358 懐かしい朝が来た

 旅の土産話や実際に買ってきたお土産を渡したり、逆に誕生日のお祝いを貰ったりとしながら、宴会の時間は楽しく過ぎていった。


 将来は衛兵になりたいデリカは野盗を捕まえた話を聞きたがり、力自慢のネイは魔物を倒した話を聞いては興奮しながら俺の背中をバシバシと叩く。女の子らしくお姫様に憧れがあるのだろう、パメラは俺にリアの話を熱心に尋ねた。


 みんなとは共鳴石で通話はしていたけれど、やはり顔を突き合わせての会話となると楽しさもひとしおだ。ニコラもパメラの母親のカミラに甘えにいったり、久々の父さんの手料理に舌鼓を打ったりと満足した様子だった。



 そんな宴会は、ニコラが母さんに寄り掛かりながらこっくりこっくりと船を漕ぎだした頃にお開きとなる。


 宴会の後片付けがある母さんと一緒に寝たいというニコラをなだめて子供部屋で寝かせると、俺も自分のベッドの懐かしい布団の匂いに包まれながらぐっすりと眠った。



 ◇◇◇



 翌日。ファティアの町に早朝の鐘が鳴り響く頃、俺は目覚めた。町で暮らしている頃はいつも起きていたくらいの時間帯だ。旅の疲れもなんのその、習慣ってすごいね。


 しかし隣のベッドでは、寒かったのかニコラが布団に頭まですっぽりと潜り込ませて熟睡中のようだ。


 ニコラにとってはこれがいつもの習慣といえば習慣だし、普段ならコイツを寝かせたまま先に起きるんだけど、今は少し事情が違う。俺はこんもりと膨らんだ布団をゆさゆさと揺さぶる。


「起きなよ~ニコラ。しばらくは俺と一緒に起きることになっただろ?」


 ニコラは旅の間に少しだらけ過ぎたということで、俺と同じ時間帯に起きて早朝の手伝いをするように母さんから命じられたのだ。期間はニコラのふっくらとした顔のお肉がとれるまでである。


 痩せるまでということは、痩せないかぎり延々と手伝いが続くことになる。条件に関してはニコラが母さんに交渉で勝ち取ったものなのだが、これではヘタをすると長期戦になるのでは……と思いきや、ニコラ曰く――


『ふふん。リンパマッサージを極めた私にとって、痩身エステ魔法の開発なんて余裕ですよ。まあ見ていてください。一週間で結果を出してみせますから』


 などと自信ありげだった。まあ魔法の扱いにかけては俺なんかよりずっと上手いし、なにより短期間でついてしまったお肉だ。案外あっさりと元通りになるのかもしれない。


 そんなことを考えながらしばらく布団を揺すっていると、ようやく布団の隙間から眠たそうなニコラの顔がにょっきりと生えてきた。ニコラは窓の外を眺めながら顔をしかめる。


「ううぅ……サムゥイ……。それにまだお外が薄暗いんですけど、お兄ちゃん起きるの早すぎませんか?」


「俺はいつもこれくらいの時間に起きてたよ。父さんも母さんもとっくに起きて開店準備をしているんだし、それと比べれば早くはないよ」


 するとニコラは驚いたように目を丸くした。


「えっ、パパもママもいつもそんなに早いんですか? ええぇ……。もしかして宿屋経営ってめっちゃしんどいのでは?」


「マジかよお前……。お前が今まで知らなかったことに俺は驚きを隠せないよ……。そりゃいつもなら寝ている時間だろうけど、父さんや母さんがいつぐらいから働いてるかとか気になったりはしない?」


「私は労働には興味がないですもん。もちろん働き者のパパとママにはすごくすごーく感謝してますけどね。……とにかく私がこの時間帯に毎日起きるのは辛すぎます。痩身エステ魔法の開発を急がねばならないようですね」


「そうかい。それはいいけど、今日は一緒に行くんだからな。ほら、さっさと着替えな」


「ちぇー。はーい」


 ニコラは手を伸ばして棚に置いてあった外着を掴むと、再び布団に潜り込んでもそもそと着替え始めた。


 さて、俺も着替えるか。久々の家の手伝いがちょっと楽しみだ。



 ◇◇◇



 厨房で両親に朝の挨拶を交わした俺たちは、母さんの指示に従い食堂へと足を運ぶ。そこにはすでにエプロン姿のネイが、背伸びをしながら一生懸命にテーブルを拭いている姿があった。


 ファティアの町を気に入りしばらく過ごすことにしたネイは、今はこの宿に住み込みで働いている。幸い部屋なら貸すほどあるし、住み込みで働くことに問題は特になかった。


 それにしても、俺より二歳上の十一歳くらいなのに、とんでもないバイタリティだね。


 まあ職人気質の鍛冶屋である父親の稼ぎがあまりに少なく働かざるを得ない彼女にとって、鉱山集落の酒場よりも給料の高いこの宿で働いた方が稼げるという、現実的な事情もあるみたいだけれど。


「おはようネイ」

「おはようネイちゃん!」


 テーブルを拭き終えたネイがこちらを見てニカッと笑う。


「おうっ! 二人ともおはよう!」


「母さんにネイの手伝いをしてくれって言われたんだけど」


 俺たちが数ヶ月間、町を離れていた間に、この宿ではネイを組み込んだ新しい開店スタイルが出来上がっている。なので俺が今までやってきたように勝手に準備をするよりも、ネイの手伝いをするのが一番てっとり早いみたいなのだ。


「んー、それじゃあマルクは外の掃除を頼むよ。ニコラはあたしと一緒に食堂の掃除だな。テーブルも床もぴっかぴかにするぞ!」


 ネイが元気に声を張り上げる。相変わらず俺より背が小さくてピンク髪の非合法ロリドワーフだけど、面倒見の良さは頼もしい。


 こうして俺たちはバイトリーダーと化したネイの指示に従い、せっせと働いた。



 しばらくして俺が店前の枯れ葉やゴミを掃除して店内に戻ると、張り切ったネイにせっつかれるように働かされたのか、ニコラがぐったりしながらテーブルにうつ伏せになっていた。こんな有様なら、痩身エステ魔法は必要ないかもしれない。



 ◇◇◇



 それから宿屋の客と朝食を食べに来た食堂の客を相手に食堂で給仕の手伝いをしているうちに、これもまた久々にパートタイムで働くアデーレとも再会した。


 おばさん特有の長話をかわしながら昼が近づいた頃、働きにきたデリカと入れ替わる形で俺とニコラは手伝いから解放された。俺たちはこれから夕方頃まで自由時間だ。


 すでに精も根も尽き果てフラフラになっていたニコラは、珍しく昼食も食べることなく昼寝をしに部屋へと戻っていった。慣れない早朝起きと久々の労働のコンボはキツいだろうけど、しばらくすれば慣れてくると思うのでがんばってほしい。


 その後、俺は少し早めの昼休み中のネイとともに空き地へと向かった。


 少し前まで俺が畑を耕しながら片手間に遊具も作り、近所の憩いの場のようになっていたあの空き地である。今日はこの場所に用事があるのだ。


「うーん、これは酷い」


 草ぼうぼうの荒れた畑に、遊ぶ子供たちのいなくなった寂しい遊具場。すっかり変わり果てた空き地に、俺は思わずがっくりと肩を落としたのだった。


――後書き――


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