221 ティータイム

 パメラを泣かしてしまった日から数日が経った。あの時はヒヤっとしたけれど、翌日にもパメラと話をして謝り倒したところ、謝らないでと逆に怒られてしまった。


 そして水魔法のコツを聞かれたので、自分のわかる範囲で教えてあげたところ食いつくように質問攻めにあった。あまりにやる気を見せるので、町に戻った時に水魔法で泣かした仕返しでもされるんじゃないかと、ほんの少しビビっている。


 今日はいつものように昼食の後に魔力供給を行い、セリーヌとニコラを風呂まで送った。その後自宅に帰り外壁を開門させて中へと入ると、ボルダリング壁でエステルが遊んでいるのが見えた。


 いつものように常人離れした速度でボルダリング壁を登っては降り、登っては降りと繰り返している。朝の手伝いの時は何も言ってこなかったけど、なにか用事があったかな?


 立ち止まった俺にすぐに気付いた様子のエステルは、壁から飛び降りるとこちらに向かってたったかたったかと駆けてきた。


「マルク、こんにちは! 遊びにきたよ!」


 なるほど。そういうことなら、この後の予定にエステルも付いてきてもらおうかな。ニコラはセリーヌ宅でお昼寝予定だし、付き添いはいないよりもいる方が俺も楽しい。


「やあエステル。それなら後でトリス先生に頼まれた公園を作りに行くんだけど、一緒に行かない?」


「行くっ!」


 即答だ。魔法を見るのが好きって言ってたもんね。


「でもちょっと休憩してからにするから、エステルも家に上がってくれるかな。飲み物くらいは出すよ」


 魔力供給でセリーヌに流す魔力の量は大した量ではない。それでも流す量に気をつけながら、それを三十分ほど維持するというのは精神的に結構疲れるので一休みしたかった。俺の提案にエステルは更に距離を詰め、


「わあ、ありがとね!」


 ぎゅっと俺の手を握ると、そのまま俺の家へと向かって歩きだした。相変わらず対人距離が近いけれど、こっちももう慣れてしまった感があるし、近づくと漂ってくる花の髪飾りの匂いは嫌いじゃない。むしろ好きだ。



 俺は玄関の扉の前に立つと、扉に設置された板に手を触れさせる。するとそれは淡く光を放ち、ガチャリと音を立てるとすぐに扉が開いた。


 トリスにタダで貰った魔道具の錠前だ。魔力を登録して鍵のようにすることができるらしい。登録できるのは三人までとのことなので、俺とニコラとセリーヌの魔力を登録した。


 トリス曰くおもちゃみたいな物で、泥棒ならコレごとぶっ壊すので意味はないとの話だったけれど、それでもやっぱり扉に鍵がないと落ち着かないのでこれでいいのだ。


 玄関を通って、二人一緒に靴を脱ぎ家の中へと入る。さすがにもう慣れたもので、エステルもニーソックスまで一緒に脱いだりはしない。


「お邪魔しまーす」


 エステルは中央の絨毯まで歩いていくと、その場で腰を下ろして気持ちよさそうに絨毯を触る。


「ふかふかで気持ちいいねー」


 椅子に座ってテーブルを囲もうと思ったんだけれど、エステルが絨毯に座ってるので予定変更だ。俺はエステルの向かいに座ると、二人の間に土魔法でちゃぶ台を作ってみた。


「それじゃあ、ここで食べちゃおうか」


「床に座って食べるの? ふふっ、なんだか面白いね」


 外ならともかく、このあたりでは家の床に座る習慣ってないもんね。不快感があるようなら止めておこうと思ったけれど、エステルにそういった様子はなさそうなので、そのまま続けることにする。


 俺は先日交換してもらった、この辺に自生しているという山すももから作ったジュースの入った容器をアイテムボックスから取り出し、同じくアイテムボックスから取り出したコップに注ぐ。酸味が強めなので疲れたときに飲むとスッキリするのだ。


「ありがと」


 エステルがコップを受け取りながら微笑む。これはエステルにも馴染みの飲み物だろう。


 後はお茶請けだが、それも村で交換した物で済ますというのは面白みがない。せっかくだからエステルが食べたことのなさそうな食べ物がいいな。何かいいのが無いかな?


 ……ああ、アレがあった。ファティアの町に領主がやってきた時に屋台で買って、その時に食べ切れなかったベビーカステラ。


 結構前に買った物になるが、アイテムボックスの中だからセーフ……なはず。とはいえなんとなく精神衛生上良くないので、これからはなるべく古いものは早めに食べることにしようかな。


 俺は紙袋に入っていたベビーカステラを皿の上に全部開けた。やはりまだほのかに温かく、甘いハチミツの匂いが周囲に漂う。


「わあ、なにこれ?」


 エステルの好奇心いっぱいの瞳がベビーカステラに釘付けになる。やはりこの村には無い食べ物のようだ。


「ファティアの町の屋台で買った焼き菓子だよ。甘くて美味しいよ」


「ねね、食べていいの?」


「もちろん。そのために出したんだからね。さあどうぞ」


 エステルは俺の声に頷くと、そーっとベビーカステラを摘み、口の中に入れた。


「ふわぁ~甘いね! こんなに甘いお菓子、ボク初めて食べたよ!」


 俺やセリーヌといる時には柔らかい表情をするエステルが、更に表情を蕩けさせた。


 ここまで喜んでくれると、おもてなしした側としても冥利に尽きるね。でも一ヶ月以上前に買った食べ物だってことは黙っておこうと思った。

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