256 アレ
エステルは赤い顔で肩をプルプルと震わせながら言葉を続ける。
「……実は、その……、ボク、マルクとセリーヌがしているところ、見ちゃったんだ」
「えっ、アレを見たの?」
「ごめん! 盗み見るつもりはなかったんだ! 本当にごめんなさい!」
突然エステルがガバっと勢いよく頭を下げた。そのくらいで怒るつもりはなかったのに、俺が少し引くくらいのすごい謝りっぷりだ。
「い、いや……。ポータルクリスタルは公共の場所なんだし、見られてしまったのなら、それは僕らが悪いんだ。気にしないでいいよ」
俺の言葉にエステルは頭を下げたまま、震えた声を漏らす。
「ゆ、許してくれるの?」
「いいよ。だから頭を上げて? ね?」
「うん、ありがど、ぐしゅ……」
エステルはゆっくり頭を上げながら鼻をすすった。目も潤んでいるようだ。俺が思っている以上に自責の念に駆られていたらしい。
そもそもニコラがしっかり見張りをしていれば防げたことなんだけどね。全然見張りができていなかったことは、後でニコラに追及しないといけないな。
「ええと、それで、どうして急にこんな話を?」
「ア、アレを見て……。その、ボクもマルクにしてもらいたくなったんだ」
「どうして?」
「今よりも、もっとマルクを知りたい、仲良くなりたいって思ったんだよ」
グリーンフォックスを倒した帰り道にも、もっと仲良くなりたいという話は言っていた。そりゃあポータルストーンの精製を一緒にやれば、単純に一緒にいる時間も長くなり、その分仲良くなれるだろう。でもなぁ……。
「焦らなくたって、これから少しづつ今までよりも仲良くなっていけばいいじゃない?」
「ううん、焦ってるわけじゃないよ。でもね、マルクがセリーヌとしているのを見た時ね、なんだか少しモヤモヤして……。どうしてかなって思ったんだけど、きっとボクは羨ましかったんだ。それでね、ボクにもセリーヌと同じことをして欲しい……そう思ったんだよ。それが理由じゃ駄目なのかな……?」
セリーヌが三ヶ月で手早く精製を終わらせようとしているのは、やはり羨ましく感じるものなのか。
確かにエステルはもう何年も精製に手間をかけていただろうし、そういう気持ちになるのは仕方ないかもしれない。
しかしエステルはこれまでコツコツと、一人でポータルクリスタルを精製していたはずだ。
もうすぐ完成するのなら、俺の手でサックリと仕上げるよりも、最後まで一人で作り上げた方がより達成感も得られると思う。
やはり一人で築き上げた結果というのは今後の自信にも繋がるし、何ものにも代えがたい経験となるはずだ。エステルのためにも安易に承諾はできない。
「でも、エステル。これまで一人でやってたんでしょ? だからちょっとなあ……」
「ふあああああぁぁ!? そそそ、そんなこと言うなんて意地悪だよ! そりゃあボクだって一人でそのアレはごにょごにょ……」
エステルは大声を上げたかと思うと、しゃがみ込みごにょごにょと呟く。
そして膝を抱えたままピクリとも動かなくなり、しばらく経って、しゃがみ込んだまま俺の方を上目遣いで見上げた。その顔は過去最高潮に真っ赤っ赤だ。
「……ねぇマルク、一人でしていたらやっぱりダメ? したことあるボクとするのは嫌?」
エステルが涙ぐみながら俺に問いかける。やはりせっかく一人でやっていたのに、いまさらラクな方へと向かうのかと改めて問われると、恥じ入るところがあるのだろうか。さすがに泣くほど恥ずかしがらなくてもいいと思うけど。
「え? いや、僕は見たことないけど、みんな普通は一人でしてるんじゃないの? だからそれは別に気にしないよ。セリーヌだって前はずっと一人でやってたんだしさ?」
「そ、そうだよね。みんなも一人でするって母さんも言ってたし……。良かったぁ……」
目を擦りながらエステルが立ち上がる。別に今まで一人でポータルストーンの精製していたからって、それを理由に仲間はずれにするつもりはないのだ。
でも、うーん、魔力供給をエステルにもか……。
確かエステルはポータルクリスタルに風属性のマナを通して精製していたはずだ。そう聞いている。
もしこないだのエビルファンガーとの戦闘で、もっと風のマナに自信があれば、すぐに風魔法で切り刻むことも思いついて楽に勝てたはずだ。
よし、これは言わばエステルのわがままなんだし、こうなったら俺の方からも一つわがままを言わせてもらおうかな。
「わかったよ。エステルにもしてあげる」
「ほ、本当!?」
「その代わりに条件を飲んでもらうよ」
「な、なにかな」
顔を赤らめたエステルが唾を飲み込んだ音がした。
「セリーヌも一緒でもいいかな?」
どうせなら二人同時に別のマナを使いこなすくらいのほうが、俺自身の鍛錬になるよね。時間の短縮にもなるし。
「えええっ!? セリーヌと一緒に? ボ、ボクそんなの恥ずかしいよ……」
魔力供給を見たのなら、乱れたセリーヌも見たのかもしれない。エステル自身も自分がそうなる可能性はあることくらいはわかっているのだろう。そりゃあそれをセリーヌにまで見られるとなると、恥ずかしいのはわかるけど。
「エステル、恥ずかしがってるようじゃこんなことできないよ? それにこれはエステルのわがままなんだから、セリーヌを差し置いてするのもちょっとね」
こういう言い方はズルいだろうか。でも俺だってどうせなら魔力の特訓をしたい。同時にマナを発動させる訓練なんて、考えただけでワクワクするもんね。
「ううん、違う! その、ボクはセリーヌを差し置くつもりなんてないよ! マルクの一番になりたいとか、そういうつもりはないんだ」
「一番? まあ一緒にすれば順番も関係ないしさ? ちょうどいいんじゃないかな」
「そ、そうかな。初めてはマルクと二人っきりが良かったんだけど……。でも、うん、セリーヌと一緒なら怖くない、よね……」
いつの魔力供給を見たのかは知らないけど、アレを見たらそりゃビビるよね。しかしエステルはセリーヌほど魔法巧者ではない。細心の注意を配らねば。
「大丈夫。優しくするから」
「絶対だよ?」
「うん。任せてよ」
「マルク、ありがと。信じてる……」
エステルが自分の胸に手を当てると、再び瞳を潤ませながら呟く。やっぱり不安なんだな。
「はは、僕はもう結構慣れてるからね。僕に任せてくれればいいよ。安心してね」
「や、やっぱりそうなんだ。マルクってすごいんだね……。そ、それで、あの……。いつ、どこでしてくれるの?」
「うん? もちろんお昼にポータルクリスタルだよ。明日でいいかな」
「や、やっぱりお昼にそこでやるんだ。母さんもそういうのが好きな人がいるって言ってたけど……」
「僕ら以外にもする人がいたんだ? まぁ夜はたくさん人がいるしね。さすがに他の人には見せられないし、昼の方が集中できるってのが僕とセリーヌの考えだよ」
「う、うん。わかったよ。あの、優しくしてね……」
両手で胸を抑えながらはにかむように笑うエステルに、俺は大きく頷いた。
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