338 ダルカン査定
ダルカンはテーブル付近で寄り添うように立つ俺たちをジロジロと見つめ、いやらしく口元を歪めた。
「ぐひっ、四人も捕獲するとは素晴らしい成果ですねえ~」
「はいっ、俺もそう思います!」
傍らに立つ門番が声を張り上げる。俺たちの前では少しだらけた感じの門番だったのに、今はずいぶんと態度が違う。まあ闇系の仕事をしている雇い主とか、普通に怖いだろうけどね。調子こいてると泣かされるどころか物理的にクビが飛びそう。
「ぐふふ、毎回こうならいいのですが、彼らは仕事が慎重すぎるのが玉に
「はいっ!」
ダルカンが軽く手を振ると、門番はすぐさま駆け足で立ち去った。
これでダルカンが一人だけ居残るようなら、ダルカンを四人がかりでフルボッコにしてモリソンに連絡すれば手っ取り早く終わりそうなんだけど、さすがにそうはいかない。
なぜなら剣を携えた護衛の男が二人、ダルカンを挟むように無言で控えているからだ。門番を追い払ったダルカンが再びこちらに顔を向ける。
「ぐふふ、いいです、いいですねえ。どの娘も上玉揃いです。それに胸が私好みでないのも実にいい! 胸が豊かな娘は売りに出すのを惜しく感じてしまいますからねえ~」
どうやらダルカンはミスター巨乳好きのようだ。そういえばセリーヌにもご執心だったもんね。ちなみにマイヤもエステルも普通サイズはある。
護衛を引き連れたダルカンはでっぷりとした体を揺らしながら一歩、二歩と俺たちに近づく。今ここでダルカンに不意打ちをかましたらなんとかならないかな? とマイヤを見上げてみたけれど、「やめておけ」と目配せをされた。
やはり両隣の護衛の存在が気にかかるのだろう。今回仕掛けるタイミングはマイヤに一任されている。
「ほう……」
その声に視線を前に戻すと、じっと俺を見つめていたダルカンの濁ったような瞳と目が合った。
俺はダルカンと面識がある。しかもダルカンは似顔絵まで描いて俺を探していた。ここでバレてしまうと女装までして乗り込んだ苦労が無駄になるので、今はマイヤの化粧テクニックを信じるほかない。
俺は唾を飲み込み、ダルカンの言葉を待った。しばらく俺を見つめていたダルカンはゆっくりと何度も頷き、もったいぶるように口を開いた。
「ふむふむ、なるほどなるほどう……。裕福そうな商家の馬車を襲ったと聞きましたが、たしかにこの娘からは育ちの良さからにじみ出るような気品を感じますねえ。こういう娘は幼くとも高く売れます。その上で
はあ、育ちの良さ……ねえ? 俺は前世も今世も一般家庭育ちの庶民なんですけど。どうやらダルカンの観る目は大したことはないらしい。そういえば店舗はセンス×の金ピカ宮殿だったしな。
俺が胸を撫で下ろしている間に、ダルカンはリア、エステル、マイヤと一人ずつやはり微妙にズレた講釈を交えながら品評していき、最後にパンと両手を叩くと大きな口を開いた。
「皆さん、大変喜ばしいことに高く売れそうでなによりです。さて、それではさっそく隷属の首輪をつけていきましょうか。首輪のことはすでにカティさんから聞いてるかも知れませんが、黙って命令に従えば痛い思いをせずに済みますから、ぜんっぜん怖くはありませんよ~、ぐふふっ。……では、首輪を出してもらえますか?」
そう言ってダルカンは左の護衛に手を差し出した。首輪は結構重そうだったので、護衛に持たせているのだろう。護衛は腰の革袋から黒い首輪を取り出し――
決定的な隙だった。その瞬間、マイヤは腕を縛っていたロープを外して突進すると、革袋を持った男の顎を掌底で跳ね上げる。男はその場でガクンと両膝をついて倒れるが、マイヤはそのまま流れるようにダルカンにも襲いかかり――
――バリンッ!
