294 そこから
「セリーヌ、次に行く町……トルフェの町ってどんな所なの?」
俺は熱々のグラタンをスプーンの上で冷ましつつ、食事中の話題をひとつ振ってみる。セリーヌは最後の一杯に選んだグプル酒をちびちびとやりながら答えてくれた。
「んー、あんたのおうちのあるファティアの町とそんなには変わらないわよ。領都を囲う宿場町の一つなんだから」
「ふーん、そうなんだ」
「ただ……、町の周辺にはブドウ畑がたくさんあってワインが特産なせいか、酒場が多いのが特徴かしらん」
「ああ、そうみたいだね。私もそのたくさんの酒場のひとつで働かせてもらうんだよ。叔父さんの経営しているところでね。まぁウチは接客が主なお仕事なんだけど。はふっはふっ」
ティオが言葉を引き継ぎ、グラタンを口に放り込んだ。
「酒屋もたくさんあって、いろんなワインが結構安い値段で買えるのよ。一度アイテムボックス持ちが買い貯めしている人を見かけたことがあって、本当に羨ましくてねー」
セリーヌはそう言いながら俺の顔をチラチラと何度も見た。つまりはそういうことだろう。
「……僕が持ってあげるよ。でもあまり買い過ぎないようにね」
「やったー! マルク大好きよ~! 一度あそこで山ほどお酒を買いたかったのよん!」
セリーヌは俺を抱き寄せ、俺の頭をもみくしゃに撫で回す。いつもお世話になってるし、これで借りを少しでも返せればいいんだけどね。
そしてもみくしゃタイムが終わった頃、ホットミルクのコップを両手で掴んだエステルが口を開く。
「セリーヌ、その町から領都に行くのも乗合馬車を使うの?」
「トルフェの町には貸し馬車屋もあるからね。今度はそっちを使うつもりよ~」
するとエステルは少し声を上擦らせながら力強く宣言する。
「そっ、それじゃあボクが御者をするね! マルクを見習って少しは役に立たないと!」
「あらあら、マルクが役に立ちすぎるだけだから気にしないでいいと思うけど……。まあ冒険者になるなら馬の扱いにも少しは慣れたほうがいいし、エステルがやりたいならお願いするわね」
「うんっ!」
エステルがふんすと気合を入れて頷いた。自分で言うのもなんだけど、俺は旅のお役立ちグッズとしては有能だと思う。エステルが気にすることは無いと思うんだけどな。ニコラなんか本当に何もしていないぞ。
『――呼ばれた気がしました』
『呼んでないから』
ニコラからの念話を即座に切り捨てる。ティオはじろじろと興味深げにエステルを見つめていた。
「へえ、エステルちゃんは冒険者志望なんだ?」
「うん、そうだよ」
すんなりとエステルが答える。人見知り気味のエステルだが、ティオがコミュ力高めなこともあって今日一日でそれなりに打ち解けていた。ティオが冗談混じりの口調で話を続ける。
「セリーヌさんもそうだけど、あんたくらい綺麗なら冒険者にならなくても稼げそうだけどねえ。エステルちゃん、私と一緒にお店で働かない? 人手はいくらあっても足りないらしいんだよ」
「さっき言ってた酒場?」
「そそ、男相手にお酒を飲みながらお話する仕事よ」
「……? どうして男の人とお酒を飲むとお給料がもらえるの?」
エステルはキョトンとした顔で聞き返すと、ティオはしばらく言葉を失い、そして軽く首を横に振った。
「そこからなのね……」
「そうよ、この子は田舎から出てきたばかりだから、そこからなの」
グプル酒を傾けながらセリーヌが答える。シュルトリアにはそういったお店はなかっただろうしな……。ティオが気まずそうに苦笑いを浮かべた。
「エステルちゃんごめんね。やっぱ今の話はナシで」
「もともと受けるつもりはなかったけど、ボクが断る前に断られるなんてなんだかひどいよ……」
「あはは、変なこと言っちゃってごめんね」
風呂上がりでピアスの無いエステルの長い耳がへにょりと下がり、ティオがもう一度謝る。それを見てエステルがふふっと笑った。どうやらエステルの方も冗談だったようだ。そうしてそのまま和やかに夕食を過ごし、その後は就寝となった。さて――
◇◇◇
『――それで、リンパマッサージとは?』
『……』
既に灯りを落とした俺とニコラの部屋。ニコラはティオと一緒に隣のベッドで寝ている。俺からの念話に無言を貫くニコラは狸寝入りなんだろうが、それならこっちにも考えがある。
