337 光と闇が両方そなわり最強に見える

「あらら、ボクっ娘なんだね。かわいー」


 少し落ち着いたのか、カティが俺の頭を撫でながら笑いかける。ウィッグはしっかりと留め具で固定しているけれど、あまり触らないでいただきたいところだ。ちなみにここでは女装で通すつもりなので、カティは俺が男だと知らない。


「はい、どうぞ」


 椅子に座ったままカティは顎を上げ、首輪をよく見えるようにしてくれた。ふと見ると彼女の唇にはまだクリームの食べかすが付いていて、こんな場面なのに少し吹き出しそうになった。


 俺は軽く咳払いをすると、縛られたままの手を伸ばし隷属の首輪を触りながらトリスの話を思い出す。


『――魔道具ってのは、魔石が一番重要なのはわかるよな? マナを溜めたり排出したり、増幅や変換……とにかくいろんな仕事をしてくれるのが魔石だ。そして魔石のマナの許容量は魔石の大きさや質によって変わる。小さい魔石でもかなりの量のマナを溜められるし、溜められない分は外に流れるのが普通だ、普通なんだがよ……。マルク、お前はバカみたいに魔力があるから何が起こるかわからねえ。魔石にマナを流すときには壊してしまわないように気をつけるんだぞ? 魔道具はそれなりに高いんだからな、ははは!』


 この時はからかい半分だったこともあり、普段も魔道コンロなんかを使っているし、いまさら壊したりするわけないだろと思ったものだ。


 だけどこれは逆に言えば、魔石に大量のマナを流せば魔道具を破壊できるかもしれないってことになる。やったことはないけれど、試してみる価値はあるはずだ。


「カティお姉ちゃん、少しじっとしていてね――」


 これは黒色の魔石なので、闇属性のマナを直接流してやるのがいいだろう。俺は自らの魔力を闇属性のマナとして顕現させるべく精神を集中させる。するとリアがびっくりしたような甲高い声を上げた。


「……っ!? マリー様、お手から闇のマナが!」


 俺の手から湧き出た黒い煙のような闇属性のマナは、そのままカティの隷属の首輪に巻き付くように絡まり、魔石に向かって流れ込んでいく。知らない人が見たら、まるで悪役が人を呪うみたいな光景だな。


「えっ、えっ、どうしたの?」


 マナを目視できないカティは不安そうに俺とリアをキョロキョロと交互に見る。


 だが今は返事をすることよりも、マナを注ぐことに意識を集中させたい。俺は言葉を返さず、そのまま闇属性のマナを流し続ける――すると次第に魔石がカタカタと振動し始めた。ここまでくるとカティにも異変が理解できたようだ。


「ええっ、なにこれなにこれ!? 首輪の魔石が震えてる? やだやだ怖いよ!」


「もう少しだから……お願い、じっとしてて……」


 ばたばたと動き始めたカティを押さえるため、俺は首輪を両手でしっかりと掴んで更にマナを注ぎ込む。


 そのほとんどが魔石には入らずに大気中に霧散していくけれど、それでも魔石の中にマナを押し入れるように、染み込ませるように、ギュウギュウと詰め込んでいく。まだだ、まだ入るはず――


 ――ピシッ


 魔石から軽い音が鳴った。首輪を見ると魔石にはヒビが入り、闇属性のマナがそこから煙のようにモクモクと立ち上っている。そのまま様子を眺めていると、やがて立ち上っていたマナも消え失せ――魔石の反応は無くなっていた。


「壊したよ。これで大丈夫じゃないかな」


「えっ、壊したって?」


 カティがポカンと口を開け、自分の首輪をさすさすと触っている。


「魔石を壊したんだ。これで隷属の首輪は反応しないと思うよ。鉄の輪っかは後で鍛冶屋さんにでも切ってもらおうね」


「ええ……。これってそんな簡単に壊れるものだったの?」


 こてんと首を傾げるカティだが、それに答えたのはリアだった。


「カティさん、これは簡単なことではありませんわ。このような魔石の壊し方、わたくしは見たことありません。いえ、見たことがある人などいるのでしょうか……。わたくし、本当に愚かなことですが、ようやくお父様がマリー様を気にかけている理由がわかった気がします。し、しかも光にして闇魔法まで使えるだなんて……」


