357 再会食堂
「おかえりマルクッ! 共鳴石で言ってた野盗を退治したって話、後で詳しく聞かせてよ? それじゃ飲み物持ってくるから!」
赤毛ポニテ少女――すっかりメイド服が板についたデリカは、俺の返事も待たずにくるっと踵を返して厨房へと向かった。
数カ月ぶりの再会になるけどあっさりしたもんだ。まあ共鳴石で何度も会話していたし、こんなものなのかな? ちなみに店を閉めているのに仕事着なのは、食堂に来客がなくても宿に泊まってる客がいるからだろう。
「おう、マルク! 会うのは久しぶりだな! 声はよく聞いてたけど、そういやそんな顔だったよな! あはははは!」
デリカと入れ替わりで前にきたロリドワーフのネイが、何が面白いのか俺の肩をバシバシと叩き、そのたびに頭のお団子ヘアがピコピコと揺れている。
デリカがサドラ鉱山集落から戻る時、よその町を見てみたいと半ば強引についてきたネイは、今はこの宿で給仕のアルバイトの身。集落の酒場でも同じことをやっていたので、俺たちが抜けた穴を埋める即戦力となったそうだ。
こっちはデリカのようなメイド服ではなく、あの集落の酒場と同じ普通のエプロン姿だが、このまま働き続ければニコラによってメイド服が仕立てられるのも時間の問題な気がする。
そんな小柄なネイの頭越しに、ガラの悪そうな金髪中年がぐいっと顔を近づけてきた。金髪中年はそのいかつい顔からは想像もつかないような猫撫で声で話しかける。
「なあなあマルクた~ん、俺の顔は覚えているか? 爺ちゃんだぞ~?」
いろいろあって両親と疎遠だった爺ちゃんだが、旅の準備のために久々に爺ちゃんの防具屋に行き、なんやかんやで両親との関係が改善したところですぐに俺たちは町から出ることになった。
だからあまり顔を合わせてはいないし、ネイの言葉で不安になったのだろうけど、もちろん忘れるわけがない。俺が頷いてみせると爺ちゃんはパアアアア……と顔を輝かせる。
「そ、そうか! 爺ちゃんうれしいぞ! それとな、遅くなっちまったけど、九歳の誕生日おめでとうな! マルクたんたちと一緒に祝う誕生日が流れたのは残念だったが、その分たんまりとプレゼントも用意してっから、楽しみにしておいてくれよ! それじゃニコラたんのところにも行ってくるから、また後でな!」
「おっと、あたしも仕事しないと。デリカー! あたしも手伝うよ!」
爺ちゃんとネイが厨房へと走っていく。騒がしい二人があっという間にいなくなると、またしてもいかつい、しかし爺ちゃんより一回りか二回りほど歳をとった男が立っていた。
爺ちゃんは爺ちゃんと言うにはまだ若いが、こちらの白髪交じりの男はいかにも爺ちゃんな感じである。とはいってももちろん血縁関係はなく、関係は歳の離れた友人に近い。そんなギルは困ったように眉を寄せながら頭をかいた。
「おかえり、マルク坊。あー……、畑のことは……」
ギルとも共鳴石で何度か話していた。その中で聞いた畑の件をなんとかしないといけないのだけれど、さすがに今日くらいはゆっくりしたい。
「ただいまギルおじさん。そうだね、明日あたりにやろうと思うんだけど、それでいいかな?」
「うむ、そうしようか。それじゃあ詳しいことはまた明日ってことで……。ほれ」
ギルはにやりと笑うと、隣にいた艷やかな藍色の髪をした女の子の背中をポンと押した。パメラである。さっきから話のタイミングが掴めず、先を越されてあわあわしていたのはなかなか微笑ましかった。
「あの、あの……マルク君、お、おかえりなさいっ!」
ずいぶん待ったわりに、それだけ言うと顔を真っ赤にしてぴゅーっと走り出し、テーブル席の端っこに座って俯いてしまった。人見知りだからこれだけ人がいると緊張してしまうのだろう。かわいいね。
そんなことをしてる間に、母さんが薄っすらと湯気の立ったワインをトレイに載せて戻ってきた。セリーヌの前にワインを置いた母さんは、俺の顔を見ると何かに気づいたように目をパチクリとさせた。
「ん? あら? あらあら~? ねえマルク、一度立ってみてくれる?」
「別にいいけど、どうかしたの?」
俺が席を立つと、母さんは腰に巻き付いていたニコラの肩を掴んで俺の隣に並ばせ、「ほらやっぱり」と呟いた。
「マルク、ニコラより背が高くなってるわよ」
「えっ! 本当!?」
今まで俺とニコラの身長はぴったりと同じ身長だった。双子だしそういうこともあるのだろう。しかし女性の方が早熟って話もあるし、この先ニコラに身長が負けることもあるんじゃないかと考えていた。
俺にだって兄としてのプライド的なものが無きにしもあらずなのだ。できればニコラより高くなりたいと密かに願っていたのだけれど、どうやら祈りが通じたらしい。
「どれくらい高くなってる? ねえ、ねえ!?」
俺は我ながらテンション高めに、まだ母さんにくっつき足りなくてブスッとしているニコラの背中に自分の背中を合わせて、母さんに聞いてみた。
