手にアテにしてたのが外れて、ガッカリしているだけだよ。人はすぐに落ち込んだり、喜んだりするもんなんだ」


「そう……なの?」


「そうだよ。だからディアドラはぜんぜん気にしないでいいからね? ほら、これをあげるから元気を出してほしいな」


 俺はアイテムボックスからキュウリを取り出してディアドラに差し出す。なんだか餌付けしてるような気分になるけど、まあ今回ばかりは仕方ない。


「ありがと、マルク。……うれしいの。ぽりぽり」


 曇った顔から一転、にこにこしながらキュウリを食べ始めたディアドラ。そんな様子を見ながらホッと一息ついていると、セリーヌが俺の頭をポンと撫でた。


「まあマルクも気落ちしないことね。精霊魔法ってのは精霊と寄り添って長い年月を重ねながら、ゆっくりと身につけていくものらしいわよ?」


「えっ、そういうものなの?」


 それは初耳だ。てっきり契約して教われば、すぐに使えるものだとばかり思っていたんだけどな。ニコラも知らなかったらしく、俺から露骨に視線を逸らしている。


「そうよう~。私が聞いた中には、精霊と契約したものの、その半生を費やしてようやく精霊魔法を使えるようになった――なんて話もあるんだからね?」


「うわあ……半生ってすごいね……。でもそれって人の話なの? それともエルフみたいな長寿種族の話?」


 人ならともかくエルフが半生かかるのなら、下手すりゃ寿命までに習得できないことになるぞ。


「ふふっ、安心して。人の話よ~。あんただったらその日のうちにもしかして……なんて思ったりもしたけれど、まっ、これがきっと普通なのよ。ディアドラちゃんと仲良くなりながら、ゆっくりとコツを覚えていけばいいんじゃないかしらん。こういうのに焦りは禁物よ?」


「そっか……。そういうことならゆっくりがんばることにするよ。……とはいえ、どうしたものかな」


 気長にやることに納得はできても、練習のとっかかりがないのはしんどいよな……。うーむと唸っていると、ニコラから念話が飛んできた。


『お兄ちゃん、ディアドラちゃんになにかやってもらえばいいんですよ』


『お前まだそれ言ってるの……』


 じっとりとした目をニコラに向ける。だがニコラは心外と言わんばかりに口を尖らせた。


『ぶぶー、違いますうー。私が言いたいのは、ディアドラちゃんに精霊魔法習得につながるなにかを手伝ってもらえばいいんじゃないかという、至極まっとうな意見ですうー!』


『普段まっとうじゃないから、誤解を生むんだぞ……。だけどそれは置いといて、手伝ってもらうってのはいいかもしれないな。……そうだ、とりあえず精霊魔法をもっと見せてもらえればヒントになるかも?』


『そうですね。どうせお兄ちゃんは魔法の理屈をこねたところでわからないんですから。実際に見たり感じたほうが、とっつきやすいと思いますよ』


 軽くディスられた気がするけれど、俺にも自覚があるので気にしない。さっそくディアドラに頼んでみよう。


「ねえディアドラ、もっと精霊魔法を見てみたいんだけど、使ってもらっていいかな?」


 ディアドラはキュウリの最後の一口をこくんと飲み込み答える。


「いい……よ。なに……すればいい?」


「それじゃあね……木を生やしてほしいな。精霊の宿木みたいな大きいのじゃなくて、小さいのを何本も生やしてほしいんだ」


 こちらは最初の段階からつまずいている。何度も精霊魔法の初動を観察すれば、なにかがわかるかもしれない。


「ん……。わかったの」


 ディアドラは頷くと地面に向かって指をさした。すると指先にぽうっと薄い光が灯り、次の瞬間、地面にかわいい葉っぱをつけた若芽がぴょこんと生えてきた。若芽はそのままにょきにょき伸びると、俺の腰くらいで成長が止まる。


