312 再会
明らかに貴族的な人物の登場に、セリーヌは席を立って迎えようとするが、その前にトライアンが手で遮った。
「座ったままでいい。私の名前はトライアン・ウォルトレイル。このウォルトレイル伯爵領の領主をやらせてもらっているよ」
そう言いながら、いそいそと空いてる椅子に腰掛ける。前に会った時もそうだったけれど、どうやら貴族ぶらないのは夜の店だけというわけではないらしい。
……と、それはいいんだけどね、うん。上座っぽい席は一応空けておいたのに、どうして俺の隣に座っているんですかね……? そんなトライアンは俺に肩を寄せると耳元でそっと囁く。
「久しぶりだねマサオ。きっとまた会えると思っていたよ」
生暖かい吐息が俺の耳にかかる。マジで勘弁してほしい。っていうか、マサオって俺? ……ああっ、そういえば名前を聞かれてとっさに偽名を使ったんだった! ヤバイなコレどうしようか――
『――フランクな態度の人ですけど、あんまり調子に乗ると笑顔のまま「はっは、無礼な奴だな殺せ」とあっさり言い放つのが貴族ってもんです。ですからお兄ちゃんも気を抜かないほうがいいと思いますよ。……ああっ、もうやらかした後でしたね、マサオお兄ちゃん?』
ニコラから追い打ちをかけるような念話が届いた。つらい。九歳にして胃がシクっと痛んだ気がした。
「それで、モリソン?」
扉の前で直立不動の姿勢で立っている二人の男のうちの一人に、トライアンが声をかける。
よく見るとこの男もカミラのお店「アイリス」で見た人物だ。一緒に来店した兵士たちの直接の上司だったはず。
「門番からの報告書によりますと、この者たちはC級冒険者セリーヌ、冒険者志望のエステル。こちらの子供は……マルクとニコラ、双子の兄妹とのことです」
「マルクだって? ……そうか」
トライアンは俺を見つめ悲しげに眉尻を下げ、「ふう……」とため息を漏らした。――俺の首筋に。
そこから俺の鼻腔に奴の吐息がふわりと立ち昇ってきた。臭かったら少しは気が紛れたかもだが、なんだかいい匂いなのが逆に腹が立つ。
「……私は君に信用してもらえなかったんだね……」
「ええと、それはその……」
俺が言葉に詰まっていると、トライアンは目を伏せて静かに首を振る。
「いいんだ。貴族と平民の間にそびえる身分の壁という幻想は未だ高い。君の気持ちはわかるよ。私は気にしないからね?」
トライアンはそう囁くと、テーブルの下で俺の手をそっと握った。その瞬間、俺の全身に鳥肌が立ちこれまでにないレベルの悪寒が駆け巡った。しかしさすがに今この手を振りほどく勇気は俺にはない。
ちなみにセリーヌは俺が偽名を使っていたことを察したようで、額に手をあて
そんな状況の中、トライアンは正面を向くとイケメンにふさわしい美声を周囲に響かせた。
「さて、君たちは突然呼び出され、さぞや驚いたことだろう。だが私たちからの提案はそれほど悪い話ではないと思うので、どうか肩の力を抜いて聞いて欲しい。ではモリソン、頼む」
「はっ! ……私はウォルトレイル騎士団団長モリソンである。私のほうから今回の事情を説明させてもらう」
モリソンはカミラにデレデレだったあの夜のような顔ではなく、キリッと眉を上げ凛々しい顔をしながら胸を張る。
「お前たちが捕縛した野盗――奴らには名が無く、我々が幻霧団と仮の名を付けている。そしてその幻霧団だが取り調べの結果、ここ数年に渡り領内で発生していながら全く手がかりが掴めていなかった、いくつもの住民行方不明事件に深く関与していると我々は断定した」
「この手の用心深い犯罪者は取り調べに手間取ることが多いんだけど、どうやらあっさりと白状してくれたみたいなんだよね。……よっぽど怖い目にでもあったのかな?」
トライアンが補うように口を挟み、俺たちを興味深そうにじろじろと見回す。