聞き覚えのある音と共に、ダルカンに打ち下ろしていたマイヤの拳が弾かれたように跳ね上がる。マイヤは血の
「チッ! 護符か!」
「ひっ、いきなり殴りかかるなんて乱暴な! 腕に自信があるようですが残念でしたねえ! バルグさん、少し痛い目にあわせてあげなさいっ!」
「はっ、ダルカン様!」
ダルカンが顔中から汗を吹き出しながら大声を上げ、すでに雇い主を守るように立ち塞がっていた、もう片方の護衛が鞘から剣を抜いた。
護符を持っていたのはマイヤとしても誤算だったと思う。護符は一般には出回っているものではないとは聞いていたからだ。
もしかすると違法な隷属の首輪のように自ら生産していたのかもしれない。いつも護符には助けてもらっていた分、敵にまわるとやっかいな物だなと改めて実感した。
奇襲には失敗してしまったものの、こうなってしまっては、ここで決着をつけるしかない。
俺たちも腕のロープを外し臨戦態勢に入ると、ダルカンが眉を吊り上げたのが見えた。ここにいる女子供がただの拉致被害者ではないと気づいたのだろう。
カティはついさっきした打ち合わせどおり部屋の隅に隠れ、俺はアイテムボックスから短剣を二つ取り出しエステルに手渡す。マイヤは素手でも大丈夫とのことで武器は預かっていない。
俺が短剣を取り出したのを目ざとく見ていたダルカンが、顔に喜色を浮かべながら唾を飛ばした。
「ぶほほっ! アイテムボックスゥ! これはまた高く売れるギフトを持ってる子です! どこの刺客かわかりませんが、待っていなさい、すぐに増援を呼んできますからねえ!」
体の肉を揺らしながらダルカンが牢屋から走り去る。背中に向けて問答無用に魔法を撃ちたいところだったが、すでにマイヤと護衛が戦闘を始め、ダルカンはその射線に入っていた。これでは撃てない。
しかも奇襲を受けた護衛が頭を振りながら立ち上がっていた。どうやら気絶には至らなかったらしい。それを見たマイヤが声を張り上げる。
「あたしとエステルがコイツらの相手をする! お前は先にダルカンを追え!」
距離を取ってくれれば援護もできそうだが、この乱戦状況で悠長に隙を待っている間にダルカンはどんどん逃げていくだろう。なかなか手強そうな護衛に見えるけれど、二人を信じるしかない。
「心配するな。それよりも早く行けっ!」
「ここはボクとマイヤさんに任せて!」
「うん、わかった!」
俺が二人に答えて走り出すと、リアも後ろに続いた。
「わたくしも行きます!」
「おっ、お嬢様!?」
マイヤが悲鳴のような声を上げるがリアはそれに答えることなく、俺たちは一緒に牢屋から飛び出す。
俺としてもリアと問答をしている余裕はないので、そのままダルカンが逃げて行った方向――俺たちの入ってきた方角とは逆に向かって駆け出した。
だがあのでっぷりとした体型で逃げ足は早かったのか、ダルカンの姿は見えない。それでも一本道なのでそのまま走り続ける。
なにもない地下道を全力で走っていると、ふと頭をよぎることがあった。……どうして九歳児の俺が同い歳の女の子と一緒に、違法奴隷商人なんて物騒な人物を追いかけているんだろう。なにかがおかしい。どうしてこうなった。
少し悲しい気分に浸りながらちらりと後を見る。驚いたことにリアは俺に遅れることなく背後にぴったりとついてきていた。
俺は今までに魔物から吸収したエーテルのお陰で、歳上の子供に徒競走で勝てる程度には足が早い。その俺とリアが同じ速さとは、魔法だけではなく体も鍛えているというのは本当のようだ。
そんなリアが前を見ながら声を上げた。
「マリー様! 道が二つに分かれていますわ! ここは二手に分かれましょう!」
走りながら前に視線を戻すと、これまでは一本道だったものが真っ二つに分かれていた。どちらかにダルカンが行ったのだとすれば、たしかに二手に分かれるのも一つの案にはなるけれど……。
「いやいや、危ないよ!」
「ですがっ!」
実力の片鱗は見たものの、護符を持っていたりマイヤとエステル相手に普通に戦えているような護衛を雇っていたダルカンだ。まだ隠し玉があるかもしれない。リアがアタリを引いた場合、さすがに荷が重いのではないかと不安になる。俺だってそんなに自信はないけれど。
やはり二手に分かれるのは良くない。こういう時にアイツがいれば――
するとまるで俺が思い浮かべたのを見計らっていたかのように、頭の中に途切れ途切れの声が聞こえてきた。
『――聞こえますか……お兄ちゃん……今……お兄ちゃんの……心に……直接……呼びかけています……』
なんだかアホみたいな口上から始まったが、それはいつものニコラからの念話だった。
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