330 貴族風ポテトサラダ

 ポテトサラダを披露した翌朝。昨日は朝食を欠席していたセリーヌやエステルも、今朝は食堂にやってきた。まあ二人とも昨日の昼過ぎには自室から出てきていたし、エステルなんかはまた喜々としてマイヤにしごいてもらってたくらい元気だったけどね。


 そして朝食のメニューにはさっそくポテトサラダが登場。テーブルに料理長(本当に料理長だった)自らが皿を並べていき、俺に視線を合わせるとパチンとウインクをした。『私のポテトサラダをどうぞご賞味あれ』と言ったところかな? どうやらこの一晩でかなり仕上げてきたらしく、よく見れば目の下にクマもできている。


 そうして朝食が始まり、俺はさっそくポテトサラダから口に入れてみた――ふほっ、なるほどなるほど。俺が作ったものよりも上品で繊細な味だ。ジャガイモを使っているだけに胃に溜まる料理のはずなのに、これならいくらでも食べていられそうな気がする。


 さすがはお貴族様専属の料理人だ。正直俺が作ったようなポテトサラダを貴族が食べるのは場違いじゃないかと思っていたんだけれど、これなら貴族のテーブルに並んでいてもおかしくないんじゃないかな? 貴族の食事はまだ数回しか食べていないけどさ。……よし、いいだろう、ポテトサラダの免許皆伝を与えようではないかっ!


 俺は料理長に視線を送ると、親指をグッと立ててみせた。このジェスチャーはこの世界でも通じるのだ。俺の仕草に料理長も笑顔で親指を立てて返してくれた。お好み焼きなんかと同じように、前世の料理がこの世界で認められて昇華されることはすごく嬉しいね。


 その後、皆で貴族風ポテトサラダに舌鼓を打ち、トライアンからは俺と料理長にねぎらいの言葉が送られた。料理長は感極まって涙ぐんでいたけれど、俺はこれで銀鷹の護符の借りが返せたかなとホッとした程度だ。この辺の温度差は仕方ないね。


 そして朝食が終わり、そろそろ席を立とうかと思ったところで、トライアンが再び口を開く。


「さて、少しいいだろうか? 昨日マルクたちを襲った暴漢について明らかになったことを説明しようと思う。……マイヤ、よろしく頼む」


 トライアンの呼びかけに、壁際に立っていたマイヤがテーブルに近づく。今はお行儀のよいモードのようだ。マイヤは軽く礼をすると、淡々と説明を始める。


「昨日、マルク様を襲った暴漢ですが尋問の結果、やはりダルカン商会の手の者だということが判明いたしました。ダルカンが数人の町のならず者たちにマルク様の似顔絵を配布し、誘拐を依頼したとのことです」


 昨日のマイヤの見立てどおりということらしい。けれども俺には狙われる心当たりがないんだよね。


「あの、どうして僕の誘拐を……?」


「彼らは報酬金目当てで犯行に及んだようで、ダルカンの思惑までは知らされてはおりません。ですが……我々は、ダルカンがマルク様を人質にしてセリーヌ様の身柄を手に入れようとしたのではないかと推測しています」


 うへえ、マジでか。たしかにあの時のセリーヌを見るダルカンの欲望にたぎったような目には危ないものを感じたけれど……。それで即座に誘拐を計画するなんて、とんでもないガマガエルだな。


 だがマイヤの言葉にセリーヌが眉をひそめる。


「それ本当? たしかに不快な男だったし、小悪党ではあったけど、そこまでは堕ちてはなかったと思うのよねえ」


「どうやらここ数年、と手を組んで荒稼ぎをしていたようですね。悪事を重ねるうちに強引な手段を使うことにも慣れていったのでしょう。そうやって堕ちていった商人を私は今まで何度も見ています。……そして衛兵の方々のこれまでの捜査で明らかになったのですが、そのとは――」


