331 わたくしにだってやれます

 ふんすと鼻息荒く胸を張ったリアーネに、トライアンが珍しく焦ったような表情を浮かべる。


「リ、リアーネ! 何を言っているんだい? すごく危険なことなんだよ?」


「お父様は治安維持の陣頭指揮をおりになったり、冒険者に混じって魔物退治を行ったことがあると聞いております! わたくしにだってやれますわ!」


「あのね、リアーネ? 私のときはさすがにもっと大きくなってからだったし……」


「わたくしはやれます! わたくしは誰にも負けない、一人前の貴族であることを、必ずお父様に証明してみせますわ!」


 その言葉にトライアンがハッと目を見開いた。


「リアーネ……君はもしかして」


「お父様! 被害者のことを思うのならば、一日でも早い救出作戦を実行すべきです!」


「そ、それはそうなんだが……」


 トライアンが口ごもる。意外とこの領主、娘には弱いのかもしれないな。とはいえ領主の娘が人身売買のアジトに潜入捜査なんてのは、さすがに無理があるだろう。ちなみに本人は自信ありげだけれど、どのくらいの実力なのだろうか。念話でニコラに聞いてみる。


『リアはその辺のチンピラ程度になら、負けない実力はあるみたいですよ。魔法の家庭教師の他にも、マイヤから体術も習ってるみたいですし』


『へえ、そうなんだ。「授かった才能を伸ばすことこそが、貴族の義務」……だっけ? 一生懸命頑張ってて偉いね。俺へのアタリは強いけど』


 俺の付け足した言葉に、ニコラが過剰に反応した。


『そう、それ! それですよ! お兄ちゃん、もっと頑張ってリアに気に入られてくださいよ! リアにいちゃいちゃと絡まれるの、私だけだともう限界なんです』


『でもそれって普段お前もセリーヌとかにもやっていることだから……』


『私はもっと慎ましくて紳士的です! それに昨日、リアがポテトサラダを見に行ってから、余計にお兄ちゃんにムキになったような気がしますよ? ニコラちゃんはマルクさんと違ってかわいいだの、マルクさんと違って謙虚だの、面倒くさい絡まれ方までされて大変だったんですからね……。どうせまたお兄ちゃんがドヤ顔でも披露したんでしょうけど』


 ドヤ顔なんてしていないはずだ。多分。いや、おそらく……? などと昨日の行動を思い返していると、リアーネと言い争っていたトライアンの声が耳に入った。


「うーん……。だが、さすがに一人というわけには……」


 なんとリアーネを潜入させる方向に話が動いていた。よっぽど娘に弱いのか、それとも娘の実力を信用しているのか。もしかしたらその両方なのかもしれないけれど。


 トライアンが思案顔で黙り込み、テーブルが一瞬静まり返る。そのタイミングでセリーヌがスッと片手を上げた。


「マイヤ、それなら私も協力するわよ? その方がこっちも早く解放されるんだし。もともと野盗に狙われていた私なら、潜入する人員のお眼鏡にはかなうはずよね?」


「そ、それならボクも!」


 普段は貴族の会話に口を挟まないエステルが珍しく声を上げる。だがその二人を見てマイヤは首を横に振った。


「セリーヌさんはダルカンに顔が知られておりますわ。万全を期すためにも潜入調査に参加していただくわけにはまいりません。ただ……エステルさんなら大丈夫でしょう、お願いできますか?」


「やった! マイヤさん、ボク頑張るよ!」


 昨日も遅くまで組み手のようなものをしていたみたいだし、マイヤとエステルはずいぶんと仲が良くなったみたいだな。人見知りのエステルに知り合いの輪が広がってなによりだよ。


「しかし……二人だけというわけにはいきませんね……」


 と、そこでマイヤが俺の方に顔を向けた。


 いや、やめてほしい。俺はわざわざ危険に首を突っ込むくらいなら数日くらい普通に待てるよ? それに無関係の子供にやらせるようなことでもないでしょうコレ。


 するとリアーネが俺を見ながら吐き捨てるように言った。


「マイヤ、マルクさんの助力は必要ありませんわ。あんな怯えた顔をされた意気地なしに、ついてこられるほうが迷惑です! お部屋にこもってお料理や石玉をお作りになっておられるのがお似合いというものですわ!」


 ――は? はあっ!? そりゃあ俺にお鉢が回ってきたら嫌だなあっていうのが顔に出ていたのかもしれないけどさ。そこまで言う必要ある?


 俺だって、そんなにバカにされてヘラヘラ笑っていられるほどお人好しじゃないんだからな!? ……よし、いいだろう。そっちがその気なら、それ相応の扱いをしてやろうじゃないか。


 俺はリアーネに向き直ると、ゆるゆると首を振って見せた。


「そんなことないですよ。僕なら潜入捜査くらい簡単にこなせるでしょう。でも残念ながら、僕も当然ダルカンに顔を知られているのです。僕が協力できなくて、リアーネ様がお可哀想だと思ったのが顔に出てしまったようですね。大変失礼いたしました」


 そう言って慇懃いんぎんに頭を下げると、リアーネの震えた声が届く。


「あ、あなた……! 意外とお口が回るようですわね。少し見直しましたわよ……!」


「ありがとうございます。僕もリアーネ様がそこまでお顔を強張らせる様子を初めて拝見しました。意外と子供っぽいところもあるようで、おかわいいと思いますよ?」


「ぐ、ぐぬぬ……わ、わたくし、ここまでコケにされたのは生まれて初めてですわ……!」


 リアーネが射殺さんばかりに俺を睨む。――あっ、やべっ、ちょっと頭に血がのぼって言い過ぎたか!? 相手は貴族だったよ!


「まあまあ、二人とも落ち着いて。私もリアーネがそんな顔をするところを初めて見たよ。いい友に恵まれたようでなによりだね」


 そんな俺たちの舌戦の間に入ったのがトライアンだ。トライアンはゆっくりと言い聞かせるように俺たちを仲裁をすると、なんだか含み笑いをしながら俺の方を向いた。


「ふふ、それでマルク。協力してくれるんだって? 顔が知られているのなら、ちょうどいいのがあるじゃあないか。そうだろう?」


「えっ? それってどういう――」


「マイヤ、頼むよ」


「はい、トライアン様。……さあマルク様、少しお席を外しましょうか。こちらへ――どうぞっ!」


 マイヤの有無を言わさぬ腕力で無理やり椅子から引っ張り上げられた俺は、そのままずるずると引っ張られ、食堂を後にしたのだった。



 ◇◇◇



 リアーネの衣服の全てが保管されているという衣装部屋。マイヤはそこに俺を押し込め後ろ手に鍵を閉めると、じりじりと詰め寄ってきた。


 目をそらさないように後ずさっては見たものの、気がつけば背後には壁。もう逃げ場はどこにもない。


「ほら、もうわかってるんだろう? 逃げ場はねえんだ。おとなしくしてりゃあすぐ終わるからよ」


 マイヤは口元を吊り上げて粗暴な本性をさらけだすと、俺の肩を力任せに掴み上げ、乱暴に上着に手をかけた。


「イヤーッ!」


 俺の悲鳴が衣装部屋に響き渡る。だが助けは誰一人、現れはしなかったのだった。

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