313 昔話

「あの、破格の待遇のように思えるのですけど、どうしてこのような……?」


 セリーヌが困惑を顔に浮かべながらトライアンに尋ねた。セリーヌには銀鷹の護符を見せた時に事情は説明していたので、俺が変態領主に気に入られてしまったということは知っている。それでもなお、お城に招待というのは特別待遇なのだろう。


「私は若い頃、冒険者に憧れていてね」


「冒険者に……ですか」


 セリーヌがオウム返しに問い返す。俺たちのような平民の子供が冒険者に憧れるというのはよくあることだ。教会学校にもたくさんいる。だが貴族も同じだとは少し考えにくい。


「ああ。私は今でこそ領主だが、もともとは伯爵家の三男坊。後継者としては予備の予備といった感じで、兄たちに比べると自由に伸び伸びと育ててもらえたんだ。……でもね、少しでも自由があると、もっと自由を感じてみたくなるものでね? 私は己の才覚を頼りに自由に生きる冒険者に憧れたんだ。貴族としてではなく冒険者として身を立てたいなんて考えたことは一度や二度じゃなかった。さすがに貴族の身分を捨てて冒険者になることを許してはもらえなかったけれど、よく冒険者の真似事なんかをやって父上を困らせたものだ」


 自由に生きていると、貴族というものを堅苦しく感じるものなんだろうか。同じく冒険者に憧れるエステルが「わかる!」とでも言いたげに無言でコクコクと首を振っているなか、トライアンが懐かしそうに目を細めて思い出を語っていく。


 自腹で魔物退治を依頼して冒険者を雇い、その監督という名目で冒険者パーティに参加したり、身分を隠して冒険者ギルドの酒場に入り浸るなんてことは日常茶飯事だったそうだ。


 それでも冒険者への憧れが捨てきれず、いっそ出奔しようかと考え始めた頃、長男と次男が流行り病で早逝。慌てて父親がトライアンを後継者に指名して後に領主となり、現在に至るということらしい。


「――今となっては領主の仕事にやりがいを感じているし、私を貴族の身に留めてくれた父上には感謝しかない。それでも私はやはり冒険者が好きなんだよね。そんな折、数年間に渡り領内を荒らしておきながら、その尻尾を掴ませなかった野盗を丸ごと捕らえた冒険者パーティが領都に来た――なんて聞いたら見に行くしかないだろう? しかも実際にここまで足を運ぶと、以前私が目を付けていた少年までいる。これは是非とも城に招待して色々と話を聞いてみたいと思ったわけさ。それに次にマルクと会った時には、ポテトサラダの作り方を教えてもらおうと思っていたしね」


 トライアンが俺に向かってバチンとウインクをした。要は俺の存在が決め手だったということなのか。目を付けていたとか勘弁してほしい。けれどもたしかにアイリスを去る際、ポテトサラダの件は聞いた記憶がある。


 石玉のお礼という名目で貰った銀鷹の護符だったけれど、もちろんあんなもので釣り合うわけもない。うかつな俺は護符が無ければこれまで何度も怪我をしていただろうし、下手すれば大事に至っていた可能性もある。ここで少しでも恩を返せるのなら、レシピを教えることにはなんの不満もない。


 セリーヌは俺たちに目を向け、俺たちもトライアンの提案に前向きだと判断したのだろう、軽く頷いてみせた。


「わかりました。ウォルトレイル伯爵様のお招きにあずかります。よろしくお願いいたします」


 そう言ってセリーヌが頭を下げると、トライアンはさわやかに微笑む。


「そうかい、受け入れてもらえて嬉しいよ。それではさっそくだけど、私と一緒に馬車で城に向かってもらえるかな? 申し訳ないけれど、今日くらいは寄り道しないでくれるとありがたい」


 本来なら今日中に領内で一番大きいと言われる冒険者ギルドを訪ねて、施設内を見学しながらランドタートルの素材を売る予定だったのだけれど、これは仕方ないね。行動の自由は許してもらえるようだし、素材はアイテムボックスに収納しているので明日以降でも問題ない。


 セリーヌが承諾すると、トライアンが立ち上がり扉へと向かった。今までずっと握られていた手がようやく離れたことに、思わず息を吐き出す。


『フヒヒ、大変な性癖の人に気に入られたようですね?』


 トライアンに続いて皆が席を立ち移動を始めるなか、俺の隣に並んだニコラから念話が届いた。


『そうだね。お前にまとわりつかれているエステルの気持ちがよくわかった』


『あれはエステルが敏感すぎるだけですから。あれは不成立っ……! ノーカウントっ……!』


『あっそう……。まあなんにせよ、お城に行くのは楽しみだけど、少し憂鬱だよ』


『お触り以上の事案が発生しないことを、陰ながら祈っておきますね』


『うへえ、そんなの冗談でも言わないでくれよ』


『えっ、これは冗談のつもりはないんですけど……』


 ニコラが真顔でとんでもないことを言い放つ。せめて冗談であってくれ。俺に性欲なんかはまだないけれど、男より女性が好きなはずだ。好みを変えるつもりも変えられるつもりもない。


 ふと、前を歩くセリーヌが目に入った。俺はトライアンに削られた精神に癒やしを求めるべく、セリーヌの手をそっと握る。セリーヌの柔らかく温かい手を握るだけで、げんなりとしていた気分が晴れていくのを感じた。ほらね、男ではこうはいかない。


「あらマルク。珍しいわね」


 急に手を握られたセリーヌは、目を丸くしながらさりげなく空いてる手で鼻を押さえた。大丈夫、出てないよ。

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