356 ただいま

 東門の門番は顔見知りではないけれど、それでも領都のように色々と聞かれることもなく、セリーヌがギルドカードを見せて俺たちのことを説明するとあっさり通してくれた。


 その後は馬車を返却するため、貸し馬車屋へと向かう。そこで従業員から聞いた話によると、俺たちが乗ってきた馬車は高級すぎてこの町ではなかなか利用者が見つからないらしい。しばらく馬を休ませたら店の人が領都へ折り返して届けることになるそうだ。


 さすが貴族が手を回して借りてきた高級馬車だけのことはある。たしかにその分、乗り心地はすごくよかったし、馬もセリーヌが感心するくらいに従順だったけどね。


 ……これを借りるのにいくらくらいお金がかかったんだろうなあ。あまり深く考えないようにしよう……。



 ◇◇◇



 馬車を返して実家へと歩く道すがら、ファティアの町並みを眺める。大通りでは防寒具に身を包んだ人々が、寒さに首を引っ込めながら行き交う様子があちこちで見受けられた。


 人通りは領都やトルフェの町に比べると少ないけれど、かといって過疎っているというほどでもない。


 この、これくらいでいいんだよって感じがまさに生まれ故郷ファティアの町だ。領都まで行って、この町の良さも再確認できたように思える。


 途中で酒場アイリスに通じる路地が目に入った。アイリスは東門の大通りから近いところにある。久々にパメラやカミラに挨拶をしていきたいところだけれど、まずは実家が先だろう。


「ほら、セリーヌお姉ちゃんこっちだよ!」


「ニコラちゃん、私もこの町が長いんだからわかってるわよ~」


 ニコラも寄り道をする気はないらしく、苦笑を浮かべるセリーヌと手を繋いで脇目も振らずぐいぐいと前へ引っ張るように歩いている。


 そんなニコラの後ろを歩きながら、少し懐かしさを感じる町の景色を楽しむ。やがて週一で通っていた教会や、屋台が並ぶ南広場を通り過ぎ、ついに実家の「旅路のやすらぎ亭」が見えてきた。


 今は昼過ぎの、食堂が一番ひまな時間帯だ。帰ってくるには丁度いい頃合いかもしれない。わんさかとお客さんがいる中で数ヶ月ぶりの再会! なんてのはちょっと締まらないからね。


 そんなことを考えながらニコラが店の扉を開けるのを見ていると、「本日、食堂を臨時休業といたします」という木札が扉にひっかかっていることに気づいた。あっ、と思ったがそのままニコラが扉を開き――


「おかえりー!」


 突然響いた大勢の声と目の前に広がる光景に、俺たち三人はピタリと足を止めた。


 食堂の中央にあるのはたくさんの料理の載せられた大きなテーブル。そしてそのテーブルを囲うように両親や爺ちゃん、デリカ、パメラ、ネイ、ギル、ユーリといった面々が勢揃いだった。


 周辺のテーブルでは宿の常連客らが赤ら顔で酒の入ったコップをこちらに掲げていて、その席にはデリカの父親のゴーシュや、パメラの母親のカミラまでいる。


 たしかに今日の昼過ぎに着くと思うと昨日のうちに共鳴石で伝えてはいたけれど、まさか臨時休業にしてまで出迎えてくれるとは思わなかった。ゴーシュやカミラも自分の店があるのにいいのかな。特に爺ちゃんの防具屋なんか、ワンオペ経営のはずなんだけど……。


「た、ただいま……」

「ただいまあっ!」


 人だかりに気圧けおされて小声で答えた俺とは対照的に、ニコラは喜びを隠しきれない弾んだ声を上げ、すぐに駆け出して母さんの胸へと飛び込んだ。その隣では父さんが優しげな顔で俺に向かって頷き、ニコラの頭を二度三度と撫でた。


 腰に手を回して母さんのお腹に自分の顔をぐりぐりと擦り付けているニコラを見ながら、セリーヌが申し訳なさそうに口を開く。


「ただいま……。レオナさん、ジェインさん。私のせいで――」


 だが母さんはセリーヌの言葉を遮るように語りかける。


「セリーヌさんも本当にお疲れさま。今日帰ってくるって聞いて、昨日からお料理をたくさん準備していたのよ? ささ、こっちの席に座ってね。それとも先に部屋に入って旅の埃を落としてくる?」


「あ、ああ、マルクのお陰でいつも清潔に旅ができたから今は平気よ。でもそれよりも今回は本当に――」


 セリーヌは肩を縮めながら答えていると、母さんが腰に手を当ててふんすと胸を反らした。しがみついているニコラがゆらゆらと揺れる。


「もうっ、セリーヌさんったら、共鳴石でお話ししたときに何度も言ってたでしょう!? 私たちはとても感謝しているの。マルクやニコラはたーくさん楽しんで、怪我一つなく帰ってこれた。これはセリーヌさんじゃなきゃ絶対無理だったって思っているのよ? 私たちの方がお礼を言わないといけないし、もちろんこの宴席だってセリーヌさんへの感謝の気持ちも込めているの。大好きなお酒をたくさん用意してね。だからほら、顔を上げて?」


  母さんの言葉にセリーヌは眉根をぐっと寄せて困った顔をした後、大きく息を吸い、肺の空気を全部吐き出すように長くゆっくりと吐き出した。


「は~~~~……っ。そうね、わかった、もう言わない。……うん、マルクったら教えがいがあってね、私もすごく楽しかったわ。最後の方なんか、逆に私が教わるくらいで……って、それはまた後で話すわね。それじゃあレオナさん、ホットワインもらえるかしらん? 今日は外がすっごく寒くてね、早く体の芯から温もりたいのよ~」


「は~い、かしこまりました! ここに座って待っててちょうだい。お酒のおつまみも持ってくるわね~」


 すっかり肩の力が抜けたセリーヌがどかっと椅子に座ると、にこにこと機嫌のよさそうな母さんが腰にニコラを巻きつけたまま厨房へと入っていき、父さんもそれに続いていった。


 そんな光景を横目に、俺はセリーヌの隣の席に腰を下ろす。途端に俺たちの周りには、わっと人だかりができた。そして目の前にいる赤毛のポニーテールの少女が俺を見て笑みをこぼした。



――後書き――


 久々に登場のキャラも多いので、作者ツイッターにてキャラ紹介文を書いております!リンクはこちら!

https://twitter.com/fukami040/status/1346009741298786305


 あれ? このキャラ誰だっけ? となった方はぜひぜひご覧くださいませ!

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