257 一人前

 そして翌日。今は俺とニコラとセリーヌは森の中を歩き、エステルの待つポータルクリスタルへと向かっている。その最中、セリーヌが念を押すように俺に話しかけた。


「ねぇマルク。魔力供給、本当に気をつけてよね?」


「大丈夫だって。任せてよ」


 俺の答えにセリーヌは肩を落としながら「頼むわよ」と呟く。セリーヌが浮かない様子なのには理由がある。


 セリーヌには昨日の夕食時に、エステルが魔力供給に同席することを説明した。


 最初は難色を示したセリーヌだったが、エステルが魔力供給をとても羨ましがっていること、俺の魔力訓練にもなることを伝えると、渋々ながらも了承してくれた。いつものことながらセリーヌは本当に優しい。


 ただし条件として、ポータルストーンの実り具合から見てもエステルのほうが先に収穫できるだろうから、エステルが終わるまでは自分に送る魔力は控えめにしてほしいと頼まれたのだ。


 これはきっとエステルに乱れてしまうところを見られたくないということだろう。この間やらかした手前、もちろん二つ返事で承諾したけどね。


 ニコラはと言うとそれはもう大喜びで、昨日の夜は祝杯と称して一人でミルクをがぶ飲みしていた。その後しばらくトイレから出てこれなくなったのは自業自得だと思う。


 エステルがセリーヌみたいに乱れることを期待しているのだと思うけれど、出来ればそうはならないように、エステルにはなるべく慎重に魔力を供給したい。


 それからもちろん、見張り役も兼ねたニコラがエステルの覗きに気づかなかった件も追及してみた。しかしニコラの弁明によると、エステルが気配を消していたのでわからなかったとのことだった。


 ニコラの空間感知ギフトは超優秀なので本当かどうか疑わしいところだ。ニコラの性格上、エステルを巻き込むつもりだったことも十分考えられるけれど、証拠はないのでこれ以上追及はできなかった。


 しかし限りなくクロに近いと判断した俺は、ピーピーニコラにE級ポーションをあげることなく先に寝てやったけどね。それに文句を言ってこなかったあたり、ぶっちゃけクロだと思う。



 ◇◇◇



 ポータルクリスタルに俺とニコラとセリーヌが到着すると、エステルは緊張した面持ちでポータルクリスタルの前にぽつんと佇んでいた。


 その服装はいつものボーイッシュなスタイルではなく、薄い水色のブラウスと白のフレアスカート姿。スカートはまるでいつも付けている髪飾りのようでエステルのイメージにもぴったりだ。


「やあ、エステルお待たせ。今日はいつもと随分雰囲気が違うね」


「うん。ど、どうかな……?」


 そう言うとエステルが少し恥ずかしそうに体を揺らした。


「いつもの服装もいいけど、そっちもすごく似合ってるよ」


「そ、そう。ありがと……」


 エステルは俺の言葉にもじもじと照れてはにかんだ笑顔を見せる。かわいいね。しかしそんな彼女は俺の背後のニコラを見て目を丸くした。


「……えっ、ニコラもいるの?」


「うん? いるよ。する時はいつも来てもらってるんだ。一応見張り役でね。どうやらエステルには見張りが役に立たなかったみたいだけど、それでも見張りがいないのも不安だし、同席は許してくれないかな?」


 ニコラは何も言わずセリーヌの陰にさっと隠れると、上目遣いにじっとエステルを見つめた。するとエステルは戸惑いながら答える。


「そ、そっか。見張りか……。それなら仕方ないのかな……。……わ、わかったよ。あの、ニコラ、あんまりこっちを見ないでね……」


 エステルの言葉にニコラはパアアアァ……と顔を明るくすると元気に答えた。


「うん!」

『ぐへへ……。押して駄目なら引いてみろってね』


 どうやらニコラの作戦勝ちらしい。俺としても見張りを断られるのは困るので、ひとまず安心だ。


 俺がこっそり息を吐いていると、エステルがおずおずと切り出した。


「それで、あの、どうやって……するの?」


 これについては考えていた。エステルは魔法があまり得意ではないので、マナを流しすぎるといきなり気絶する可能性もあると思う。それを想定するとやはり立ったままで魔力供給するのは危険だろう。


 前にセリーヌを少しいじめてしまった時、セリーヌがよろめいて跪くような形になったが、あの時のように最初から跪いていれば、膝から崩れ落ちる心配もないので多少は安全だと思う。


「それじゃあ二人とも四つん這いになって、ポータルクリスタルに手をついてくれるかな?」


「はー、マルク。私だって恥ずかしいんだからね……」


「ごめんね、セリーヌ」


 セリーヌは渋々といった表情でポータルクリスタルの前に膝を付け、幹に手を添える。色っぽいセリーヌだけあって、尻を高く突き出したように見えるその姿は大変扇情的だ。さっきからニコラが念話でうるさい。


「ううっ、やっぱりその姿勢なんだね……」


 エステルはセリーヌを見て覚悟を決めたのか、その隣で同じ様に四つん這いになると俺に尻を向けながら尋ねる。


「あの、服は脱がなくてもいいの?」


「うん? 脱がなくてもいいよ」


「そ、そうなんだ」


 緊張しているのだろう、エステルの体が少し震えているように見えた。俺はその背中をそっと撫でる。


「大丈夫だよ。最初はちょっと違和感があるかもだけど、すぐに慣れると思うから」


「う、うん……。マルクはやさしいね」


 エステルは四つん這いになりながら少し頬を染めて答えた。やっぱりこの体勢は恥ずかしいよな。しかし安全第一でお願いしたい。


 俺は再び二人の背後に回ると、それぞれの腰に手を当てた。するとエステルが震えた声を上げる。


「あの、それじゃあ、お願いします……」


 エステルは俯きがちに自分の太ももに手を回したかと思うと、白いスカートをそっと捲り上げた。細かいレースの入った白い下着があらわになる。


『ヒャッハー! これは勝負パンツ! 間違いないっ!』


 ニコラが歓喜の念話を届けてくるが、俺としてもびっくりした。意外と大人っぽいのを穿いてるんだな……。


「い、いや、脱がなくてもいいんだってば」


 俺はなるべく見ないようにしながらスカートを元に戻した。直接肌から注入していると思ったのかな。ちゃんと説明しておけばよかった。


「えっ……。そ、そっか、マルクは自分で脱がしたい人なんだ……」


 きっと覗き見したときにセリーヌの服が乱れていたとかで、勘違いしたのだろう。まあもうここまで来たらマナを注入するだけだ。細かい説明は必要ない。


 俺は右手をセリーヌの腰に、左手をエステルの腰に添える。エステルの腰がビクンと跳ねたのを感じた。


「これでボク、大人になるんだね……」


 エステルがかすれた声で呟く。うんうん、これでポータルストーンが完成したら村では一人前の大人として認められるもんね。俺としてもそれに協力ができるのは嬉しい。


「そうだね。でもこれからも僕らは一緒だよ?」


 ポータルストーンが完成した後は、一緒に旅をしてファティアの町に戻るのだ。これからも仲良く過ごしていきたい。


「……うんっ」


 振り返ったエステルが感極まった声でそう答えると、俺に柔らかく微笑んでくれた。


 最近は思春期突入して少し距離が開いたような気がしてたけど、その笑顔を見ると俺のことをすごく信頼してくれているのはよくわかった。俺としても信頼に答えるべく、精一杯魔力供給を頑張らなくてはね。

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