214 昼前のポータルクリスタル

 ――早朝と夕方にディールが見回りに来ると聞いてはいるが、これまでポータルクリスタル周辺でディール以外誰も見たことが無い。


 ポータルストーンを作ってる村人はセリーヌやエステルの他にもきっといるだろうに不思議なことだ。以前その理由をセリーヌに尋ねたことがある。


 セリーヌが言うには、ポータルストーンを作ろうとする村人は夜にポータルクリスタルに通うのが一般的らしい。夜の方が水晶の枝の中で輝く自らのマナがよく見え、それを見ながらマナを込める力加減や方向を微調整をすることで、より効率的にポータルストーンの精製ができるようになるそうだ。


 セリーヌも以前は夜に精製を行っていたらしいが、居合わせた男から色々とお誘いがあるのがわずらわしくなり、人のいない昼に行うようになったと言っていた。


 まぁセリーヌは人付き合いはいいものね。いちいち断るのも一苦労なんだろう。逆にエステルは親しい人以外には壁を作ってる感がアリアリなので、夜の精製でも面倒なことにはならないのかもしれない。


 そんなことを思い出しながらセリーヌに魔力を流していると、セリーヌが俺を呼ぶ声が聞こえた。


「――んっ……、んっ、んっ、んくっ……。マ、マル、ク……」


「どうしたの? セリーヌ?」


「んんっ、あっ、あっ、だめッ、もぅ駄、目……」


 ポータルクリスタルの幹に寄り掛かるように片手をつき、もう片方の手を俺に掴まれてるセリーヌが膝から崩れ落ちた。俺は手を引っ張りながら素早く回り込み、そのままセリーヌを前から受け止める。


 毎回地面に倒れて砂だらけになるのはかわいそうなので、昨日から試してみたテクニックだ。昨日は結局失敗して汗に濡れた体で地面に倒れ込み、セリーヌを砂だらけにしてしまったが今日は成功したようだ。


 受け止めたセリーヌの体は熱いくらいに火照っていて、むせ返るほどの濃い汗の匂いが立ち込めている。しばらくそのままじっとしていると、体を軽く震わせながら俺の腕にそっと手を添わせてきた。今日は意識があるらしい。


「ねぇセリーヌ。いつもそんなギリギリまで耐えなくてもいいんだからね?」


「はぁ、はぁ……。ご、ごめんね。でも魔力の流れが心地よくて……、ついつい身を任せてみたくなるのよ……」


 じっとりと汗に濡れたセリーヌが、疲れ果てた弱々しい声で俺に答えた。そして言いにくそうに言葉を続ける。


「あ、あのマルク……。その……、ちょっと足腰が立たないから、しばらくこのままでもいい?」


「いいよ。ゆっくりしていいからね?」


 膝立ちのまま俺に寄り掛かるセリーヌの背中を軽くぽんぽんと叩き、彼女の回復を待つことにした。セリーヌはコテリと俺の狭い肩に頭を預ける。しかし……


「ふう、ふう……。んくっ、はぁっ、ふうー……」


 ……ん?


「……ふっ、ふーっ、ふーっ、んふーっ、んふーっ!」


 俺の首筋に鼻を押し当てたセリーヌは、落ち着くどころかどんどん呼吸が激しくなってきているんですけど!?


 それまで俺の腕に手を添えていたセリーヌだったが、いつの間にかきつく抱きしめるようにして俺の背中に爪を立てている。ちょっと、いやかなり痛い。


「ちょっ、ね、ねえ……。セリーヌ、大丈夫!?」


 俺はセリーヌの腕をペシペシと叩いて正気を取り戻そうと試みることにした。それでもしばらくは荒い呼吸を繰り返していたが――


「――はっ! も、もももも、もう大丈夫よ! お、お世話になったわね!」


 雷に打たれたように突然動きを止めたセリーヌは、すぐさま俺の首筋から顔を離すと勢いよく立ち上がった。そしてよろよろと内股になりながら俺から距離を取るように後ずさる。どうやら正気に戻ってくれたらしい。


「……どういたしまして。それじゃお風呂に行こうか。あの……、いつも無理させてごめんね?」


「な、なに言ってるのよ。私が未熟なだけだから気にしないでいいのよ。ほんと未熟で……。……そ、それじゃお風呂に行きましょっか~」


 少し気落ちした様子のセリーヌだったが、すぐに明るい声を上げると内股のまま偽岩風呂に向かって歩き始める。するとこれまで一言も発してなかったニコラからの念話が届いた。


『お兄ちゃん』


『ん? そういや今日は静かだったね』


『ええ、あまりにもエロいので思わずかぶりつきで見てました。セリーヌも途中まで私がいることをすっかり忘れていたようでしたし、これってそのうちお兄ちゃん襲われそうですよね?』


『は……? いやいや、さすがにこんな所では自制するでしょ』


 深夜の個室とかならともかく、昼の野外ですよ? 人だって絶対にこないとは限らない村の名物スポットだ。


『そうですかね? セリーヌはそれはもうエッロイエッロイ顔してましたよ。もう決壊寸前って感じでした』


 俺にしがみついてたのでこちらからは顔を見えていないが、ニコラにそう強く断言されると、俺としても不安になってくる。だってさっきのセリーヌは明らかに正気じゃなかったしなあ。


『ああ、そう……。それじゃ、その、なんだ。もし俺が襲われそうになったら助けてね?』


 少し情けない気がするが、これが最善の策だろう。するとニコラは手に腰をあて、深く考えるような仕草をとった。


『そうですねえ……。まぁ私としてもお互いの合意が無いのはちょっと趣味じゃないので、そこだけは協力してあげましょうかね』


『助かります……』


 偉そうに胸を張るニコラにぺこりと頭を下げると、俺は先を行くセリーヌの後を追いかけた。

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