258 完成

 やる気になった俺は体内の魔力を火属性のマナと風属性のマナ、その二つに分けて練り上げる。魔法でお湯を出す時は、体内で両方を混ぜるように練り上げたものを外に出すイメージになるのだが、これはそれとはまた別のものになる。


 左手から風属性のマナ、右手で火属性のマナ……。別々に練り上げた物をそのままそれぞれの手から放出させるのだ。


 ――よし、できたぞ。


 手のひらを上に向けると、左手からはそよそよと風が吹くような緑色のマナが、右手からは陽炎のように揺らめく赤色のマナが漂っている。一応昨日も練習したのだけれど、本番でも問題なく成功したようだ。


 俺はその状態を維持したまま、ポータルクリスタルの幹に寄り掛かり膝をついている二人に近づき、その腰にそっと手を添えた。すると慣れているセリーヌはともかく、エステルはそれだけでビクンと肩を震えさせた。


 それに少し微笑ましいものを感じつつ、それぞれにマナを慎重に流し始める。


「……っ!」


 セリーヌの顎が上がり、一瞬悩ましげに眉を寄せる。しかしいつもよりもマナの送る量を抑えているお陰か声を上げることもなく、セリーヌはポータルクリスタルに火属性のマナを送り始めた。こちらは問題ないみたいだ。


 しかしエステルの方はと言うと、まだ俺の流している風属性のマナをポータルクリスタルに送っていない。両手はポータルクリスタルに添えているのに、俺の送ったマナは未だにエステルの体で留まったままだ。


「エステル、そうじゃないよ。僕が送っている風属性のマナを、ポータルクリスタルを通して自分のポータルストーンに向かってマナを流すんだ」


「えっ? わ、わかった……」


 俺の助言を聞いて、エステルがポータルクリスタルを見つめながら精神を集中させた。その瞬間、溜まっていたマナが一気に体の中を通ったのだろう。ビクンと腰が跳ね上がった。


「ひゃんっ!」


 よし、マナが通ったみたいだ。俺の手からエステルの体を通してポータルクリスタルの幹を伝い、エステルのポータルストーンまでマナが流れているのが見えた。


「エステル、どんな感じかな? 気分が悪くなったりしない?」


「なにっ、これっ!? なんだか全身をっ、ま、まさぐられてるような……、ふぁっ、あっあっ……!」


 声を震わせながらエステルが答える。初めてセリーヌに魔力供給をした時よりも少ない量だと思うんだけど、やっぱり魔力を扱う能力がセリーヌより劣っているのだろう。エステルには負担は大きいようだ。


「このまま続けても大丈夫?」


「……う、うん。ふぁっ、あっ、大丈夫……だ、よっ」


「わかった。気分が悪くなったら言ってね」


「はっ、あっ、う、ん……」


「セリーヌは平気?」


 顔を紅潮させているものの、じっとこらえた様子のセリーヌに声をかける。


「い、今のところは……。あっ、あっ……。も、もっと下げたりはできる?」


「同時にやってるからかな、これ以上はちょっと難しいかも……」


「……もうっ、普段とそんなに変わらない……じゃないっ! んんっ……」


 セリーヌに涙目で睨まれた。ごめんよ、才能のない俺を許しておくれ。



 ◇◇◇



 そのまま十分ほど経過した。セリーヌはなんとか声を漏らさないように耐えているようだ。


 しかしエステルの方はと言うと、さっきから息も絶え絶えになりながら、尻を左右にゆらゆらと振ったり、太ももをこすり合わせたりしている。どこか痒いのかもしれない。


 掻いてあげたいけれど、俺も両手が塞がっているからなあ。かと言ってニコラに頼むと余計なことをやりそうだし。


 そんなことを考えていると、エステルが火照った顔で瞳を潤ませながら、俺に顔を向けた。


「マ、マルクぅ……」


「どうしたの?」


「お、お願い、もう、これ以上……。ひゃんっ、あっ……じらさないで……。もうボク――」


「――え? じらしたりなんてしてないよ。今は順調に魔力供給は行われてるから、後はこのまま続ければ大丈夫だよ」


「……ふぇっ?」


 蕩けた顔のまま、ポカンと口を開けたエステル。その口からはタラーッと唾液が垂れて銀の糸を引いた。


「ほら見てごらん、エステルのはもう完成間近だったみたいだし、今にも落ちてきそうだよ」


 俺はエステルの、親指大の大きさで薄緑に輝くポータルストーンに目をやる。今は水晶の枝から二センチほどの長さの細い果梗で繋がってはいるが、ふらふらと頼りなく風に揺れ、今にも落っこちてきそうだった。


