319 睡眠不足

 翌朝。深い眠りから目覚めた俺は、まず衣服の乱れを調べる。


 ……異常ナシ。寝ながらの空間感知にも反応がなかったし、どうやら深夜の襲撃は行われなかったようだ。


 トライアンはしっかりと約束を守ってくれたようでなによりだ。これからは警戒レベルを一つ下げてもいいかもしれない――って、俺はいつもこういう心配ばかりしている気がするな……。


 今更ながら気づいた事実に深くため息をつきながら、俺は何も心配することなく眠ることができる実家のベッドが少し恋しくなった。


 そういえば昨日、城に泊まることが決まってから一度も共鳴石で連絡していなかったな。後でニコラと一緒に定期連絡を入れることにしよう。めったなことでは驚かない母さんもさすがに驚くかもしれない。


 俺は母さんが慌てる声を想像しながらふかふかのベッドから飛び降りると、軽く屈伸運動をして体をほぐす。室内は魔道具で温度調整がされており、暑くもなく寒くもなくとても快適だ。さすがは貴族の客室である。


 俺は室内に備え付けられた洗面所で顔を洗って身支度を整えると、客室の扉を開けた。目的地はもちろん食堂だ。貴族の朝食が楽しみすぎるね。



 ◇◇◇



「ふわぁ……。おあよー、お兄ちゃん……」


 廊下でニコラとばったりと出くわした。目をこすりながら、にゃむにゃむと口を動かすニコラは誰がどう見ても寝不足の顔をしている。


「おはよ。どうしたの、その顔?」


『昨日は貴族ベッドを目いっぱい堪能するために一人で寝ていたんですけど、ウトウトとしたところで急に「ガチャリ!」と、ドアノブを回す音が聞こえましてね……』


『うへ。それってもしかして……』


『ええ、私のギフトでも確認しましたが当然リアでした。それでリアは施錠された扉を開けずにあっさりと引き返したんですけど、これから合鍵を持って侵入してくるんじゃないかと思うと気が気じゃなくてですね、まったく熟睡ができなかったのです……』


『おおう、それはご愁傷さま……』


 色々と図太いのかと思いきや、意外と繊細なところもあるんだよねコイツ。と、俺が同情していると、なぜかニコラも俺に同情の眼差しを向けた。


『そういうお兄ちゃんも領主サマに怯えながら眠れぬ夜を過ごしたんですよね……。って、あれ? おや? おやおや? お兄ちゃんはなんだか妙にスッキリしてますね。……まま、まさか、領主サマと……!?』


 眠気が覚めたのか、くわっと目を見開いたニコラが、歯をがたがた震わせながら俺から一歩後ずさった。おいお前、何を考えてるんだ。


『いや、違う。違うからな? 貴族ベッドの寝心地は最高だったし、俺は普通にぐっすりと眠っただけだよ』


『貴族ベッド(意味深)!?』


『違うって! それに俺は領主様から手は出さないって約束してもらったし! 本当に何もないよ!』


『えっ、約束ってなんですかソレ?』


『昨日、領主様としっかり話し合ったんだよ。……お前もそんなに夜這いが心配なら、リアーネにいい聞かせるか、セリーヌの所で寝ればいいじゃないか』


 俺の提案に、ニコラは自分の顎に手を添えると難しい顔をした。


『んー……。リアのくれるお菓子は超美味しいので現状維持を希望したいところです。それにセリーヌはどうやら領主サマに晩酌用のお酒を貰ったみたいで、昨晩もずいぶん遅くまでチビチビと飲んでいたみたいなんですよね。さすがに私が一緒に寝たいから早く寝てほしいだとか、明かりを消してくれなんて言えませんよ。わがままを言って好感度は下げたくないですもん』


 どうやら寝不足よりも優先順位が上のものがあるらしい。


『あっ、そう。あとは……エステルには……断られるだろうしなあ。それならやっぱり自分の部屋で寝るしかないね。メンタル修行のつもりでがんばってくれ』


 俺が話を打ち切り、足を踏み出そうとしたところで、


「あの……ね、お兄ちゃん。ニコラ、今日からお兄ちゃんと一緒のおふとんで寝たいな……。駄目……?」


「……は?」


 急にニコラが目を潤ませると、甘えたような、それでいてほのかに悲しみを感じさせる声を上げながら俺の手をきゅっと握る。すぐに背後から声が聞こえた。


「あらあら、ニコラちゃん。少しさみしくなっちゃったのかしらん?」


 後ろを振り向くと、部屋から出てきたセリーヌが微笑ましそうな顔で俺とニコラを眺めていた。


「いや、コイツはそんなんじゃ――」


「まあまあマルク。ニコラちゃんもご両親とずいぶん会ってないし、きっと心細いのよん。頼られてるんだからいいとこ見せてあげなさい、ね? ?」


 セリーヌは俺の頭をポンと撫でると、兄妹水入らずでごゆっくりとばかりにさっさとこの場を去った。まだ部屋にいるエステルを呼びに行ったのだろう。


「……はあ、わかったよ。だけどベッドは半分こだからな? 真ん中には寝ないでくれよ」


「うん! お兄ちゃんありがとー!」

『ヒャッハー! セ◯ムゲットです!』


 ニコラは俺を警備サービス会社呼ばわりするとパッと手を放し、ウキウキと跳ねるようにセリーヌの後ろを追いかけて行った。


 まあニコラは寝るのにも全力だからか、寝相はいいので邪魔にはならないだろう。


 だけど俺だって、許されるならふんわり貴族ベッドの独り占めをしたかったのだ。後でリアーネから貰ったおやつでも分けてもらわないと割に合わないねコレは。

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