「うわあ……。これが木の精霊魔法なの? 木が一瞬で育つなんてすごい……」


 初めて精霊魔法を見たデリカが感嘆の声を上げた。たしかにこの速度で育つのは異常だもんな。俺も昨日見たときは驚いたものだ。


「そこにある精霊の宿木なんかも、あっという間にあの大きさまで育ったんだよ。……それじゃあディアドラ、その調子で続けてくれるかな?」


「ん……」


 俺の言葉に頷いたディアドラは、自分の周りに小さな芽を次々に生やしては伸ばして小さな木を育てていく。


 前世で植物の成長の過程を早送りした動画なんかを見たことがあるけれど、動画と違い過程を楽しむ必要もないので速度はそれ以上だ。だが感心してばかりはいられない、なにかヒントを――


 ――うん?


 ディアドラと繋がってると思しき胸の内のさらに奥に、なにかの反応があるのに気づいた。


「ねえディアドラ。僕と繋がっているところでなにかやってる?」


「……? しらない……よ?」


 そう言いながら、再びディアドラが新しい木を生み出す。その時にまた繋がりの奥から反応を感じた。……これはディアドラが無意識で動かしているなにかのようだ。


 これは一体なんだろう? 力のゆらぎ? なにかぽかぽかとした温もりのようなやさしさと、どっしりとした力強さを感じる。そこからイメージされるものはひだまりの中の大樹だ。


 もしかすると……これが木の属性要素なのだろうか。


 精霊魔法は精霊の力を借りる魔法だ。そういうことなら、この部分を利用して魔力を木属性のマナに変換すれば……?


 普段、魔法をつかうときは、身体の中の魔力を自力で他属性に変換している。それなら今回はそれをこのディアドラとの繋がりを通じて変換してみよう。この部分をエンコーダーのように使い、木属性のマナを外界に顕現けんげんさせるのだ。


 俺はさっそく精神を集中させながら、ディアドラとの繋がりの奥に向けて自分の魔力を流し込んでみた――が、抵抗を感じる。魔力が奥まで通っていかない。どうやらその手前でぐいぐいと押し出されるように弾かれてしまっているみたいだ。


 ちらっとディアドラの顔色を窺うが、とくに様子に変化はなく、さらに一本新しい木を生やしている。どうやら向こうの体調は変わりないらしい。


 それならばここは一度、いつものゴリ押しを試してみよう。俺は魔力を体内でぐるぐるとこねると、その勢いのままに奥に向けて魔力をぐっと押し込んでみた。


「ふあっ!?」


 感じていた抵抗がスルっと抜けるのと同時にディアドラが甲高い声をあげた。気にはなるけど、ディアドラと繋がってるからだろうか、悪いことではないのは感じ取れた。


 よし、このまま押し通そう。俺は奥にあった木の属性要素らしきものに働きかけ、魔力の変換を試みた。


「生えろっ……!」


 俺の手から今まで感じたことのないマナが放出される。これがきっと木属性のマナだ。マナは地面に触れるとすうっと消え、ワンテンポ遅れて葉っぱが二枚だけついた若芽がぴょこんと生えた。


「おおっ、成功した!」


 思わず声を上げてしまったが喜ぶのは後だ。俺の目の前では赤い顔をしたディアドラが、肩を上下させ荒い息をついている。


「ディアドラ……その、大丈夫?」


「平気……なの。でも、もう少し……やさしくしてほしいの……」


「ご、ごめん。次からは気をつけるよ」


『なんかエッッッッッッッッッッッッッッ!』


 ニコラが騒ぐ。そういえば昨夜マナを与えたときもあんな感じだった。俺の魔力が直接ディアドラの中にも流れこんだのかもしれない。この辺は練習を繰り返して慣れていくしかないだろう。


「はぁ、結局こうなっちゃうのね……。あんたって子は本当に……もう驚くことにも疲れたわ~」


 セリーヌが俺の髪の毛をぐしぐしとかき混ぜながら、呆れたような声を上げる。しかし俺が顔を上げると、セリーヌの口元には笑みが浮かんでいる様子が見えた。なんだかんだで喜んでくれているようで、俺も嬉しくなってくるね。


