343 帰巣
ニコラにかまっている時のようにハアハアと俺に迫るリア――想像するだけで頭が痛くなりそうだ。けれど今はそれを頭の隅に追いやり、再びリアを抱きかかえながらフェルニルに呼びかける。
「フェルニル、一緒に飛ぼうか」
「クルルッ」
守護鳥として
俺はフェルニルと一緒に上昇していき、広間の天井付近で一旦停止をする。そして少し離れた天井の壁を狙い、石弾を弱めに数発撃ち込んだ。
すると思ったよりも簡単に壁に亀裂が入り、直後に大量の土砂と共に天井が抜け、畳一畳分ほどの穴がぽっかりと空いた。土魔法で家を作っている身として言わせてもらえるなら、天井はもっとしっかり作ったほうがいいと思う。
ちなみに特に狙ったわけでもないのに、ダルカンの拘束されている場所に土砂が降り注いだのは彼の日頃の行いということにしよう。俺はそれを横目に見ながら穴を通り抜け、そのまま夜空に浮かぶ月を目指すように
高度が高くになるにつれて冬の寒風が吹きつけてくるけれど、
途中で地上を見下ろすと、わちゃわちゃと兵士たちが屋敷や地下道の入り口に群がっているのが見えた。兵士たちは職務に集中しているらしく、こちらに気付く者は誰一人いない。
「素敵……」
ふいにリアが声を漏らす。彼女の目線の先にあるのは足元の屋敷ではなく、そのさらに向こうに見える領都の城下町だ。
前世のように色とりどりのネオンやイルミネーションがまばゆくきらめくような夜景ではないけれど、それでもたくさんの家から漏れる明かりや、通路を行き交う人や馬車に備えたランタン、領都の大通りに備え付けられた街灯がやさしい光を放っている。その光景に思わず俺も見とれてしまった。
「クルル~ッ」
だが幼鳥には我慢の限界だったらしい。フェルニルは鳴き声を上げながら、急かすように俺たちの周辺をくるくると回り始めた。その様子にリアはくすりと笑う。
「あら、ごめんなさい。あなたのお家は……あちらですわね」
リアの指し示すのは、領都を囲う外壁を超えたさらに向こうに見える大きな山だ。フェルニルと同じように俺も山を眺めていると、リアが説明を添えてくれた。
「わたくしたちはあの御山に一年に一度参拝をし、そこで銀鷹――この子の親鳥に、昨年を無事に過ごせた感謝と今年一年の安寧を祈願し供物を捧げますの。そして返礼として銀鷹自ら加護を授けていただき、その際に羽根を頂いて帰りますのよ」
聞いているとまるで日本の初詣みたいな行事だな。そう思うと少し興味が湧いた。
「へえ、そうなんだ。機会があれば僕も見てみたいな」
だが俺がなにげなく言った一言に、リアは目を丸くして――それからくすくすと笑った。
「ふふっ、うふふっ。ええ、いいですわ。参拝はウォルトレイル家の一族のみで行われますから、マルク様がわたくしと婚約していただけるのでしたら来年にはお見せできますわよ?」
「えっ!? いやそういうことじゃなくてね!?」
「ふふ、わかっていますわ。今のは冗談です」
リアはにこりと笑って答えたけれど、その瞳の奥が笑ってないように見えるのはきっと気のせいだ。ただこの話題を続けるのはマズい気がしたので、俺は急いで話題を変える。
「は、はは……面白い冗談だね! そ、そういえばさ、フェルニルは人語を理解するみたいだし、ずいぶんと賢い鳥のようだけれど、どうして親鳥は我が子が連れ去られても何もしなかったんだろうね!?」
「フェルニルという種の子育てはたいへん厳しいものであると聞いております。おそらくこれもまた試練とばかりに、銀鷹はあの御山から我が子を見守っているのではないでしょうか。あっ、マルク様、あの子が――」
リアの声に顔を上げると、フェルニルがこちらを見ながら翼を大きく広げたところだった。
「クルルルルルルッー!」
フェルニルは俺たちを見つめたまま感謝を込めるように、これまでよりも伸びやかで美しい鳴き声を上げると、くるりと背を向けそのまま振り返ることなく山へと一直線に飛び去っていった。
「……それじゃあ僕らも戻ろうか」
月明かりを一身に受けて銀色の軌跡を描くフェルニルを見ながら、リアに伝える。
親の元へと帰るフェルニルを見たせいだろうか。俺はふいに実家の両親のことを思い出した。そして事件が解決したことで、ようやく俺たちも家に帰ることができるのだと、胸に安堵の気持ちが広がったのだった。
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