 するとそれを見たセリーヌが声を上げる。


「んっ、あっ、……そうね。エステルのはっ……、もう、いつ落ちてきてもおかしくないわね……」


「えっ? そ、それって……。――あっ」


 そうして三人でエステルのポータルストーンを眺めていると、俺たちの見ている前でそれがポトリと落ちてきた。エステルのすぐ近くに落ちたポータルストーンは、日の光を浴びて薄い緑色を周囲に振りまくように輝いている。


「やったね! おめでとう、エステル」


 俺はひとまず魔力供給を中断し、二人の腰から手を離した。セリーヌがエステルを見て微笑む。


「ふうっ……。おめでとうエステル。これであんたも一人前ね」


 額の汗を拭いながら、セリーヌがエステルにお祝いの言葉を贈る。


「えっと……」


 エステルはペタンと地面に座り込み、落ちてきたポータルストーンと俺の顔を交互に見た。


「どうしたの?」


 まだ意識がはっきりしていないのか、エステルは俺の声に反応せずポカーンと中空を見つめている。するとそんなエステルの前にニコラが躍り出た。


「エステルちゃん、おめでとう! お兄ちゃんの魔力をポータルストーンに流したお陰で、普通に作るよりも早く作れて良かったね! 魔力供給大成功だね!」


「えっ……?」


 なんだか回りくどい祝福だなと思わなくもないけれど、エステルも初めての魔力供給でまだぼんやりとしているようだし、それくらいのほうが状況が整理できて良いのかもしれない。


「あっ、えっ、これって……」


 エステルはなにやらぼそぼそと呟くと、戻りかけていた顔色がどんどんと青くなり、それから次第に赤くなっていった。そして口をパクパク動かしながら、顔からは滝のような汗をダラダラと流し始める。えっ、これ大丈夫なのかな。魔力に酔ってしまったとか?


「あ、あ……、ふぁああああああああああああああああああ!」


 俺の不安が的中したのか、エステルは突然立ち上がり大声を上げた。


 そしてすぐさま自分のポータルストーンを拾いあげると、ぷるぷると肩を震わせながらクルッとこちらに振り返る。その顔は熟れたトマトも顔負けといった具合に真っ赤に染まっていた。


「エ、エステル、大丈夫? 魔力に酔ったりしてない?」


「大丈夫だよ! 何も勘違いしてないから!」


 やはり魔力に酔っているのか意味不明なことを言ったエステルは、赤い顔に涙を浮かべながらポータルストーンを頭上に掲げた。


「わ、わーい! ポ、ポータルストーンうれしいな! これでボクも大人の仲間入りだよアハハハハッ! ありがとみんな! そ、それじゃあボクは先に帰るね! さようならー! ……うっ、うっ、うわあああああああああああああん!」


 エステルは飛び跳ねるようにその場から離れると、そのまま今まで見たことのないようなスピードで森の中を突っ走って帰って行った。俺とセリーヌはその様子を呆然と眺める。


「……ちょっと心配だね。後で様子を見に行こうかな……」


「そうねえ~。よっぽど嬉しかったのかしらん?」


 二人で首を傾げていると、俺のすぐ隣でニコラが両手を突き上げて、まるで何かをやり遂げたような満足げな顔を浮かべているのに気づいた。


『ニコラもエステルのポータルストーンの完成がそんなに嬉しかったの?』


『ええ、大変良いものを見させてもらいました……!』


 俺の問いかけにニコラは静かにそう答えると、エステルが走り去った方角に向き直った。そして顔をキリっとさせると背筋を伸ばし、


『勇気ある戦士エステルに……敬礼ッ!』


 この場面に似つかわしくないはずなんだけれど、なぜだかすごくしっくりくるような、それはそれは見事な敬礼をするのであった。

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