219 涙の理由
ニコラと二人で自宅という名のコンテナハウスに帰ってきた。
さっそくテーブルの上に共鳴石を置き、ついでに飲み物も用意する。準備が整い、さてマナを込めようかと思ったところでニコラが手を挙げた。
「せんせートイレー」
「先生はトイレじゃありません」
久々に学校に行った影響なのか、ニコラの脳内がまだ学校から戻ってきていなかった。
それからニコラがトイレを済まして椅子に座り、今度こそ共鳴石に風属性のマナを込める。ずんっと魔力が吸い取られていくような感覚に身を委ねながら、共鳴石に呼びかけた。
「こんにちはー。マルクです。誰かいるかな?」
「「ほらっ、マルクの声だよ」」
デリカの声が聞こえる。そして――
「「こ、こんにちは、マルク君。パメラです」」
少し緊張したようなパメラの声が聞こえた。
「やあ、パメラ。久しぶりだね。元気かな」
「「うん、病気や怪我はしてないよ。マルク君も旅の間に怪我はしなかった?」」
「僕も大丈夫かな」
イカの親玉に襲われたり賊に襲われたりトカゲの女王に襲われたりと大変だったけれど、不思議と怪我をすることはなかったな。俺が今更ながらその幸運に感謝していると、共鳴石から少し寂しそうなパメラの声が聞こえてきた。
「「ねえ、マルク君。さっきデリカさんに聞いたんだけど、あと三ヶ月くらい帰ってこないって本当……?」」
「そうだね。ちょっとやることができてね。もうしばらくこっちに滞在することになるかなー」
「「そっか……」」
パメラの声はやはり沈んでいるように思える。パメラはしばらく引きこもってただけあって友達が少ない。教会学校に通うようになって友達もできたみたいだったし、俺がいなくなったくらいで寂しいってことはないと思うんだけれど……。あっ! そういえば!
「ねぇパメラ。教会学校はどうかな?」
「「教会学校? マルク君がいないこと以外は特に変わらないかな」」
「そ、そっか。それでね、いつも僕らと一緒に昼食を食べてたじゃない? それで僕ら急に旅に行っちゃったけど、お昼は大丈夫?」
「「うん。同学年のサラちゃんとレキちゃんに誘ってもらったよ」」
おお、セーフ、セーフ! 俺とニコラが急に休んだせいでパメラがぼっち飯だったりすると、罪悪感が半端なかったからね!
まあそういうことならパメラが寂しそうに感じたことも、俺が最初の友達だからという自意識過剰な思い込みかもしれない。俺がほっと胸を撫で下ろしていると、次はパメラの方から質問が飛んできた。
「「それでマルク君、そっちはどんな所なの?」」
「ええと、セリーヌの生まれた村なんだけど、町に比べると森やら川やら自然がたくさんある所だね。自然しかないとも言えるけどね、あはは。……あっ、そうそう、僕も今日からこっちの村の学校に通ってるんだよ」
「「学校?」」
「うん、しかもね、こっちの学校には魔法の授業まであるんだ」
「「魔法の授業があるの?」」
「そうなんだよ。すごいよね! それに友達もできたんだ。髪の毛がふわふわした女の子で、パメラと同じで水魔法が得意でね」
「「うん……」」
「それで今日は魔法の実技の試験があったから、その子に水魔法を見せてもらったんだ。するとね、パメラと同じくらいの水魔法だったんだよ。同い年では得意な方だって言っていたし、それならパメラも練習すれば、きっと今よりも水魔法が上達するんじゃないかなって――」
「「……」」
「パメラ?」
「「……ぐすっ」」
「え? どうしたの?」
「「ううん……。ぐすっ、うぐっ、なんでもなぃ……」」
え? いやいや、コレ泣いてるよね!?
「パメラ、どうしたの? なんで泣いてるの?」
『なーかしたーなーかしたー。せーんせーにいってやろー』
『お、おいコラ。そういうの本当にやめて?』
俺は両手をひらひら動かしながら意味不明のダンスを踊るニコラを睨むと、共鳴石から再びパメラの声がした。
「「な、何でもないから。ぐすっ、えっく……」」
「いや、でも、何でもない訳ないよね。どうして――」
俺は何をどうすればいいのか分からず、とりあえず椅子から立ち上がってあわあわとしていると、急に大人の女の声が聞こえた。
「――マルクちゃん、女の涙の理由なんて尋ねちゃダメよ? マルクちゃんもそういうのを聞かなくても察するいい男にならないとね」
「えっ、あれ? カミラさん?」
「「はぁい、カミラよ。パメラを迎えに行った時、デリカちゃんから今日のことを聞いてね。そのまま付いてきちゃったの。お元気?」」
「うん、僕は元気だけど、パメラが……」
「「ふふっ、パメラはすぐに泣き止むと思うから大丈夫よ。落ち着くまでの間、よかったら村であったことを色々と聞かせてあげてくれるかしら?」」
「そ、そういうことなら……。ええと、この間、畑で育てたキュウリを初めて売りに出したんだけど――」
俺はひとまず問題を棚上げし、泣いているであろうパメラにも聞こえるよう心持ち大きめの声で、村に着いてからの生活を共鳴石に向かって語ることにした。
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