314 リムジン
応接室で立ちっぱなしだった、もう一人の男はどうやら詰所の主任だったらしい。彼の敬礼に見送られながら衛兵詰所を出ると、俺たちはトライアンとモリソンの後ろについて大通りまで歩いた。
するとそこには馬を三頭も繋いだ馬車版リムジンとでも言いたくなるような、やたら長くて高級感にあふれる馬車が停まっていた。馬車窓はなんとスモークガラスだ。スモークガラスなんてこの世界で初めて見たよ。
ちなみに前世で言うところのリムジンの定義とは運転席と客室の間に仕切りがあることらしいので、仕切りのあったギャレットの馬車でもリムジン形式だったりするのが少しややこしい。とにかく俺たちの目の前には、やたら長くて豪華な馬車が横付けされている。
リムジン馬車の前で待っていた御者風の男は、トライアンを見るなり馬車の扉を開いて仰々しくお辞儀をした。トライアンが軽く頷き馬車に乗り込むと、モリソンが扉の脇に立ってこちらを見る。先に入れということだろう。
今まで乗ったことのない豪華な馬車の外装に若干尻込みしながら、俺たちは列をなして馬車に乗り込んだ。そしてさっそく室内を見回してみる。
まず気がついたのは中の明るさだ。中が閉め切られているにも関わらず、いくつもの魔道ランプで明かりが灯された馬車の中はとても明るい。
窓にはめ込まれてるガラスも外から見た時はスモークガラスだったのに、こちらから見るとごく普通のガラスのように見えた。もしかすると、これも魔道具なんだろうか。
座席はL字型に設置されており、空いたスペースにはテーブルや調度品などが置かれていた。まるで高級ホテルの一室のような様相だ。
その座席の最奥にはトライアンが腰掛けていた。傍らには執事だろうか、濃紺の衣装を身にまとった白髪の老人が
そちらの方に顔を向けた時、トライアンが俺に手招きをしたように見えたけれど、俺は高級馬車に興味津々で気づかない子供という
最後にモリソンが乗り込み、俺たちが適度にトライアンから距離を取った座席に腰を下ろすと、馬車はゆっくりと動き始めた。今まで乗ってきた馬車に比べるとかなり振動が少ないと思う。さすがは領主の乗る馬車だ。
さてと、このまま馬車窓から領都の景色を楽しみたいところではあるけれど、なんだかんだいって領主というのはお忙しいはずである。次に会える機会はわからないので、今のうちに銀鷹の護符のお礼を言うべきだと思った。気持ちの悪い領主だとは思うけれど、護符には罪はないし何度も助けてもらっているからね。
「あの、ウォルトレイル伯爵様……」
「トライアンでいいよ」
「ウォル――」
「トライアン」
「トライアン様……」
「ふふ。なにかな、マルク?」
トライアンがそれはそれはいい顔で微笑む。
「えと、いただいた護符にはこれまで何度も助けてもらいました。本当にありがとうございます」
「そうかい。君の役に立てたのならよかった――ん? 何度もだって?」
「え? はい」
トライアンが微笑んでいた顔をこわばらせて問い返すが、そんなに変なことを言っただろうか。
初めて使ったのが、デリカに貸してテンタクルスの攻撃を防いだ時だ。返してもらってすぐに魔力を充填して、テンタクルスのヌシの墨攻撃を防いでもらった。エビルファンガーのヤバい胞子攻撃からも守ってくれたし、その後もエステルと一緒に森で狩りをしていて一度あったかな。つい先日はルモンの不意打ちからも守ってくれた。
「ふむ……。アレックス、銀鷹の護符とはどういったものだったかな?」
片眉をあげながらトライアンは執事に声をかけた。馬車の中で微動だにせず立っていた執事が口を開く。
「身を守るための魔道具です。護符の中に込められた魔力を使用して、所有者に振りかかる軽度の攻撃を防ぎます。二度、威力によっては一度でも使えば自壊してしまう物のはずですが……」
「そうだよね」
「えっ? でも魔力を充填したら使えましたけど……」
「魔力を、充填……? アレックス、どうなんだ?」
「本来、銀鷹の護符には専属の魔道具職人が一月ほどかけて魔力を注ぎます。一度使えば壊れることもありますので、わざわざ魔力を充填させる物ではありませんし、魔力を充填すれば何度も使えたという話は聞いたことありません」
ジロリと俺を見ながら執事アレックスが答えると、トライアンが深く頷いた。
「そうか。……ふふ、マルク。本当に君は興味深いね?」
金髪イケメン領主の瞳がねっとりと俺を見つめる。その目は本当に勘弁して欲しい。
しかし幸いなことにそれ以上は何も聞いてこないので、愛想笑いを浮かべてこの場をやり過ごしながら、俺は銀鷹の護符について考える。
今まで何度も怪我から守ってもらった護符が、まさか使い捨てだったことには驚きしかない。あんな綺麗に銀の細工が施されているというのに、貴族ってやっぱり金持ちなんだな。