「お兄ちゃんすごーい!」


 ニコラも表面上は無邪気に喜ぶ。しかしその裏ではダメ出しである。


『でも相変わらずアホみたいな魔力でゴリ押した感が否めませんね。えっちなディアドラちゃんが見れるのは嬉しいですけど。変換しきれなかった大量の魔力が、外に霧散していくのも見えましたよ?』


『たしかにディアドラみたいにうまくは使えなかったなー。魔力の消費量のわりには効果が薄いというか……。まあそのへんはこれからの課題だね……っと』


 俺はさらに若芽に向かって木属性のマナを注いでいく。今度は少しづつだ。さっき大量に流し込んだおかげか今度は抵抗も少なく、するすると魔力が通って変換されていく。ディアドラの顔色を窺うが、今度は大丈夫そう。


 マナを注がれた若芽は幹を太くしながらぐんぐんと伸びていき、すぐに俺の背丈を越え、二階に届こうかというほどの高さまで成長した。あまり高いと邪魔になるので、今はここで止めておこう。


「よし、うまくいったね」


 俺が誇らしげに自分の作った木を見上げていると、デリカから訝しげな声が聞こえた。


「そういえばマルク……この木ってなんの木なの?」


「え? そりゃもちろん木の精霊魔法で作った木だけど」


「そうじゃなくて、木の種類の話よ」


「あー……」


 さすが普段から木材を扱うゴーシュ工務店の娘。そういうところが気になるらしい。しかし当然の疑問とも言える。


「ぜんぜん知らないよ。ディアドラは知ってる?」


「知らない……よ」


 ディアドラがふるふると首を振る。正直期待はしていなかったので、今回はガッカリしないぜ。


「そっか。むしろデリカはこの木は見たことない?」


「うーん……」


 デリカは木に近づいてその周りをうろうろすると、木の表面を撫で回したり、コンコンと叩いたり、鼻を近づけて匂いをかいだりと鑑定作業を始める。


「あれ……? なんだかすごくいい匂いがするわね、この木」


 デリカの発言に俺、ニコラ、セリーヌの三人が木の幹に鼻を近づけてくんくんと鳴らす。


「あっ、本当だ……」


「いい匂いだね!」


「へえ……、なんだか気分が落ち着くような香りね」


 花のようなかぐわしい香りがする。それでいて甘すぎないのでずっと嗅いでいたくなるような不思議な匂いだ。俺たちがクンカクンカしている隣で、デリカが顎に手を添えながら口を開いた。


「香木になるような木かしら……? ねえマルク。よかったらウチの父さんに見せてみない? なにかわかるかもしれないわよ」


「えっ、いいの?」


「いいわよ。こないだマルクから売ってもらった木も、もう全部材木と薪にしちゃってまたヒマしてるもの」


 俺たちが帰ってきた時の歓迎会でも、最初から最後までいてヒマそうだったので、シュルトリアで大量伐採した木の売買を持ちかけたのだ。結構な量を買ってくれたと思うんだけど、さすがムキムキマッチョだなあ。


「そういうことならお願いするね。調べるならこれ一本だけじゃ少ないかもしれないから、たくさん作って仕事終わりに一緒にデリカの家まで持っていくよ」


「わかったわ。さてと、それじゃあそろそろ仕事にいってくるわ。また後でね!」


 デリカは踵を返すと宿に向かって駆けて行った。まだ鐘の音は聞こえないが、そろそろ仕事の時間だ。俺は今日はもう夕方まで手伝いはないので、しばらくは木魔法の練習をすることにしよう。空き地の野菜を収穫するのはその後だ。



 ――こうして謎の木はデリカの父親のゴーシュに見てもらうこととなった。ちなみにアイテムボックスに入れたときに鑑定で明らかになった名前は《精霊の木》だ。そのまんまだね。

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