311 条例違反?
「どういうことかしら?」
突然の出頭命令にセリーヌが眉をひそめると、それとは逆に門番は険しい顔を一転させ呆れたような表情を浮かべた。
「なんだ、心当たりがないのか?」
「心当たり……ねえ……?」
セリーヌは自分の顎に手をやり、しばらく思案に暮れる。そしてハッと顔を上げると、俺を凝視して顔色をサーッと青ざめさせた。
「ま、待ってよ! 私は手なんか出していないわ!」
えっ、もしかして昨日の
「いまさら隠すなよ。かなりのやり手なんだろう? 今回もあっという間にヤッちまったと聞いているぞ?」
なんとも紛らわしいことを言ってニヤリと口角を上げた門番に、セリーヌは噛みつかんばかりの勢いで食ってかかる。
「は? ……はあっ!? 何かの間違いよ! 手なんて出せるわけないでしょ! それに頭が真っ白になって何がなんだか訳がわからないうちにあんなことに……。私だってねえ、本当はもっと大人の余裕ってやつで対応したかったわよ!」
この人は一体なにを言っているんですかね? っていうか、そもそもそんなの門番が知ってるわけないよね? セリーヌは今朝から平然としていたように見えたけれど、もしかすると頭の中はまだ昨晩のことでいっぱいなのかもしれない。
『おや~? セリーヌの様子がおかしいです。やっぱり昨夜、なにかありましたね?』
『ノーコメント』
ニコラが俺の脇をつつきながらニンマリといやらしい笑みを浮かべている。これはセリーヌが墓穴を掘る前になんとかしたほうがよさそうだ。コレってどう考えても
「あれれ~? 門番のおじさん、どうしてもう
俺が馬車から身を乗り出しコ◯ンばりに白々しく問いかけると、門番はなんてことないように答えてくれた。
「ん? ああ、野盗の情報はトルフェの町から早馬ですぐに知らされたからな」
そこでようやく一人盛り上がっていたセリーヌがキョトンとした顔を浮かべた。
「あっ、野盗の件なの?」
「……? なんだと思っていたんだ?」
「ななな、なんでもないわ! そ、そう、野盗、野盗ね。ええ、野盗ですとも、最初からわかっていたわ。……あー、それでその野盗のことで、どうしてわざわざ私が詰所に行く必要があるのかしら? もう詳細は説明したし、あれ以上はなにも言うことはないわよ?」
セリーヌが額の汗を手で拭いながら早口で尋ねるが、門番は軽く首を振る。
「その辺は俺も知らん。詰所で聞いてくれ」
そう言い放ち、門番は俺たちの背後を見やった。距離が離れているので会話は聞き取られていないとは思うけれど、俺たちの後ろにはまだまだ順番待ちの行列が続いている。そろそろ通常職務に戻りたいのだろう。
「わかったわ。……それで詰所に行くのは私だけかしら?」
「とりあえずお前さんを含む、野盗を捕縛した者全員とのことだが」
「そう。それじゃあギャレットさんとはここまでのようね」
「お、おい、平気なのか?」
これまで成り行きを見守っていたギャレットが心配そうに声をかける。
「ええ、問題ないわ」
セリーヌが自信たっぷりに答えた。その態度には先程までの
その様子にギャレットも安心したのか表情を柔らかくすると、ほっと息を吐く。
「……そうか。それじゃあこんな別れかたでなんだが、気をつけてな。坊主も嬢ちゃんたちも、無事に家まで帰れることを祈っているぞ」
俺たちは
それにしても旅の別れというのは、毎度あっさりとしたもんだな。しんみりした別れにならない分、またいつかどこかでひょっこりと出会いそうな、そんな気がしてくるね。
◇◇◇
それから俺たちも門を通り、領都の中に入った。今まで見てきた町の中で最大の規模を誇る領都を堪能したかったところだけれど、領都の空気を味わう暇もなく外壁沿いに歩かされ、その先にあった石造りの建物へと案内された。
近くに置かれた石柱には『南門衛兵詰所』と文字が刻まれている。俺たちは中に入ると少し埃っぽさを感じる通路を進み、その一室へと足を踏み入れた。
「では、ここでしばらく待っていてください」
門前でセリーヌとひと悶着を起こした門番とは違う別の若い衛兵が、俺たちを残して部屋から出ていった。
ここは応接室として使われているのだろう。部屋の中央には大きいテーブルがあり、その周辺には椅子が並べられているけれど、領都といえども飾り気もなく質素なものだった。
「セリーヌ、ボクたちこれからどうなるのかな?」
エステルが部屋の中をキョロキョロ見回しながら不安そうに尋ねる。するとセリーヌは椅子に座って、ぐったりと体を背もたれに預けながら答えた。
「んー、野盗が思ったよりも大物だったので、私たちにもう一度事情聴取……といったところかしらねえ。なんにせよ待つしかないわね。後は出たとこ勝負よ」
セリーヌの言葉に俺も密かに同意した。拘束されるなんてことはなかったし、おそらく悪いことではないのだろう。もしかすると前に言っていた野盗捕縛の追加報酬なんてこともあるかもしれないな。
――それからしばらく時間を潰すことになった。お茶も用意してくれなかったので、俺はアイテムボックスから自前の飲み物を人数分取り出してみんなに振る舞う。
そうして寛いでいるうちに、最初はそわそわとしていたエステルも落ち着きを取り戻しセリーヌと他愛もない話に花を咲かせ、ニコラは暖炉でほどよく温められた室内でこくりこくりと居眠りをしている様子が見えた。
俺はといえば、女性二人の会話に混ざることなく、窓から見える景色が少しづつ夕暮れに近づくのをなんとなく眺めていた。そして領都の景色はほとんどこの窓を通してしか見ていないことに気づき、そのことに深い溜め息をついたその時――
ふいに部屋の外からガヤガヤ騒がしい足音と声が聞こえてきた。
「このような所にわざわざお越しにならなくても!」
「いいんだ、ついでだしね。あ、ここかい? 入るよ」
ようやく俺たちを呼びつけた者がやってきたのだろうか。そう考えている間にバタンと扉が開き、数人の男がドヤドヤと部屋の中に入ってきた。
そしてその先頭に立つのは、三十歳を過ぎたくらいの男。豪華ではなく、さりとて質素でもない衣服に身を包み、癖のある金髪を無造作に流したイケメンだ。
イケメンは椅子に座ったままの俺たちを物珍しげに見回して口を開いた。
「君たちが
俺を見つめ、イケメンがニコリと笑った。
……もう二度と会うことはあるまいと思っていたんだけどな。この見覚えのあるイケメンは、カミラのお店「アイリス」で出会った領主のトライアンだ。でもマサオって誰だよ?
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