早々に白状したのは、もしかしたらマジックドレインで
うーむ、心の中を読まれているような気味の悪さがある。そういえばアイリスのお姉さんたちも同じようなことを言っていて、イケメンのくせに女性陣からの評判はあまり良くなかったんだよね。
「話を続ける。拉致された住民たちは奴隷として売られていったそうなのだが、その取引に領都内のとある商会が関わっている疑いが浮上した。当然、拉致奴隷は許されることではなく、領都で商いを行っている者が法に背いているとあれば由々しき問題である。我々は即日調査を開始した」
モリソンはそこでいったん言葉を止めると、申し訳なさそうに顔を曇らせた。
「……現在調査は進行中ではあるが、この手の調査は初動の速さと正確さが肝心であり、情報の
モリソンはそこで一度大きく息を吸うと、最後のひと仕事とばかりに声を張り上げた。
「……そこでしばらくの間、お前たちは私たちの監視下に置かれることになった! そのことを通告するのが今回の召集である!」
説明を終わらせたモリソンは軽く息を吐いて俺たちを見回す。セリーヌがそっと手をあげた。
「質問いいかしら?」
「許可する」
「それならギャレットさんは? 彼もこの場に呼んだほうが良かったんじゃないかしら?」
セリーヌが当然の疑問を口にすると、モリソンがすぐさま答えを返す。
「お前たちからすれば納得のいかないことかもしれないが、幻霧団の頭目と知己であった彼には幻霧団の手下である可能性が残っている。今は泳がせながら監視している最中だ。このまま容疑が晴れれば監視されていることにも気づかぬまま、日常に戻れることになるだろう」
「そういうことなら、私たちも直接監視下に置くのではなくて、遠巻きに監視しても良かったんじゃ?」
「監視対象が四人ともなるとそれなりの人員を割く必要があるのだが、今は調査に人員を回したいのが理由のひとつ。それともうひとつ、お前たちは十数人の野盗を無力化するほどの手練である。仮に監視に気付かれた場合の面倒を考えると、事情を説明するのが最善と判断した」
「そう……。それで監視下に置かれるってのは、具体的にどのくらいの期間になるのかしら?」
じっと話を聞いていたセリーヌが表情を変えずに尋ねると、モリソンも表情筋をピクリとも動かさずに返答する。
「一週間ほどになるだろう」
モリソンの返答に、ニコラが不満げに口元を尖らせているのが見えた。もうすぐ実家に帰れるところで一週間延期である。もともと二泊予定だとしても延期延長には変わりない。
マラソンのゴール直前ラストスパートで、突然ゴールまでの距離が延びるほどしんどいことはないだろう。早く両親に会いたいニコラの気持ちはわかる。
俺と同じくニコラを見つめていたセリーヌが同情するように顔をしかめる。そして口を開こうとしたところで、それを制するように先にトライアンが声を上げた。
「もちろん早く終わればすぐに解放するし、一週間以上延長することはないと約束しよう。それと、部屋に軟禁させるわけではないからね。野盗について口を
「なっ、トライアン様、それは……!」
モリソンが驚いたように目を見開くと、トライアンはコクリと頷く。
「君たちを我が城に招待しよう。君たちも急ぐ旅の途中なのかもしれないが、どうかそれで溜飲を下げてはもらえないだろうか?」
お城にお泊り!? 貴族と関わりあいにはなりたくはないけれど、どんなものを食べてどんな暮らしをしているのか、興味がないと言えば嘘になる。
どうせゴネたところでどうにもならないなら、めったにない機会を楽しんだほうが得だよなあ……。なんて思いながらニコラを見ると、尖っていた口元がにゅうっと元に戻った。そういうことなら話は決まりだね。
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