『明日の共鳴石の連絡で、お前の最近の生活態度について母さんに報告することにするよ』
エステル家の手伝いをしっかりとやり、母さんからお褒めの言葉を頂いたニコラには、今度は旅の間俺の手伝いをするように言いつけられていた。だがニコラが何もしていないのは前述の通りである。ニコラからすぐに返事がきた。
『すいません、何でも話しますからそれだけはご勘弁を……。でもですね、そもそもリンパマッサージと聞いてえっちなものを思い浮かべるお兄ちゃんがムッツリ過ぎるのでは?』
『お前の今までの行いがそう思わせるんだよ。それじゃあ健全なヤツだったのか?』
『うぐっ……。まあティオの全身をプルプルさせて楽しんだことは否めませんが……。でもアレですよ、健全なマッサージですよ。風魔法でティオの全身をプルプル振動させて血液の循環を良くしてみました。私の新魔法「
また変な魔法を作ってた。相変わらず俺なんかよりずっと器用に魔法を使いこなすね。
『それじゃあ俺の名前を出したのは?』
『そうしておいたらセリーヌの耳に届いた時に、お兄ちゃんにご指名がかかるかもしれないじゃないですか。私からのお兄ちゃんへのちょっとしたプレゼントですよ』
『お前ね、そんなの言われても俺がやるわけないだろう?』
『はぁー、お兄ちゃんは相変わらずですねえ』
『まぁ……変なのじゃないならいいよ。疑って悪かったね。それじゃあおやすみ』
『はーい、おやすみなさーい。……フヒヒッ、ティオの跳ねっ返りボディは抱き心地が良くてクセになりそうですねえ』
「ん~。ニコラちゃんは甘えん坊ね~」
がばりと抱きついたニコラを寝ぼけ声のティオが抱き返す。そういうところが自分の信頼度を下げていると、今言ったばかりなのだけど。……まあいいか。とりあえず気になったこともスッキリしたし、寝ることにしよう。俺は空間感知を発動させると、それを維持したまま眠りについた――
――数時間後、張り巡らした空間感知に大きな動きがあり不意に目が覚めた。コンテナハウスの外での反応だ。
こちらには近づいてはいない、馬車から一人が離れ――すぐに感知外から馬車に戻ってきているように感じる。……トイレだったのかな?
その後は動きも無くなったので、ぐっすりと眠った。
◇◇◇
翌朝。置いていかれては困るのでみんなで少し早起き。朝食を手早く済ませ、全員揃って外に出た。腰にニコラを巻きつけたティオがコンテナハウスを見上げる。
「いやー、野宿がこんなに快適だとはねー。マルク本当にありがとね」
「どういたしまして。今夜も泊まっていいからね」
「いいのかい? ふふっ、それじゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな。しかし世話になりっぱなしだし、あんたにも何か返せるものがあればいいんだけどねえ……」
「ニコラの面倒を見てくれてるだけで十分だよ……っと」
俺はそう言いながらコンテナハウスをアイテムボックスに収納した。
それから丘を越え馬車へと向かう。馬車の周辺では二人の男が馬に餌を与えているところだった。馬が飼葉桶に頭を突っ込む様子を見つめていたギャレットがこちらに気づいて振り返る。
「やあ、おはようさん。寝坊せずに来られたみたいだな」
「おはよう。そりゃあ置いていかれたくはないからね~」
セリーヌの返事にギャレットは愉快そうに肩を揺らす。
「はっは、それもそうだな。それじゃあお客さんは馬車の中で待っていてくれ。すぐに準備が終わるからなー」
「はーい」
俺たちはぞろぞろと馬車に乗り込んだ。――すれ違いざま、ルモンがこちらを見てニタリと笑った気がした。
そしてこの日も馬車はトルフェに向かって進行し、何事もなく夜を迎えたのだった。
――後書き――
なろうの方で連載中の新作「異世界をフリマスキルで生き延びます。」が10万字を越えました。こちらもぜひぜひ読んでくださいませ\(^o^)/
https://twitter.com/fukami040/status/1428982932652187659
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