218 倉庫の片付け

「よし、それじゃあ今日の授業は終わりだ。解散」


 トリスの声と共に生徒が席を立ち、バラバラと帰っていく。ファティアの町の教会学校では、シスターリーナの終わりの挨拶と同時にワッと賑やかに子供たちが走り去って帰っていったものだった。


 しかし今この青空教室においては、男子は肩を落としたままとぼとぼと歩き、女子は俺たちの方を見てひそひそと話をしながら帰って行く。原因はもちろん俺がやりすぎたせいだろう。


「ニコラちゃん、マルクくん、ばいばーい」


 そんな中、シーニャだけは俺たちに手を振り、ふわふわした髪の毛を揺らしながら帰って行った。この青空教室での俺の癒やし枠である。


 そうして魔道具の実験場には俺とニコラとトリスだけが残った。授業の終了間際、トリスに青空教室の片付けを言い付けられたのだ。アイテムボックスのお陰でこの手のことは得意なのでもちろん了承した。ついでに聞いておきたいこともあったしね。


「それじゃあマルク、すまんが手伝ってくれるか?」


「はい。いったん収納していきますね」


 俺は片っ端から長机と椅子を収納し、最後に黒板を収めた。それを見ていたトリスが軽く息を吐く。


「やれやれ、あっさり終わっちまったな。それじゃあ向こうの倉庫まで行くぞ。……ところで、お前はなんでずっと浮かない顔をしてんだ?」


 トリスは行き先を顎でしゃくった後、不思議そうな顔で俺に尋ねた。


「いやあ、なんだかみんなに怖がられちゃったみたいで」


 ニコラの脅迫に乗せられた形とはいえ、あまりよろしくない学校デビューだと思う。そしてトリスは先生らしく真面目に相談にでも乗ってくれるのかと思いきや、俺の顔を見ながらぶはっと吹き出した。


「ははっ、なんだそんなことか! 確かにあいつらも驚いたとは思うけどな、お前くらいになるとかえって現実味が無いからなあ。次に会う時にはケロっとしてると思うぞ?」


「そういうもんですか?」


「そういうもんだ。そりゃあ男どもはお前の妹に声をかけられなくなったし、女どもはお前が優良物件かと思いきやセリーヌの連れって時点で対象外だし、その辺は落胆していると思うがな」


「セリーヌの連れが対象外って?」


「ああ、お前はあの『男嫌いのセリーヌ』が連れてきた子供だからな。外の基準で考えたら何を言ってるんだって思うかもしれないが、この村の色気づいた連中からすると、お前とセリーヌが仲だって見方もあるってことだ。女に興味があるなら、試しにお前から誘ってみたらどうだ? おそらく入れ食いだと思うぞ?」


 そう言ってトリスはいやらしそうにくつくつと笑った。このおっさんは例の裸に見える眼鏡の発案者だけあって、たまにエロ親父になるよな。とりあえずこの人を教育者として見るのは止めておいたほうが良さそうだ。


「いえ、けっこーです」


「そうか? もったいない」

『そうですよ、もったいない』


 二人のエロ親父の声が聞こえた。


「それならシーニャにも手を出すなよ? 俺のかわいいひ孫なんだ。まだまだかわいい盛りなのに、すぐに村から出て行くのがわかってるお前にはやりたくないからな」


「あー、はい」


 シーニャはトリスの孫どころかひ孫なのか。そういえばトリスはセリーヌが爺さん呼ばわりする程度には歳を取っているのだった。見た目は四十歳代のおじさんなのに、ハーフエルフってのは見た目と年齢が一致しなくて本当に困惑するね。


「よし、ここに並べていってくれるか」


 トリスが倉庫の扉を開いた。重そうな扉だったが、鍵が付いていないのがいかにも田舎らしい。光が差し込み埃がたくさん浮かんで見える倉庫の中、壁際にはごちゃごちゃと色んな物が積まれているが、中央がポッカリと空いていた。あそこに置いていけばいいのだろう。


「トリス先生、今日は水風土属性の実技だったけど、他の属性はやらないんですか?」


 長机を倉庫の中に並べながら、聞いておきたかったことを聞いてみた。


「光闇無は使える者が極端に少ないし、なにより俺が使えないものは教えられないからな。それと火はなあ……、以前は教えることもあったんだが、セリーヌが色々とやらかしてなあ。それからは教えることは無くなった」


 何をやらかしたのか聞きたくもあったが、森の中の村、火の魔法で思いつくことなんて一つしかないので、あえて聞かないことにした。世の中、知らない方がいいことってあるよね。


 一切の思考を放棄しながら、長机や椅子をアイテムボックスから取り出していく。ちなみにニコラは埃っぽい倉庫に入るのが嫌なのだろう、外で俺の仕事が終わるのを待っていた。まあアイテムボックスから取り出すだけなので、手伝って欲しいことは何も無いんだけどね。


 最後に黒板を倉庫の中に仕舞うと外に出た。一緒に出てきたトリスが倉庫の扉を閉め、首をコキコキと鳴らしながら俺たちに振り返る。


「ふう、助かったぜ。できれば来週は、実験場に出すところから手伝ってもらってもいいか?」


「いいですよ」


「おっ、いいのか? すまんな。俺は生涯現役のつもりだが、それでも力仕事はさすがに疲れるので助かる。代わりといっちゃなんだが、欲しい魔道具あれば値引いてやるし、安いのならタダで譲ってやるからな」


「はーい」


 八歳児の二人暮らしの日々の生活を潤すため、魔道具はまだまだ必要になってくる気がする。なにか欲しくなったら遠慮なく相談しよう。


「それと気が向いたら例の公園の件、忘れずに頼むぞ? ガキ共も今日からしばらくは大人しいだろうが、またすぐに騒ぎ出すからな」


「今日は用事があるんですけど、近い内に必ず。それじゃあ今日は帰ります」


「せんせーさよーなら!」


「おう、またな」


 俺とニコラはトリスに別れを告げ、自宅へと向かうことにした。時間的にはそろそろファティアの町の教会学校の方も終わっているだろう。パメラがもう実家に到着しているかもしれないな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る