293 ご招待
少し離れたところで両手をかざし、脳内の収納リストから《コンテナハウス》を選択――
――ドンッ。
軽く足を震わせるような振動と重低音を響かせ、目の前にコンテナハウスが出現した。
初めてコンテナハウスを取り出した際、激しい物音を立ててカズールの馬を驚かせてしまった件はまだ記憶に新しい。翌日からは更に慎重に取り出すように頑張ったこともあって、今回はかなり静かに取り出すことが出来たんじゃないかな。
俺は自分の仕事に満足しながらティオの方へと振り返る。するとティオはその場にペタンと座り込んでいた。どうやら想像以上の物が出てきて腰が抜けたみたいだ。最初に言っておけばよかったなと少し反省。
「は? は? なにこれぇ……?」
座ったままコンテナハウスを見上げてティオが呟く。
「アイテムボックスに入れてた僕の家だよ」
「え? 家って……アイテムボックスに入る物なの? 見たことないからわからないんだけど」
「どうなんだろ? まあそれよりも中に入ろ?」
「そ、そうだね……。あっ、ニコラちゃんありがと」
「どーいたしまして!」
そろそろと立ち上がったティオの尻についた砂を、ニコラがぽんぽんと念入りに手で払っていた。ニコラから聞こえてくる念話には触れまい。俺は木製の扉を開いてティオを促すと、彼女は恐る恐る中へと足を踏み入れた。
「お邪魔するね……って、おお……本当に家なんだ……。これってこのままここに住めそうじゃない?」
ティオは目を丸くしながら家の中を覗き込む。
「僕とニコラは実際三ヶ月ほどここに住んでたよ。あっ、土足禁止なのでここで靴を脱いでね」
そう言って俺は下駄箱から取り出したスリッパを差し出す。ストーンリザードの皮を使い、シュルトリアの革職人さんにオーダーメイドで作ってもらった一品である。
本当はグラスウルフの皮で中敷きまでふわふわのスリッパを作って欲しかったのだけれど、それを思いついたのは全ての皮を物々交換で使い果たした後だった。
同じく毛並みの良いグリーンフォックスは何度か狩りに行ったので素材はあったものの、ルミルのお包みとして何度も見ていたものを足に履くのはなんだか抵抗があったんだよね。
そういうわけで、持っている素材で使えそうなものはストーンリザードの皮だけだったのだ。ストーンリザードと同じ地味な灰色カラーはまるでトイレのスリッパみたいに見える。
それでもこちらの世界で普及しているような木底のサンダルだと中央に敷かれた絨毯が痛みそうだったし、トイレのスリッパだとしてもまだマシだよねと自分を納得させているのだ。
「へえーここで脱ぐんだ。お貴族様のお屋敷にはそういうところもあるって聞いたことがあるけれど……もしかしてマルクって……?」
「いやいや違うよ。ただの宿屋の息子だよ。ほら、もうみんな中に入っちゃったし、ティオお姉ちゃんも入ろう?」
玄関で立ち止まったままのティオとは違い、既に他のメンバーはスリッパを履いて自分の部屋に手荷物を置きに行っている。すっかり勝手知ったる他人の家といった様子だ。こうしてみんなが家に慣れ親しんでくれることはとてもうれしいね。
「マルクー。お風呂入っていい?」
部屋から出てきたセリーヌが魔道温風機にマナを流しながら尋ねる。
「うん、いいよ」
「ありがとね~。ニコラちゃんも一緒に入る?」
中央の絨毯にぺたりと座り込んでいたニコラは、少し考える素振りをした後、
「うーん……。今日はやめておくね!」
と、珍しく一緒の風呂を断った。すると丁度部屋から出てきたエステルが少し顔を赤らめながらセリーヌに声をかけた。
「ねっ、ねぇセリーヌ! それならボクが一緒に入っていい?」
「いいわよん。たまには一緒に入りましょうね~」
「うん!」
