320 ドナドナ

 エステルも合流し、四人揃って昨夜と同じ食堂に入った。テーブルの近くには使用人が控えており、俺たちのためにわざわざ椅子を引いてくれる。そこまでしてくれなくてもいいとは思うんだけど、向こうもそれが仕事なんだろうし気にしないほうがいいんだろうな。


 中にいるのは俺たちと使用人たちだけで、伯爵家の二人の姿はまだ見えない。


 ちなみに前領主であるトライアンの父親はまだ存命のようだが、トライアンが跡を継いでからは親しい者たちと別邸で過ごしているそうで、この城に住む領主一族はあの二人だけだ。


 席に座ってしばらく待っていると、リアーネがメイドと共にやってきた。


 彼女は俺とセリーヌに挟まれた席に座るニコラを悲しそうに見つめながら席に座ると、朝の挨拶の後にトライアンは既に出掛けたことを俺たちに伝えた。どうやら領主は忙しいというのは本当だったみたいだ。


 そしてイケメン抜きで朝食が始まる。テーブルに並ぶのは目玉焼きや生ハム、サラダ、白パン等、案外普通なメニューだった。貴族とはいえ、朝からゴテゴテとしたものを食べるわけではないんだなあ。


 ――なんて思いながら白パンを口に運ぶと、食べたことのないくらいにフッカフカでもっちもちの食感に驚いた。やはりメニューが平凡でも庶民の食卓とは質が違うみたいだ。


 しかしレタスのサラダに添えられているトマト。これは俺の育てた魔法トマトとさほど変わらない味だったと思う。俺ご自慢の魔法トマトが勝利を確信するまでに至らなかったのは残念だったけれどね。



 食後、リアーネは席を引いていた使用人を呼び、ニコラをちらちらと見ながら何かをこそこそ話していた。おそらく次回からリアーネの隣がニコラの席に固定されるんだろう。その密談をニコラが売られていく子牛のような瞳で見ていたよ。



 ◇◇◇



 朝食後は俺の部屋でニコラと一緒に実家への連絡を終えると、さっそく冒険者ギルドに出かけるために昨日馬車を降りた庭園で待ち合わせ。既に待っていたセリーヌ、エステルと合流した。


 ちなみに母さんは、領主のお城のお泊りをさほど驚いた様子もなく「まあ、よかったわね~」とほんわか喜んでいた。どうやらこれくらいでは母さんは驚かないらしい。父さんは絶句していたような気がするけれど、普段も無口だからよくわからないな……。


 そんな話をしながら四人でしばらく待っていると、リアーネがメイドを引き連れながらやって来た。


 昨日からずっとリアーネに付き添っているメイドさんだが、今はメイド服ではなく、町中にいくらでも見かけるような庶民的な服装をしている。だが髪型はひっつめ髪で、銀縁眼鏡をかけているところは変わらない。


 リアーネは庶民的とまでは言い難いが、ちょっとお金持ちのところのお嬢さん? 程度の服装である。


「おまたせしましたわ! お父様からの助言に従い、目立たない服装を用意していただきましたの。ニコラちゃん、わたくし似合っているかしら?」


 リアーネが少し照れたようにスカートの裾をつまみながら話しかける。


「うん、似合ってるよ!」

『はあ、これでグイグイと来なければ最高なんですけどねえ。まじはあ』


 二元放送が聞こえたが、似合っているというのは本音らしい。たしかに俺から見ても、リアーネの整った顔と上品な衣装が釣り合っていてとてもかわいいと思う。


「……ぶしつけに見るのは止めてくださいませ」


 ん? リアーネの方から何かが聞こえた気がするけれど、リアーネは変わらず頬を赤く染めたままニコラに微笑んでいる。幻聴かな?


「うふふ、ニコラちゃん、ありがとうございます。ニコラちゃんも相変わらず似合ってますわよ、はあはあ……」


 リアーネがニコラを上から下へと舐め回すように見つめると、メイドさんがコホンとひとつ咳払いをした。


「皆様、私はリアーネ様付きのメイド、マイヤと申します。リアーネ様の護衛を仰せつかっておりますが、なるべく皆様のお邪魔をいたしませぬよう気を付けますので、何卒よろしくお願いいたします」


 落ち着いた口調でそう言って、丁寧にお辞儀をした。へえ、このメイドさんがリアーネの護衛なのか。そうは見えないけど、やっぱり強いのかな?


「マイヤ……?」


 メイドのマイヤの挨拶に、セリーヌが首を傾げながら呟く。そして顔をしかめながらマイヤに顔を近づけて一言。


「あんた……マイヤなの?」


 するとマイヤがこれまでの澄ました顔を一変させ、犬歯を見せてニヤリと笑った。


「ようやく気づいたのかい? セリーヌ」


「ちょっ……! 本当にマイヤなの!?」


「案外気がつかないもんなんだな。くくっ」


「あ、あんたね……。ボサボサ髪に革鎧で山賊みたいな格好してた『大鉈おおなたのマイヤ』がそんな小綺麗でピシっとしていたら、気がつくわけないでしょうっ!?」


 笑い声を噛み殺すマイヤに、セリーヌが泡を食ってまくし立てる。どうやら二人は知り合いだったようだ。今の姿から想像つかないくらいにワイルドだったみたいだけど。


「まあ、あたしの話は後でゆっくりとしようじゃないか。……それよりもセリーヌ様、本日はこれからご用事があるのでは?」


 再びマイヤが澄まし顔に戻ると、セリーヌはその変わりように目を丸くした後、軽く頭を振った。


「あっ、ああ……そ、そうね。はぁ~……あんた、今晩にでも私の部屋に飲みにきなさいよ? そこで詳しく話を聞かせてもらうからね……。……それじゃあリアーネ様、今日はこれから冒険者ギルドに向かいますわね」


「は、はい。私のことはマイヤが守ってくださるので、皆様は普段通りにお願いしますね?」


 リアーネも自分のお付きのメイドとセリーヌが旧知の仲だったことは知らなかったようで、今も二人の間できょろきょろと視線をさまよわせている。


 まあ驚いたのは俺も同じだ。ニコラは『昨日リアのお部屋であのメイドさんに抱きつこうとしたんですけど、ひらりひらりとかわされましたし、只者じゃあないとは思ってましたよ』と、ドヤ顔で語っていたけどね。


 思わぬ再会シーンに出くわすことにはなったが、そんなことより今日は冒険者ギルドである。領都にあるだけに領内一の大きさを誇るらしい。早く見てみたい。


「マルク、楽しみだねっ!」


 俺と同じく冒険者ギルド見学を楽しみにしていたエステルに頷いてみせると、俺たちはセリーヌに続いて庭園の通路を外に向かって歩き出した。



――後書き――


 昨日、コミカライズ版となる「異世界で妹天使となにかする。@comic」も更新されました。↓ぜひご覧くださいませ↓

https://seiga.nicovideo.jp/comic/50124

 なお10月15日にはついにコミックスも発売されます。書き下ろしSSも頑張りました!予約していただけるとすっごく嬉しいです!

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