「んー。これくらいよ」
母さんが親指と人差し指の間で示したのは……ほんの一センチ程度。
……ああ、そんなもんなのか……。っていうか、逆によくわかったな。さすがは母さんだ。
しかし一センチとはいえ、これは偉大な一歩だ。ここからグングンと身長が伸びることを期待したい。
などと俺が己の成長に胸を熱くさせていると、あまりそれには興味がないのか、ニコラが「ママー、だっこしてー」と言いながら、再び母さんに抱きつこうとした。だが母さんはそんなニコラの肩を押さえると、首をこてんと傾げながら尋ねる。
「ねえ、ニコラ。……あなたの方は太ってない?」
「ママァ…………ファッ!?」
ニコラが変な声を上げた。その声にデリカがジュースをテーブルに置きながらニコラの顔をまじまじと見つめる。
「あー……ほんとだ。なんだかふっくらとしてるかも?」
デリカも母さんと同じ意見らしい。たしかに領都ではバクバク食べてたし、俺も太る心配はしていたけれど、今まで違和感はなかったけどな……と、普段はじっくりとは見ないニコラの顔をじっと見てみる。
……あー。言われてみれば、顔つきがふっくらしているようだ。ちなみにニコラは口をすぼめて顔を細くしようとしているけれど、それは無駄な努力だろうよ。ちょっと顎のあたりの肉がね……。
ずっと一緒にいたせいか言われるまでは気づかなかったが、久々に顔を見れば一目瞭然だろう。だがニコラはぷるぷると首を振って答える。
「そ、そんなことはないよ!? 気のせいだと思うな!」
するとデリカと一緒に戻ってきたネイがカラカラと笑った。
「あはは! そういやお貴族様のところで美味しいお菓子を毎日いっぱい食べてたって言ってたよな! なあ、どんなものを食べたんだ? 教えてくれよ~」
まったく悪気のないネイの言葉に、母さんがにっこりと笑いながら俺たちに尋ねた。
「あら~? ニコラ、私はそんな話聞いていないわよ? それに多少食べすぎていても、しっかりと動いていればそんなにお肉もつかないと思うのだけど……。ねえマルク、ニコラはどれくらい食べてたの? それにちゃあんとお手伝いをしていたのかしら?」
『お兄ちゃん! お願いします! 助けて!』
「……毎日、お菓子をたくさん食べて間食もしてたし、それにセリーヌの村を出た後は何もお手伝いはしていないよ」
『ああああああああああああああああ!!』
脳内にニコラの悲痛な叫び声が響く。すまないニコラ。母さんにウソはつけないよ。
ニコラはエステルの店では約束どおりに働いていたけど、村を出てからは旅の道中でも雑用は俺やセリーヌたちに任せて食っちゃ寝がメインだった。
「ふふ、そうなのニコラ? でも大丈夫よ。最近はお客さんも増えてね。デリカちゃんやネイちゃんが働いていても人手が足りないくらいだったの。これからはたーくさん運動できるわ。すぐにお肉なんてなくなっちゃうから安心していいわよ?」
氷の微笑を貼り付けながらの母さんの言葉に、ニコラはコクコクコクコクと何度も頷く。そして母さんの笑顔はなぜか俺にも向いてしまった。
「マルク? あなたもニコラを甘やかしちゃダメでしょ? お兄ちゃんなんだから、そういうところもしっかりしないといけないわ」
「別に甘やかしてるつもりはないけど……」
「じゃあどうしてニコラはこんなにふっくらしちゃったのかしら? 私はマルクに、ニコラにちゃんとお手伝いさせるように言ったわよね?」
たしかに長期滞在を決めた後、今後について母さんとそういう約束をした。だけど俺としてもニコラに滞在を付き合わせた引け目もあるので、あまり小言は言いたくなかったんだよな……。
ぐうの音も出ない俺はそっと母さんから目線を逸らす。だがすぐに母さんにほっぺたを両手で挟まれ視線を前に戻された。
「こら、マルクだめでしょう~? お兄ちゃんなんだから妹の面倒は見てあげないと」
『ですよね、激しく同意します。ずっと面倒をみるべきです。私が一生遊んで暮らせるよう面倒をみることこそがお兄ちゃんの役割だと思います』
母さんの矛先が俺に向き、調子を取り戻したニコラからの念話が届く。くそう、お前がバクバクと食わなければバレずに済んだことなのに……。
「ふふっ、マルクはレオナさんのほうがよっぽど怖いみたいね。そんなしょぼくれた顔、魔物や野盗と向かい合ってる時ですら、してなかったわよ」
セリーヌが愉快そうな声を上げ、ワインをくいっと一気にあおる。俺の顔をつまみに酒を飲むのはやめていただきたい。
……しかしよく見ればセリーヌだけではなく、周りのみんなも俺のほうを見てニヤニヤと笑みを浮かべていた。うおっと、これはかなり恥ずかしいぞ……。
母さんによる俺とニコラへの公開説教はそれからしばらく続いた。その後の宴会はとても楽しかったけれど、説教の記憶だけは俺の中から消し去りたいよ。
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