259 長期計画
エステルがなにやら慌てふためきながら走り去った後――
俺は魔力供給を早めに切り上げて、エステルの様子を見に行くことにした。セリーヌとニコラには風呂に行ってもらったので俺一人である。
エステル宅の玄関扉をノックすると、ルミルを抱いたスティナが出てきてくれた。さっそく要件を伝えたところ、スティナがルミルを抱き直しながら苦笑いを浮かべる。
「あ~……。あの子、ちょっと熱が出て寝込んじゃってね~。今はそっとしてやってちょうだい」
「えっ、そうなの? やっぱり無理させすぎちゃったかな……」
ついさっき見たエステルは、普段の様子からすると少し尋常とは思えなかった。やっぱりセリーヌほど魔法が上手く扱えないエステルには、魔力供給なんていう裏技じみた方法はやらない方が良かったのかもしれない。
「あっ、ああー、マルク君が気にすることじゃないのよ! あの子が自爆……じゃなくて、ちょっとポータルストーンを完成させてはしゃぎ過ぎたみたいでね!?」
俺の後悔が顔に出ていたのか、スティナが慌てたように答えると、軽く息を吐いてさらに言葉を続けた。
「……まぁ、あの子もまだまだ子供だったってことなのよ。これからも精進していかないと駄目ね」
そう独り言のように呟いた口元には笑みを浮かべており、なにやら微笑ましいものを見ているように目を細めていた。
「それじゃあ、エステルは大丈夫なの?」
「ええ、ええ、大丈夫よ。とりあえず私に任せておきなさい。焦るとロクなことにはならないのはわかったから。これからは成長に合わせて焦らずじっくりと頑張らないとね」
スティナが俺を見てニヤリと口を歪める。ポータルクリスタルで焦りすぎて体調を崩したのを教訓にして、今後は冷静な行動を心がけさせるということだろうか。とてもいいことだと思う。
「まっ、そういうことでね。明日からまた仲良くしてやってもらえるかしら?」
「それはもちろん。エステルにお大事にと伝えておいてね」
「ふふ、わかったわよ、色男!」
スティナはそう言って俺の背中をバシンと叩いた。正直すっごい痛い。預かり知らぬところでスティナの不興を買ったのかと思うような痛さだったのだけれど、俺の気のせいだろうか。
◇◇◇
そして翌日早朝。いつものように扉をノックする音に目を覚まして玄関扉を開けると、玄関先には妙に照れた顔のエステルが立っていた。今日は普段と変わらぬキュロットスカート姿だ。
「お、おはよう……マルク」
「やあ、おはようエステル。元気になったみたいだね。熱はもう平気?」
「熱? ……あっ、うん! もう平気だよ。昨日は取り乱しちゃってごめんね」
「ちょっとマナを流しすぎたのかなって心配してたんだ」
「ううん、それは大丈夫! ちょっとポータルストーンが完成して浮かれちゃったんだよね、ごめんねアハハ! ……えーと、とにかく! 昨日は色々とおかしかったんだ。忘れてくれると嬉しいな! というかお願い忘れて!」
エステルはパンと両手を合わせると俺に拝み込んだ。まぁ長い間、手塩にかけて作っていた物が急に完成するのを目の当たりにしたら、気持ちが整理できないものなのかもしれないよね。
「いいよ。エステルも気にしないで。ああいうことだってあるよ」
「う、うん。今思い出しても恥ずかしいよ。ボクもこれからはもっと慎重にならないとね……。……そ、それじゃこの話は終わり! ニコラを起こしに行こ!」
エステルは切り替えるように再びパンと手を叩くと、俺の手をぎゅっと握った。
「あっ……手」
最近はあまり手を握ることはなかったので、ふとそれが声に出た。するとエステルは空いた手で頬をかきながら、慌てたように答える。
「あっ、あのね、最近なんだか照れくさくなっちゃってたんだけどね、やっぱりまた握ってもいいかな? そ、その、友達として!」
「エステルがいいなら構わないよ」
「あ、ありがと……。ふふっ」
まぁ俺からしても少し寂しかったしそれは構わない。俺だってかわいい女の子にベタベタされて、嫌なわけではないのだ。
それにしても思春期モードはもう終わったのかな? 短い思春期だなと思わなくもないけれど、ポータルストーンが完成して一人前と認められたことで一気に大人として成長したのだろうか。
そして思春期を経て、九歳の子供の俺は意識する男から除外されたということなのかもしれない。それもまた少し寂しいけれど、エステルが楽しそうなら別にいいか。
俺はエステルと手を繋ぎながら玄関に入ると、手を繋いだまま片手で器用に靴を脱ぐエステルを微笑ましく見つめた。
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