344 熟睡

 大捕物おおとりものがあった翌日の朝。


 目を覚ました俺はベッドからゆっくりと体を起こし、両手を上げて大きく伸びをした。昨晩は就寝時間がいつもよりも遅くなったけれど、ぐっすりよく眠れたようで眠気も疲れもまったくない。これは高級ふかふかベッドを独り占めできたお陰かもしれないな。


 というのも、昨日までリアの夜這いを恐れて俺と同じベッドで寝ていたニコラだったが、昨晩俺がリアと仲良くなったことを伝えたところ――


「そう考えると、むしろお兄ちゃんの部屋の方が危険ですね。もうこんな部屋にいられるか! 私は自分の部屋に戻るぞっ!」


 ――などと言い残し、自分にあてがわれた個室へと帰っていったのだ。もちろん俺の部屋にはリアなんて来なかったけど。



 俺が身支度を整え部屋を出ると、そんなニコラとばったり出会った。廊下に立つニコラは若干やつれて見え、その腕にはリアが巻き付いている。


「リ、リアちゃん、そろそろ離れよ?」


「もう少し、もう少しだけお願いしますわ、はあはあはあ」


 リアの顔はニコラとは対照的に、つやつやした顔をトロトロに蕩けさせていた。どうやらニコラの読みは外れたらしい。というかフラグをおっ立てていった者の末路だよね。


「おはよう。ニコラ、リア……いや、リアーネ様」


「おはようございます、マルク様。それと……わたくしのことは今後もリアと呼んでくださいませ」


 俺の挨拶にリアはトロトロ顔を引っ込めると、にこりと笑みを浮かべて有無を言わさぬ口調でそう言った。


「えっ、でも昨日はそういう演技も必要だったし……」


「昨日はたしかにお友達という配役ではありましたけれど、わたくしたち、もうお友達ですわよね? そう思ったのがわたくしだけならとても悲しいのですが……マルク様もお友達と思ってくださるのでしたら、今後ともリアと愛称でお呼びになってくださいませ」


「そ、そっか。それはわかったよ、リア。……でもそのマルク『様』っていうのは――」


「これはわたくしの親愛の証ですから」


 食い気味に答え、笑みを絶やさないリアからは無言の圧を感じた。これを撤回させることは難しいかもしれないなあ……。俺が口を噤むと今度はげっそりとしていたニコラから念話が届いた。


『うっうっ……。合鍵で侵入してきたかと思うと、そのまま流れるように添い寝をされて野獣のようにクンカクンカされ尽くされました……。私の予想ではリアはお兄ちゃんの部屋に夜這いに行くはずだったのに……』


『なにいってんの。伯爵令嬢が同い年の平民の男子に夜這いってそれもう大事件だろ? 常識的に考えて』


『それでもリアなら……リアならきっとなんとかしてくれるかと……』


 さすがに領主がアレだからって、娘まで同じように考えるのもかわいそうだろう。ニコラと違って俺は単なる仲の良いお友達止まりのようで、俺としても一安心だ。


 そのまま二人と立ち話をしているとセリーヌとエステルも廊下に出てきた。セリーヌはいつもと変わらない様子だけれど、エステルはいつもに比べると少し元気がない。


 というのも、昨晩牢屋の中で戦うことになった護衛はかなりの手練だったらしく、マイヤが一人を片付けてエステルに加勢するまで膠着状態に持ち込むのが精一杯だったそうなのだ。それをまだ少し引きずっているように見える。


「おはようセリーヌ、エステル。あの……エステル、元気だしてね?」


「おはようマルク。そうだね、いつまでも落ち込んでられないしね。えへへ」


 エステルは長い耳をへんにょりと垂らしながら健気に笑う。だがそんな彼女の背中をセリーヌがバシンと叩いた。


「そうよう~。まだ冒険者にもなってないひよっこが落ち込むなんて十年早いわよ。そんなヒマがあるなら、後でマイヤに稽古でもつけてもらいなさい? かつて領都の冒険者ギルドで恐れられた大鉈おおなたのマイヤにしごいてもらえる機会なんてもうないんだからね~」