 マイヤは一度言葉を区切り、指で眼鏡を押し上げた。


「あなた様方が旅の道中で捕らえた幻霧団で間違いないでしょう。彼らは拉致した人々をダルカン商会に引き渡し、ダルカン商会は非合法に作り上げた隷属の魔道具を使い、被害者を奴隷にして裏市場で販売しているようです」


 ――隷属の魔道具。俺も魔物用の隷属の首輪はシュルトリアでお土産に貰ったけれど、犯罪奴隷に使われる隷属の魔道具は厳重に使用が制限されているとは聞いている。そりゃそうだ、そんなものがホイホイと手に入ったら世の中大変なことになる。


「それで今後についてなのですが、おそらく衛兵の方々が数日のうちにダルカンの屋敷に隠されているという地下牢に踏み込み、動かぬ証拠を掴むことになるでしょう。そうなれば皆様への監視も解かれることになりますので、もうしばらくお待ちくださいませ」


 これで説明が終わりなのだろう、マイヤがゆっくり丁寧に頭を下げた。


 あと数日か。それなら今日こそはまともに領都を観光したいな――と、昨日マイヤに聞いた観光スポットを思い浮かべたところでセリーヌが切り出す。


「マイヤ、質問いいかしら?」


「はい、なんでしょう?」


「ずいぶんと捜査をしたみたいだし、ある程度はダルカン商会の容疑に確信もあるのでしょう? どうして今すぐにでも突入しないのかしらん」


 言われてみればそれもそうだ。まだ確かな証拠は無いのかもしれないけれど、商店に奴隷用の地下牢があることまで判明しているのだ。とりあえず突入すれば証拠は後からついてくるような気もする。


 なにより衛兵のバックには領主までついてるんだし、権力でゴリ押しすればなんとかなるんじゃないのかな? なんて考えは強引すぎるのだろうか。


「そうしたいのは山々なのですが……。地下牢に捕らえられている被害者の方々には、既に隷属の魔道具が取り付けられていると考えられます。本来、犯罪奴隷に使われる隷属の首輪には、所有者の無理な命令には従えないように、首輪から罰として与えられる痛みもある程度は抑えられておりますが、非合法で作られたものとなると――」


「その限りではないってことね。強引に突入すると、証拠隠滅のために被害者の命を奪うことも考えられると」


「そういうことです。犠牲者を極力出さないようにとトライアン様から厳命されております。幸いなことに幻霧団とは定期連絡のようなものはしていないようですし、昨日の暴漢も姿を見せなくなったところで気にする身内もいないようです。後は潜入捜査のできる人員を調整すればいいだけなのですが……」


 そこでマイヤが軽く息を吐くと、トライアンがテーブルに腕を乗せながら話を引き継いだ。


「君たちも聞いているかもしれないが、幻霧団は見目麗しい者を狙って拉致していたみたいでね。拉致された旅人を装って地下牢に潜入する予定なのだが、ダルカンやその手下に怪しまれないための、腕の立つ美男美女の人員を確保に少しばかり難航していてね……。もうしばらく待ってほしい」


 そういえば幻霧団がセリーヌが冒険者と知りながらも強引に強襲を仕掛けたのも、セリーヌ、ティオ、エステル、ニコラと美女美少女揃いだったからだったもんな。


 ……頭目のルモンも俺に致命傷を狙った攻撃ではなく足に切りかかってきたあたり、俺も頭数に入っていたのかもしれない。もし拉致されていたら――


 俺は嫌な想像を頭を振って追い出した。とにかく後は潜入捜査員を集めるだけのようだ。残り数日くらいなら領都に滞在していてもなんの問題もないよね。


 場に弛緩しかんした空気がただよい始め、今度こそ朝食の席もお開きかと思った瞬間だった。リアーネが突然席を立ち、高らかに宣言する。


「それならその役、わたくしが立候補いたしますわ!」


 えっ、何言ってるの? このお嬢様!?

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