222 教育は大事
それからしばらくの間、ベビーカステラを食べながらのんびりとしていると、エステルが軽く息を吐きながら呟く。
「はぁー、やっぱり村の外って色々と楽しそうだなあ。この村も嫌いじゃないけれど、ボクも早く村の外を見に行きたいよ」
「それなら早くポータルストーンを作らないとね。エステルのはいつ頃完成するの?」
もうしばらくで完成すると聞いてはいるが、具体的にいつ頃になるか尋ねたことは無かった。するとエステルは俺を伺うように上目遣いをしながら質問に質問を重ねる。
「えっと、……セリーヌはなんだかよく分からないけど、後三ヶ月くらいで完成しそうなんだよね?」
「うん、それくらいだよ」
ちなみにエステルにはどのようにしてポータルストーンの精製を早めているのか、詳しい説明はしていない。
仮に興味を持たれて見学したいなんて言い出されでもすると、俺はともかくセリーヌがあまり人にお見せできない姿を晒すことになるからだ。エステルも秘術とでも思ってるのだろうか、深く聞いてはこないけれど。
そんなことを考えていると、エステルは何かを言い淀むように口をパクパクした後、ゴクリとつばを飲み込み、意を決したように言葉を発した。
「……実は、ボクのポータルストーンも丁度そのくらいに完成しそうなんだ。それでね、あの……、前から言おうと思ってたんだけど……。ボクも一緒にマルクの町までついて行ってもいいかな……?」
そこまで言い切ると、エステルはなにかの審判を待つようにぎゅっと目を瞑った。俺は間を空けずに答える。
「僕は構わないよ。それに多分セリーヌもニコラも断らないと思う」
俺が断るわけがない。むしろ十五歳の女の子がいきなり一人旅とか言い出したら、無理矢理にでも連れて行きたいくらいだ。
セリーヌも異性はともかく同性の面倒見がいい。ファティアの町でも新人の女性冒険者の世話を焼いていたのを何度も見たことがある。そんなセリーヌが手の届くところにいるエステルを放置するのは考えられない。ニコラの意見は聞くまでもないだろう。
「本当!? やった!」
エステルは彈んだ声を上げ座ったまま距離を詰めると、俺に抱きつきそのままの勢いで押し倒されてしまった。
エステルにその気がないのが分かっているからなのか、それとも慣れなのか、俺も動じることなくされるがままにそれを受け止める。髪飾りの匂いとエステル自身の匂いが鼻孔をくすぐった。
俺に抱きついたままエステルが声を漏らす。
「ぐすっ……。あー、断られたらどうしようかと思った……」
少し声が震えている。俺からは表情は伺えないけれど、緊張から解き放たれて少し感極まっているのかもしれない。
「はは、断るわけないよ。でも、三ヶ月後ならスティナさんの方が心配だよね」
俺はエステルの背中をぽんぽんと撫でながら、気になることを尋ねてみた。エステル家は家族三人暮らし、今はなんといっても身重のスティナがいる。今エステルが抜けることは、一家にとってかなりの負担になりそうなんだよね。
するとエステルは俺を押し倒したまま、俺の胸にぐりぐりと顔をこすりつけた後、こちらに向き直って顎を胸に乗せた。今ので涙を拭ったのだと思うけれど、それでもまだ少し目は潤んでいる。
「それは大丈夫。来月くらいには生まれるし、ボクが村を出るくらいには落ち着いてると思うよ。それにね、一度母さんにも相談したんだけど、母さんもマルクたちと一緒に行くのは賛成なんだ」
「そうなんだ」
確かに娘が一人で旅立つよりは、知り合いと一緒のほうが両親も安心するか。俺たちがこの村に滞在することになったのは偶然だけれど、エステル家にとっても悪くない出来事だったようだ。
「それでね、今度戻ってくるときには孫の顔を見せなさいだってさ。まだ母さんは僕とマルクの仲を誤解してるんだよ! ほんと困っちゃうよね?」
エステルがぷくっと頬を膨らませる。しかし今のように寝っ転がって抱きつかれてるような状況とか、異性の友達にやるようなことじゃないと思うし、普段からベタベタしている様子を見ているスティナの誤解もさもありなんと思うけどね。この村では年齢差はさほど問題ないなら尚更だ。
しかしそうなってくると、エステルは恋人というものを一体どのように捉えているのだろう。少し気になったので聞いてみた。
「ねえエステル。エステルの言うところの恋人って、どういうことをする間柄なの?」
するとエステルは急に顔を真っ赤にさせると、俺から目線を外しながら辿々しく答える。
「えっ、えっと、それは、その……キ、キスをしたり、こっこここここ子作りをしたり……」
「えぇー……、一気にそこぉ?」
そうじゃないかと薄々感じてはいたけれど、俺相手にやたらボディタッチが多かったりしたのはエステルの中の、こいびとどうしですることぜんぶには含まれていないらしい。
普通はそういうモノは友達から聞いたり聞かされたりしながら知識を身に付けていくもんだと思う。しかし長らくぼっちだったエステルの情報ソースは、娘が連れてきた友達にいきなり娘を孕ませろとド直球な物言いをするスティナしかいなかったことが判明してしまった。
俺が若干引き気味に呟いた言葉に、顔を赤らめたままのエステルは口を尖らせながら俺に尋ねる。
「なんだよう、それじゃあマルクは知ってるの?」
なんだか同性とエロトークをしてるような会話になってきたな。もちろん俺はこう答える。
「僕は八歳だし、よくわかんないよ」
「なんだよー、マルクも分からないんじゃないか。もうっ、ボクだけ恥ずかしい思いをして損したよ!」
エステルが抗議の気持ちを込めるように、俺の胸に乗せた顎をぐりぐりと動かす。ちょっと痛い。
「あはは、ごめんね。それじゃあそろそろトリス先生のところにいこうか。とびっきりの魔法を見せてあげるからそれで許してね」
すると口を尖らせていたエステルが表情を一変させ、にっこりと笑いながら立ち上がる。どうやら彼女なりの冗談だったらしい。
「仕方ないなー。それで手を打ってあげるよ! それじゃいこっか」
そう言って微笑みながら差し出された手を握ると、俺はエステルに軽く引っ張り上げられた。
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