 突然背中を叩かれたエステルは目を白黒させるが、すぐにぐっと拳を握りしめると言葉を返す。


「……うん! ボク、マイヤさんにお願いしてみる!」


 さすが年の功……なんて言ったらセリーヌに何をされるかわからないけれど、さすが俺よりも付き合いが長いだけのことはある。うんうん、やっぱりエステルは元気でないとね。


「わたくしからもマイヤにお願いしておきますわ。がんばってくださいましエステルさん」


「ありがとうリア様。ボク、がんばるね!」


 この二人も女子会から仲がいい。一線を引いているセリーヌは別として、どうやら俺はようやく好感度マイナスからスタートラインに立っただけのようだ。


 そうしてリアとエステルが会話を交わしている隙に、ニコラが俺の背後に隠れるようにこそこそと近づいてきた。


『ひいひい、ようやく解放されました……』


 俺の背中にひっついたニコラからは、昨日リアをお姫様抱っこした時にかいだリアの匂いがなんとも濃厚に漂ってくる。一晩中べったりと体をまさぐられたんだろうな……。添い寝でベタベタするのはニコラもよくやっていたこととはいえ、さすがに少しは同情するね。



 ◇◇◇



 それからなごやかに会話をしながら食堂に入ると、中ではすでにトライアンが席についていた。昨晩から働き詰めらしく目の下にクマができてはいるけれど、その瞳は爛々と輝きまだまだ余力を感じさせた。


「やあ、昨日はごくろうさま。色々と報告することがあるので食事をしながら聞いてほしい」


 トライアンが合図を送ると、メイド姿のマイヤが朝食を載せたワゴンをテーブルに近づけ準備を始める。


 普段なら配膳は他の使用人が行うのだけれど、今朝の食堂にはトライアンとマイヤ、それと白髪老人執事のアレックスしかいない。報告事項にはあまり聞かれたくない話も含まれることは容易に想像がついた。


 そうして全員が席につくと、朝食をしながらの報告会となった。


 まずは囚われていたカティの話。カティは現在、騎士団の施設で保護されているそうで、幸い健康には特に異常はないようだ。彼女は今回の悪事の生きた証拠ともなるので、しばらくは騎士団の世話になるらしい。事が済み次第、出身地の村へと送る手筈とのことだった。


 つぎにダルカンの話。捕まった当初、本人は重傷だったそうだが回復魔法やらポーションやらで、とりあえず話せるところまでは回復したらしい。


 叩けば叩くほどほこりが出るらしく、取り調べにはまだまだ時間がかかるそうなのだけれど……この叩くって比喩表現なのかな? いや、あまり深くは考えないでおこう。


 そしてその埃のひとつで今回の目的でもある違法奴隷の件だが、屋敷を捜索したところ、違法奴隷の顧客名簿が見つかったそうだ。それを元にすでに売られてしまった奴隷についても解放を目指すつもりらしいけれど、顧客名簿の中にはなにやら大物がいたらしい。


 今後はこれをネタに彼らの力を削ぎ落としていくつもりだと、ねっとりと笑みを浮かべたトライアンの顔は、これまで見た中で一番楽しそうでもあり、珍しく悪い顔をしていた。


 大物が誰なのかはまでは言わなかったけれど、たぶん貴族関係なんだろう。リアまで悪い顔してたもんな。もちろん俺はこれ以上巻き込まれたくもないので、何も尋ねることなく全力でスルーしたよ。


 そして最後に報酬の話となった。いつの間にやら手伝う流れになってしまった反省すべき事案だけれど、ちゃんと報酬が支払われるというのはありがたいね。



――後書き――


10/15発売「異世界で妹天使となにかする。@ COMIC」の第1巻ロゴ、帯付きカバーが公開されました!こちらの作者ツイッターから見れますので、興味のある方はぜひぜひご覧になってくださいませ!\(^o^)/


https://twitter.com/fukami040/status/1443515201211420672


コミックスには書き下ろし小説もついてきます。がんばりました!

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