『よく考えてみれば、魔力を注げばどんな攻撃も防ぐようなチートアイテムを平民の子どもにあげるのはおかしい話でしたね。いくら
お気に入りを強調してニコラが念話を送ってきた。
『言われてみればたしかにそうだ。でもそれなら、どうして何回も使えているんだろう?』
『お兄ちゃんの魔力にあてられて性質が変化したのかもしれませんね。セジリア草もそうだったでしょう?』
『……そうなのかな。まあそれくらいしか原因が思いつかないよなあ……』
俺は銀鷹の護符を首から取り外すと、ポケットにしまう振りをしてアイテムボックスに収納してみた。
《銀鷹の護符+1》
おおう、見事に名前が変化している。普段から身につけているので、まったく気がつかなかった。鑑定を信じるならば、普通の護符よりワンランク上の効果があると思っても良い物のようだ。
――とはいえ、使い捨て製品を無理やり使っていたとなると、少々不安になってくる。この時、俺の頭によぎったのは前世の社員旅行で持っていった、何度か洗って使える使い捨てパンツのことだった。
使い捨てなので、当然一度でも穿いたら捨ててもいい物だ。けれども俺はそのパンツの肌触りが気に入ったり、捨てるのはもったいないと思ったこともあり、数回どころか何十回も洗って使っていた。
すると突然仕事中にビリッと破れ、仕事が一段落してコンビニに向かうまでの間、尻をスースーと風通しよくさせていた悲しい思い出があるのだ。
予期せぬ頃にいきなり護符が壊れる可能性もある。あまり護符に頼ってばかりでは危険だということだ。それを今日ここで知れたのは幸運だったのかもしれない。
会話が途切れた後もニコニコと俺を見つめるトライアンに気づかぬ振りをしながら、俺は護符頼りで緩んでいたのかもしれない気持ちを締め直すことにした。
◇◇◇
俺との話が終わった後、トライアンから様々なことを聞かれつつ、それを主にセリーヌが当たり障りないように答えながら時間を過ごした。トライアンも深く尋ねることをしなかったのは、冒険者をリスペクトしている者として流儀に
エステルは興味深そうに窓の外をチラチラと見ながらも私語はいけないと思ったのだろうか、口元をもにゅもにゅとさせながらも一言も発していない。
ニコラはこの領主に気に入られてはいけないと俺の実体験をもとに学習しているせいか、普段のように愛想よく笑顔を振りまくこともなく、人見知り風にじっとセリーヌに抱きついていた。
そういった状況のなか、馬車がゆっくりと止まった。
「到着したよ。さあ降りて」
トライアンの声に扉を見ると、いつの間にか馬車から降りていた御者が扉を開いて頭を下げている。俺はセリーヌの後に続いて馬車から降りると、そこには今まで見たことのないような景色が広がっていた。
周辺には手入れの行き届いた庭園が配置され、冬にもかかわらず赤白黄色とたくさんの花が咲き乱れている。点在する大小様々な石像には鷹をモチーフにしたものが多いように見える。領主の一族は鷹を守護神として祀っている話を思い出した。
そして奥には石造りの巨大な建造物。あれが城なのだろうか。俺は城と言えば尖った屋根と塔がいくつも立っているみたいなイメージがあったのだけれど、どうやらここはそういう物ではないらしい。華やかな庭園にそぐわないほどに無骨で威圧的だ。
俺がバカみたいに口を広げて城を見上げていると、突然甲高い子供の声が聞こえた。
「お父様! 今日は帰っていらしたのね!」
俺と変わらないくらいの年頃のきれいな金髪をツインテールにまとめた女の子が、後ろにメイドを引き連れながら庭園の通路をたかたかと走ってきた。
「ただいま、リアーネ」
「おかえりなさいお父様! ……あの、こちらの方々は?」
女の子は首を傾げながらトライアンに問いかける。そういえば同い年くらいの娘がいるって話だったな。この子がその娘なのだろう。
「今日からしばらくこの城に泊まる冒険者の方々だよ。私の客人だからね。失礼のないように」
「わかっていますわ! 皆様、わたくし、トライアン・ウォルトレイルが娘、リアーネ・ウォルトレイルと申しま――」
リアーネは俺たちに向き直り、ドレスの裾をちょこんと持って丁寧に挨拶をする途中で固まった。そして――。
「――かわいいっ!」
こちらに向かって一直線に走りだすと俺の横を通り抜け、その後ろにいるニコラの手をぎゅっと握った。興奮状態なのだろう呼吸も荒い。
「はあはあ! あなたのお名前はなんていうのかしら? わたくしとお友達になってくれませんか!?」
リアーネは握った手を胸元に寄せると、蕩けたような顔をニコラに向ける。
『助けてっ! お兄ちゃんッッ!』
色々察してしまったらしいニコラから悲痛な念話が届いた。
――後書き――
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