 リアがどこかぼんやりしたような顔で俺を見つめる。どうやらこれで少しは認めてもらえたようだ。しかし気は緩めずドヤ顔はしないでおこう――


「そっかー……。正直まだよくわかっていないんだけど、ありがとねマリーちゃん。これ、すごく怖かったんだ」


 首輪を指差し、カティがふにゃりと安堵の笑顔を見せると、隣に立つマイヤが大きなため息をついた。


「はあ……。昨日、チンピラどもをブチのめした時はセリーヌが惚れ込むだけのことはあると納得したつもりだったが……。アレはお前の力の、ほんの一部だったってわけだ――っとと」


 思わず漏れた素の言葉使いにハッと口をつぐむ。だがそれにリアが軽く首を振った。


「今はこのような特殊な状況ですから、かしこまる必要はありません。気にせずマイヤがお話しやすい方で話してくれて結構ですわ」


 リアの言葉にマイヤは申し訳なさそうに眉を寄せた後、気を取り直すようにクイッと眼鏡を指で押し上げた。


「はい、それでは今から失礼いたします。……おいっ、エステル。そっちの様子はどうだ?」


「んー、まだ誰も来ていないよ」


 扉の近くではエステルが牢屋の外を覗きながら、不可視の長い耳をピコピコさせている。そして突然口調が荒くなったマイヤに、カティが驚き顔で一歩後ずさった。


「そうか。それなら今のうちに連絡を取るか」


 マイヤは自分の口をあんぐりと開けると、その中にがっつりと指を入れ――歯を引っこ抜いた。えっ、こわ。なにやってんの?


「……ったく、念の為に隠してたのによ、意味なかったな。ほらっ」


「え?」


 唾液でべっちょりの奥歯? を俺に突き出されても困るんだが。そんな俺の顔を見て、マイヤが察したように頭をかいた。


「あー……。これは共鳴石だ。どうせ魔力はまだ余ってるんだろ? あたしの代わりに魔力を注いでくれ。その方がよく聞こえるだろうからな。片方はモリソンが持っているはずだ」


「あっ、そうなんだ……」


 俺がセリーヌから借りている共鳴石は拳大の大きさだが、これは本当に奥歯くらいの大きさしかない。これくらいでも通話は可能なんだなー。ふーん、そっかー……。


 などと思いながらも俺が受け取るのを躊躇していると、マイヤはため息をつきながら袖で軽く共鳴石を拭ってくれた。


 わかってくれたようでなによりだね。モリソンなら喜んで受け取るかもしれないけど。……そういえばモリソンはのマイヤを知っているのかな。


 俺はまだしっとりしている共鳴石を手のひらで受け取る。


 口の中の異物が無くなったからか、マイヤがテーブルの上のパンケーキをひとつ摘み、「クッソうめえな」と呟きながら一息ついてる中、俺は共鳴石に風属性のマナを込めた。


 いつも使っている物よりも小さくて距離も短いせいか、吸い取られていくマナはいつものに比べると本当にちょっぴりだ。


 俺がマイヤの方に共鳴石を向けると、二口ほどでパンケーキを食べ終わっていたマイヤが口元を拭いながら声を出す。


「おい、聞こえるか?」


「――ああ、聞こえる。……誰だ?」


 いぶかししげなモリソンの声が聞こえた。こんな小さな共鳴石でも距離が短いからか、思ったよりもクリアに聞こえる。


「誰って、マイヤだよ」


「は? マイヤさん? たしかにその美しい声は……。しかし、あの、どうかしましたか!? そ、その、口調が……」


 モリソンの戸惑ったような声にマイヤが愉快そうに口を歪める。どうやらモリソンはこっちのマイヤは知らないようだね。ショックを受けなければいいんだけど。


「リアーネお嬢様からお許しが出たからな、今は特別だ。そんなことよりそっちの状況はどうだ?」


「えっ、あっ、はい……。部下はそのまま馬車で帰らせて、私は庭園に潜んでいます。騎士団からの連絡によると、今はダルカン邸を密かに取り囲んでいる最中とのことです」


「了解。こっちは拉致被害者と接触。隷属の首輪の解除に成功した」


「おおっ、さすがはマイヤさん!」


「いや、あたしじゃねーんだが――」


 マイヤが面倒くさそうに答えたところでエステルが短く声を上げた。


「マイヤさん、誰かが来たよ……!」


「すまん、また後で連絡する」


 マイヤは俺から共鳴石を奪い取ると、すばやく口の中に戻した。


 それからしばらくすると重い扉が開き、ガマガエル――じゃなかった、ダルカンがにやけた表情を浮かべながら中に入ってきたのだった。

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