220 アイリス店主カミラさんの話
淡く緑に光る石からマルク君の声が聞こえ、村に着いてからの出来事が語られている。
二日でキュウリを育て上げ、それを交換して生活しているとか、一人で森を開拓して家を作ったとか、トカゲの魔物から取り出した魔石を魔道具と交換してもらったとか。
普通に考えたらホラ吹きの子供の妄想としか思えないような話だ。でも私はあの子が普通の子じゃないことくらいは知っている。今語られているのも間違いなく本当の話なんだろう。
「「――それで最近は闇魔法も使えるようになったんだけど……。ふぅ、ごめん、そろそろ魔力が切れそうなんだ。あの、カミラさん、パメラによろしくね?」」
私は椅子に座って俯いているパメラの肩に手を乗せると、耳元に口を寄せて囁く。
「ほら、もう落ち着いたでしょ? ちゃんと答えてあげなさい」
「う、うん」
パメラはまだ少し潤んだ赤い目を私に向けて頷くと、緑色に光る大きな石に声をかけた。
「あの、ごめんね、急に泣いちゃって……。もう泣かないから、また今度お話してもいい?」
「「あっ、パメラ! いいよ。もちろんだよ。なんというか……ごめんね? 僕がなにか悪いこと言っちゃったんだよね?」」
「ううん、マルク君は悪くないよ。ちょっと、その、寂しくなっただけだから……」
「「本当にごめんね。また連絡するからいつでもウチに来てくれていいからね? ……今日はもう魔力が無いから切――」」
その言葉を最後に緑の光を放っていた石はただの石に戻った。本当に不思議よね、遠く離れた町と村でも通話できる道具だなんて。今までどんなお客様からも見たことも聞いたこともない。
「マルク君に嫌われちゃったかな……」
パメラが膝に乗せた手をぎゅっと丸めると沈んだ声を出した。ここはマルク君とニコラちゃんのご両親が営んでいる宿屋の空き部屋。パメラとマルク君が話し始めた時にデリカちゃんは食堂の仕事に行ったので、今は私たち母娘二人だけだ。
「ふふっ、大丈夫よ。あの子がとても優しいことは、あんただって知ってるでしょう?」
「うん……」
すると目だけじゃなく、頬もほんのりと赤く染まった。この子のすぐ顔に出るところはすごくかわいいと思う。
「まぁ、パメラの気持ちはわかるわ。マルク君は自分がいなくても楽しそうにしているし、しかも他の女の子の話をするんだもの。そしてそれを聞いて嫌な気持ちになる自分にも嫌気が差して涙が出たのよね?」
「えっ……。お母さん、どうして分かるの?」
俯いていたパメラが驚いたように赤い目を私に向ける。
「ふふっ、分かるわよ。あんたのお母さんだもの。私だって似たような経験、一度や二度じゃないわ?」
「そうなんだ……」
「でも、パメラ。その気持ちを表に出しちゃったのは良くないわよ? いい女はいつだって毅然としてないとね」
「うん、ごめんなさい……」
パメラは再び肩を落とすと、私に似た青みがかった綺麗な髪が肩から流れた。
「私に謝っても仕方ないわ。それとマルク君に謝らせるのはもっとダメよ? 私はあんたにそういう女にはなって欲しくはないからね。……それでね、パメラ。さっきのマルク君の話を聞いて、あなたがこれからやるべきことが何かは分かるかしら?」
「……えと、魔法をがんばる?」
こてんと首を傾げながらパメラが答えた。
「ふふっ、そうね。でもそれだけじゃあ足りないわ。さっき聞いてたでしょ? マルク君が旅に出てから、色んなことを見て聞いて学んでいること」
「うん」
「だからあんたもマルク君のように、自分を磨かないといけないわ。魔法も、勉強も、おしゃれも、お仕事もよ? きっと次に再会する時は、最後に会った時よりもずっとマルク君は成長しているわ。あんたがマルク君に好かれたいのなら、今よりもっともーっと努力して、マルク君に見合う女になるように頑張らないとね?」
私の言葉を聞いたパメラは少し自信なさげにだけれど、私の方をしっかりと見ながら声を上げる。
「……うん、頑張る!」
「よし。それなら今から帰ったら、エッダに見てもらって接客の練習をしましょうか。私は十二歳でデビューしたけど、今のあんたならもっと早くにデビューできると思うわよ」
「できるかな。それは自信ないかも……」
パメラが自分の胸を抑えながら眉を下げる。私は思わず吹き出した。
「ふふふっ、お母さんの子なんだから、そこはこれからもっと成長するわ。私が保証するから安心なさい」
恋を知った女の成長は早い。パメラは家に引きこもりがちだったけれど、マルク君と知り合ってからは女としてどんどん成長していると思う。
とはいえ、相手はまさしく神童と言っても差し支えのない子だし、そのうえニブチンだ。手強い相手であることは間違いないだろう。
それでもパメラがこれからも前を向いて歩いていけるように、私はこの子の恋を応援しようと思う。恋の結末はこの私を持ってしても分からないけれど、この子が不幸な目に遭うようなことにはならないと確信している。
「それじゃあマルク君のご両親にご挨拶をしてから帰るわよ」
私は石を革袋にしまい手に持つと、未だに自信なさげに自分の胸をさする愛しい我が娘に笑いかけながら部屋の扉を開けた。
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