213 向こう側
手を引かれたままエステルの家を出ると、そのまま道沿いに少し歩いた。エステルは困ったように眉を下げながら、掴んだ手にほんの少しだけ力を込める。
「ごめんね? お母さんが変なこと言って」
「ううん。気にしてないよ、本当に変な話だとは思うけどさ。僕はまだ八歳だし、エステルとはこんなに身長も違うのにね」
俺の身長は八歳の平均程度かと思われるが、エステルは十五歳にしては背が高くすらっとした美人である。手を繋いでいるところを見ても恋人どころか友達もあやしいだろう。普通なら年の離れた姉弟くらいにしか見えない。
するとエステルはなんでもないように答える。
「ん~。『ハーフエルフはなかなか子供が生まれないから恋人は早めに作りなさい』って、年に一度の子供会で長老から毎回言われてたし、八歳くらいで恋人がいる子は結構いるよ。十歳で結婚っていうのもそれほど珍しくないしね。……そういえば村の外じゃもう少し遅いんだっけ?」
おう、マジか。村をあげて少子化対策してるのか。
「そ、そうだね。僕の町では結婚は十二歳からだよ。それに僕と同い年くらいで恋人がいる子は一人もいなかったな」
俺の知り合いを見た限りの話だけどね。デリカ曰く俺ってあまり友達いないらしいし、俺が知らないだけで世間には結構いるかもしれないけど。
「やっぱりそうなんだ。ボクも恋人なんて言われてもピンとこないもの。それが普通だよね?」
もしかしたら以前からよく恋人を作るように言われていたのかもしれないな。俺の言葉にエステルがほっとしたような表情を浮かべる。
「うーん、少なくとも周囲に言われたからって恋人を作る必要はないと思うよ。あまり気にしないほうがいいんじゃないかなあ。……っと、それじゃ見送りはこの辺でいいよ。それじゃあね」
「うん。またね!」
ぶんぶんと手を振るエステルにこちらも手を振って別れを告げ、一人でセリーヌ宅に通じるけもの道を歩く。
……それにしても八歳で恋人がいるのも珍しくないとか、この村は進んでるなあ。とりあえずニコラに知られたらまたうるさそうだし、黙っていたほうがよさそうだな。
そんなことを考えながら一度後ろを振り返る。するとやっぱりまだ俺に手を振っていたエステルにもう一度手を振り返すと、今度こそセリーヌ宅へと歩を進めた。
◇◇◇
「こんにちはー」
俺がセリーヌ宅の扉を開けると、既に外出用の黒いドレスを着込んだセリーヌが椅子に座りながらこちらに顔を向ける。
「あらマルク、早かったのね。ニコラちゃんに話は聞いているけど、今すぐ魔力供給に行っちゃう?」
「そうだね、セリーヌが良ければ今すぐ行きたいな。……えーと、ニコラは?」
「今は寝てるわよん。魔力供給する時に一緒に行くから起こしてって言ってたけど……」
なんて話していると扉がギィと音を立てて開き、目をこしこし擦りながらピンクのパジャマ姿のニコラが歩いてきた。
「おはよー」
「おはようニコラ。寝ててもいいけど、どうする?」
「ううん、一緒に行くー」
『最近魔力供給は昼食後がデフォでしたからね。午前中のはしたないセリーヌを見られる貴重な機会を見逃すわけにはいきません』
『そうですか』
午前と午後で何が変わるかは知らないが、聞いたところで俺にはわからないだろう。
「よおし、それじゃあニコラちゃんの準備が出来たら行きましょうか。ところで母さんは?」
セリーヌが椅子から立ち上がり、テーブルに置いていた魔法の
「まだ寝てるよー」
パジャマから外着にもそもそと着替え中のニコラが答えると、セリーヌは大きく息を吐きながら額に手をやる。
「そう……。なんだか最近は以前に増してダラけてる気がするわ~。ニコラちゃんはあんな風になっちゃ駄目よ~?」
「はーい!」
外着を着込んだニコラが手をビシッと挙げて元気に答えた。そのように返事だけはいいニコラだが、
『エクレインママはなんだかんだで仕事をしてますからね。私の目指すのは更にその
こんなことを話していたなんてセリーヌには言えない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます