336 地下牢

 門番は俺たちを建物の中に誘導しながら後ろを振り向いた。


「おい、おっさん」


「ん、どうしたんですかい?」


「なんでまだいるんだよ? 金はダルカン様が女を査定して後で払う……それくらいは聞いているだろ? もう帰っていいぞ」


「いやあ、ここに来るの初めてなもんで、後学に地下を見させてもらえねえかなと……」


「バカ、見せられるわけねーだろ。ほらほら、さっさと帰りな」


 面倒くさそうに門番がシッシと手を振った。どうやらモリソンはここまでのようだ。ぞんざいに追い払われながらモリソンはヘラヘラと顔を緩ませる。


「へへっ、一度見てみたかったんですけど、やっぱ無理っすか~。しゃーないっすね、それじゃあ俺はこの辺で……」


 ペコペコと何度も頭を下げながら、モリソンは馬車に乗って帰っていった。一瞬だけこちらに目配せをしたのは、後は任せたということだろう。


 事前の打ち合わせでは、この後で状況が許すようなら敷地内の偵察も行うという話も聞いている。騎士団長というよりまるで密偵のようだ。


 騎士団長ってこういう仕事をするのが役目じゃないだろうと思うんだけれど、もしかしてマイヤが心配でついてきた……なんて、いやいやまさかそんなことはないよね?


「ほら、階段を降りて行きな。いまさら抵抗なんてするなよ?」


 俺がありえない想像に頭を抱えそうになっていると、門番が腰に備えた剣の鞘をパンと叩いて口を歪めた。この門番ひとりくらい、ここにいる全員でボコボコにできそうな気がするけれど、もちろん地下牢に囚えられている人の安全を確保するまでは事を荒立てるつもりはない。


 後ろから門番に追い立てられながら、俺たちは黙ってのろのろと階段を降りていく。エステルだけは好奇心を隠しきれずにキョロキョロと辺りを見回しているけれど、特に気にはかけられていないようだ。


 階段を降りきった後もすぐに牢屋があるわけではなく、さらに通路を進んで行く。地下道は思っていたよりも天井が高く、道幅も馬車二台が余裕ですれ違える程度には広い。


 床や壁は継ぎ目がなくのっぺりとしているので、おそらくこの地下道は土魔法を駆使して作ったのだと思われた。土魔法で土木工事をする職人もいるみたいだし、お金と時間さえかければこのくらいのものは作れてしまうみたいだ。やっぱり魔法ってすごいね。


 しかし俺から言わせてもらうと、壁の表面はざらつきが残っているし、マナもまだまだ不足しているように見えた。俺ならつるつるに仕上げてもっとマナを練り込んで頑丈に作るんだけどなあ。


 などと他人の仕事を勝手に評価しながら魔道ランプに照らされた地下道を歩いていくと、鉄格子付きの頑丈そうな扉が見えてきた。おそらくここが目的地なのだろう。


「ここが今日からお前らの家だ。さっさと入りな」


 門番は鍵をあけて重たそうに扉を開くと俺たちを押し込み、中に向かって声をかける。


「おい、新入りだぞ。すぐにお別れになると思うが、仲良くしろよ?」


 そう言って扉を閉めると、引き返さずにそのまま通路の先へと歩いて行った。ダルカンに知らせるって言っていたし、どうやらこの地下通路は本邸にまで続いているみたいだ。


 門番が立ち去ると、俺は改めて牢屋の中に目を向けた。そこはまるで一般家庭の一室を切り取ったかのようなありふれた部屋だった。そして質素だが清潔そうなワンピースに身を包んだ女性が椅子に座り、もしゃもしゃとパンケーキを食べながらこちらを見ている。


 歳の頃は十五~六、エステルと同じくらいだろうか。地下牢だけにもう少し悲惨な環境を想像していたんだけど、ここって拉致被害者が閉じ込められている牢屋で合ってるんだよね? 


 俺たちが言葉なく女性を見つめていると、パンケーキを食べ終わった女性が口を開く。


「ねえ新入りさんたち~。そんなところに突っ立ってないで、こっち座りなよ」


 ペシペシと自分の隣の椅子を叩きながら、もう片方の手はテーブルの上の新しいパンケーキをつまんでいる。


「元気そうなのはなによりですが……。あなたは野盗にさらわれ、ここに閉じ込められている方で間違いないでしょうか?」


 やはり疑問に思ったのだろう、マイヤが確認するように尋ねると、女性は手についたクリームをペロリと舐めてから言葉を返した。


「うん、そうだよ。もう何ヶ月前になるのかな? 領都の近くにある村で暮らしていたんだけどさ。近くの森に山菜を取りに行ったら、いきなりやってきた男にさらわれて馬車に乗せられたかと思うとこの部屋に押し込められてね。それからはずっとここで暮らしているの」


 その割にはあまり悲壮感がないようだけど。そんな俺たちの考えが顔に浮かんでいたのか、女性はさらに続ける。


「奴隷として売られるにしても、ガリガリで死にそうな顔してたら高く売れないから、衣食住は十分に与えるんだってさ。お陰で村じゃあ食べたことないような食事をここでさせてもらってるよ。村にいた頃より少しは太ったんじゃないかなー。……まっ、あと何日かすると闇競売っていうのが始まって、そこで私も、あんたたちも売られちゃうらしいけどね。あんたたちもせっかくだから腹いっぱい食べるといいよ。食べ物だけは言えばいくらでも持ってきてくれるからさー」


 そんな気安い口調とは裏腹に、どこか達観したような瞳で女性はへへっと口を歪めて笑った。するとリアが足早に近づき、クリームでベタベタになっている女性の手を結ばれたままの両手でしっかりと掴む。


「安心してください。わたくしたちはあなたを助けに来ましたの。後はわたくしたちにお任せください。必ず助け出してみせますわ!」


「えっ、助け……って、一体どういうこと……?」



 キョトンとしている女性に俺たちは正体と目的を明かすことにした。女性(カティと名乗った)は、黙って話を聞いていたがマイヤが説明を終えると、ぶるっと体を震わせてなにかに耐えるようにうつむく。


「そっか、私、帰れるんだ。そっか……」


 か細い声でそう呟くと、しばらく彼女の鼻のすする音だけが牢屋に響いたのだった。



 ◇◇◇



「――落ち着きましたか? もっとゆっくりさせてさしあげたいのは山々なのですが、今は時間が足りません。私たちに協力していただけますでしょうか?」


 カティの背中をさすりながらマイヤが声をかける。今は気配の察知が上手いエステルが扉の近くで誰かがこないか見張っているけれど、ダルカンの気分次第で今すぐ来たっておかしくはない。すぐに赤い目をしたカティが顔を上げて鼻をすすった。


「ずずっ、そうだね……。うん、私にできることならなんでも言って」


「ありがとうございます。それならその首輪を見せてもらえますか?」


 マイヤは許可を取ると、カティの首についている黒光りする輪っかを手に持って調べ始めた。これが人を隷属させるための魔道具なのだろう。


「鍵穴は……ないですね」


「ああ、特注だと自慢げにガマガエルみたいな親分さんが言っていたよ。一度付けてしまえば自分が持っている魔道具がないと解錠できないし、命令に背いたときの激痛は既製品の比じゃないんだってさ」


 その時のことを思い出したのか、目を伏せてカティが答える。その鉄製の首輪の中央にはめ込まれた黒い魔石がうっすらと輝き、今も起動中であることを示していた。


 ちなみに魔道具は本来、魔力を込めないと作動しないものであるけれど、このような物は装着者が意図せずとも少量の魔力を装着者から吸い取り、それによって延々と稼働するタイプだ。これはシュルトリアで魔道具スケベ爺のトリスから聞いたことである。


「マイヤには解錠の技能がありますので、それで解錠できれば一番手っ取り早かったのですが……そういうことでしたら解錠するにはダルカンから鍵となる魔道具を奪い取る必要がありますわね……」


 リアが難しそうな顔で顎に指を添えた。ダルカンが身につけているか、どこかに保管している解錠の魔道具を今から奪取するというのはあまり現実的ではない。それなら解錠は諦めて、今すぐここから脱走する案を考えるべきだろう。


 しかし一つだけやっておきたいことがあった。これもトリスから聞いたことだ。


「あの、少しいいかな」


「あらマリー様、どういたしましたの? 真剣な顔も美し……いえ、なんでもありませんわ」


「……? ひとつ試したいことがあるんだ。僕にもその首輪を見せてくれる?」

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