215 リハウスしてきました
セリーヌとお供のニコラを風呂まで送った後、セリーヌ宅でようやく起きてきたエクレインに手伝いを頼まれ、一緒に酒造りをしながら二人が戻ってくるのを待った。
そうしてしばらくすると二人が風呂から戻ってきたので、全員が揃ったところで昼食のテーブルを囲む。その際にせっかくなので、この村ではどんな授業が行われるのかを聞いてみた。
「うーん、そうねえ……。もちろん読み書き計算は習うけど、町の教会学校と違って魔法の授業もあるわよ。その授業の時間になると特に男の子が良いところ見せようと張り切るもんでね、私の時はディールがつっかかってきて大変だったわ~」
セリーヌが顔をしかめながら息を吐く。ディールの話をするときは大体こんな顔だ。ディールもギフト持ちで魔法が得意らしいし、良いところを見せようとうざ絡みしていたんだろうなあというのは見当が付く。
良いところを見せたいなら実技でなくて勉強でもいいのにねと思わなくもなかったけど、ふと前世でも「小学校では足の速い子がモテる」みたいな話を聞いたことがあったのを思い出した。ちなみに中学では喧嘩の強い奴、高校は頭の良い奴だったかな?
「あんたは特に人気あったもんねえ。さすが私の子だわ~」
昼間っから酒を飲んで赤い顔のエクレインが、豆をポリポリ食べながら早くも酒臭い息を吐いた。今日の仕事分の酒は作り終わったので文句なかろうと大手を振りながらの昼からのアルコールである。飲んでいるのは俺が特別に作った、売り物よりも品質のいいグプル酒だ。
セリーヌはそんなエクレインをジトっとした目で見つめた後、軽く息を吐きながら俺に人差し指を立てて見せる。
「いいこと? マルク。あんたはニコラちゃんが変なのに絡まれないように気を付けてあげるのよ? わかったわね?」
「はーい」
セリーヌからの忠告に、先程のセリーヌのように顔をしかめたくなる気分を抑えながら言葉を返した。
というのも、ニコラなら自力でどうにかできそうな気がするけれど、面倒くさくなったら俺を盾にする予感しかしないからだ。かつての教会でのジャックとの一件なんて俺は無関係のはずだったのに、気が付けば俺が決闘することになっていた。
そう思いながらニコラの方を見ると、俺と目が合った瞬間まるで花が咲いたような満面の笑みを浮かべた。これはもう盾にする気満々ですね。俺は今度こそ顔をしかめた。
◇◇◇
昼食を食べた後はセリーヌ宅を離れ、待ちに待ったトリス先生の授業を受けにトリスの家へと向かった。授業は家の裏手にあった魔道具の実験場で行われるらしい。青空教室とのことだ。
今は町の教会学校をすっぽかしている状況なので、場所が違うとはいえ授業を受けることができて、サボってるような罪悪感から解き放たれてホッとしたような気分になる。光曜日の今日、ファティアの町でも授業が行われていることだろう。
そういえば昨日デリカと共鳴石で話したところ、今日の教会学校でパメラに会って、事情を話して俺の実家まで連れて来ると言っていた。久しぶりにパメラとも話ができそうなのでそっちも楽しみだ。
トリスの家に到着し裏手に回ると、魔道具実験場には質素な木の椅子と長机が並べられ、その前には黒板が設置されていた。
そこでは俺と同じくらいの年頃の子から、エステルよりも少し若い程度の年頃の子供が椅子に座っておしゃべりをしている。どうやら六歳から十二歳までといった、教会学校と同じような年齢層の子供たちが集められているようだ。
とりあえず空いてる席を探すと丁度二つ空いてる長机があったので、ニコラと共に近づいて先に座っていた子に声をかける。茶色でふわふわの長い髪をした俺と同じかひとつ下くらいの女の子だ。
「あの、こんにちは。今日から一緒に勉強させてもらうことになったマルクです。よろしくね」
「双子の妹のニコラだよ! よろしくね!」
隣に座りながら挨拶をする。すると女の子は驚いたように口に手をあて声を上げた。
「キュウリの子だ!」
どうやら俺はキュウリの子らしい。早くもキュウリという名が知れ渡っていることは伝道師として喜ばしい限りだね。
「僕のこと知ってるの?」
「うん。ママと一緒に物々交換に行ったら、私と同い年くらいなのにお仕事して偉いね、シーニャも頑張らないとね。ってママが褒めてたよ。すごいねえ」
あなたと同い年のあの子がお手伝いしてるんだからあんたもやりなさい的なことをママさんは言いたかったんだろうが、あまり通じていないみたいだ。なんともおっとりした子だなとは思うけれど、最近は年上とばかり話をしていたせいか、こういう会話は心が安らぐね。
もっと話をしていたいところだったが、それからすぐにトリスが現れた。俺とニコラの姿に気づくと、俺たちに向かって軽く頷いてから黒板の前に立つ。そして生徒をぐるりと眺めると頭をかきながら口を開いた。
「あー、今日から新たに二人、俺の授業を受ける生徒が増えた。マルク、ニコラ、前に来なさい」
「あっ、はい」
ガタリと椅子を鳴らして立ち上がると、トリスの横に並んだ。そして挨拶をしなと肩を叩かれ、十数人が見つめる前で自己紹介を始めた。
「セリーヌのところでお世話になっているマルクと言います。よろしくお願いします」
「双子の妹のニコラです! よろしくね!」
そう言って二人で頭をペコリと下げると、生徒たちのざわつく声が聞こえてきた。
「うわっ、あの子めちゃくちゃかわいくね?」「彼氏いるのかな」「でもセリーヌってあの『男嫌い』だろ? ヤバくない?」「セリーヌがヤバくてもあの子がヤバいとは限らないだろ」「ほんとにかわいいなあ~」「でも双子のお兄ちゃんの方はそれほどでもないわね」「だよね~」
いつものようにニコラを上げて悪意なく俺をディスってくる声が聞こえるが、俺はもう慣れっこさ。
しばらくの間、無の心でざわめきを受け流していると、トリスがパンパンと手を叩き声を上げる。
「よし、それじゃあ授業を始めるぞ。今日はお前らお待ちかねの魔法の実技の授業だったな? もう少し広いところに移動するぞー」
すると男の子を中心にワッと歓声が上がった。事前に聞いたとおりの盛り上がりっぷりだ。そして男の子たちはチラチラとニコラを見て、さらにやる気を高めているように見える。うーん、トラブルの臭いしかしないね。
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