満面の笑みで答えるエステル。相変わらずニコラとの風呂を避けているエステルにとって、久々のセリーヌとの風呂だろう。目を凝らして見れば、不可視の長い耳もビーンと垂直に立っているのが見えた。存分に楽しんでくればいいと思う。
着替えとタオルを手に持ち、二人が再び玄関から出て行く。二階の風呂部屋の階段は外にしかないからだ。それを見送りながらティオが呟く。
「お風呂って、お湯を入れて入る、あの?」
「そうだよ」
「へえー。そんなものまであるんだ。なんだかウチの宿屋に泊まってもらったのが申し訳なくなるくらいの豪華さだねえ……」
風呂以外の設備は正直微妙だと思うので、そこまで卑下する必要はないと思うけれど、それでも同業者の娘に褒めてもらえるのは嬉しいね。俺がティオの言葉にニンマリと頬を緩めていると、いつの間にか近くに寄っていたニコラがティオの腰にしがみついた。
「ティオお姉ちゃんはニコラと一緒に入ろうね!」
「えっ、私も入っていいの?」
「もちろんいいよ! ね? お兄ちゃん!」
「うん。せっかく誘ったんだし今夜はゆっくり楽しんでね。お風呂の入り方はニコラに教えてもらったらいいし」
「わかった。ニコラちゃん、悪いけど教えてもらえる?」
「うん! それじゃあお風呂が空くまでお部屋で待ってようね!」
『手取り足取り教えますともフヒヒ……』
ニコラは自分の部屋にティオを案内しながら不穏な念話を残した。
◇◇◇
「いやーマルク。ありがとね! すっごく気持ちよかった! これだけでも村から出てきて良かったと思うよ! 見てこの肌と髪、つるっつるだよ!」
俺が風呂から上がってきたティオを迎えると、まだ少し濡れている自分の髪の指をかき入れながら楽しそうに風呂の感想を伝えてくれた。こうまで喜んでくれると誘った甲斐もあるってもんだね。
「それにさ……、お風呂の中でやってもらったニコラちゃんのマッサージも思わず声が出ちゃうくらいに気持ちよかったよ。聞けばお兄ちゃん直伝のりんぱ?マッサージとかいうものらしいじゃない。あれだけでもお金が取れそうだよね……。はぁぁ~」
ティオは桜色に染まった頬に手を添え、悩ましげに小さく吐息を漏らした。だがもちろん俺はニコラにそんなものを教えた覚えはない。
『おい、そのリンパマッサージって大丈夫なヤツなんだろうな?』
すぐに傍らのニコラに念話と目を向けるが、無言でサッと顔をそらされてしまった。
「ま、まあ、そんなことより今夕食の準備をしてるんだ。ティオお姉ちゃんもよかったら一緒に食べない?」
俺は問題は後回しにして、話題を変えることにする。ティオは自前の食事を馬車で食べていたが、俺たちはコンテナハウスで食べると決めていたので夕食を抜いていた。
そこで俺は二番目に風呂に入らせてもらい、夕食の準備を進めていたのだ。といってもアイテムボックスから出すだけなので、さっきまではセリーヌの酒のツマミがメインだけど。
「お先にいただいてるわよ~。やっぱりお風呂上がりのエールは最高ね~」
中央のテーブルから、エールの泡を口につけたセリーヌがグラスを上に掲げる。エールが最高なのはいいけれど、野宿中だから後一杯で終わりだからね。
今晩のメインディッシュはエステル家で作ってもらったグラタンだ。多種多様な具材にレギオンシープの乳から作られたチーズがたっぷりとかかっていて食欲をそそる匂いがたまらない。ティオは鼻をひくひくさせると大きく頷く。
「もちろん食べさせてもらうよ! こんないい匂いを嗅がせておいて、食べさせてもらえないなんて拷問だよ!」
こうしてティオも一緒にテーブルを囲み夕食を楽しむこととなった。リンパマッサージについては後でじっくりと問い詰めることにしようか。
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