216 水魔法
「それで先生、どの属性の実技をするんですか?」
生徒に聞かれたトリスは少し考えるような素振りを見せた後、
「……そうだな、水魔法からにするか。川まで移動するぞー」
「やった!」
尋ねた生徒が拳を握りしめガッツポーズをすると、こちらに顔を向けニコラに手を振りながらさわやかに笑った。
どうやら水属性は彼の得意とする属性らしい。それにしても村の教育の賜物でもあるんだろうけど、みんな相手に対する好意を隠さないね。まさに恋愛ガチ勢だ。
正直俺には合わないけれど、ジャックみたいに照れ隠しから気に入った子にいじわるをして、こじらせるよりはずっといいと思う。前世でも結局、照れたり消極的なヤツよりもこういうガチ勢が一番モテたんだよね。
そして手を振られたニコラは全く気づいていない振りでお返しだ。それでも彼はさわやかに笑っている。メンタルも強いぞ。
「それじゃー、俺の後に付いてこーい」
トリスの掛け声にぞろぞろと生徒が続いて歩いて行く。普段も実験場から川へ向かうことがよくあるのだろう、森の中に通っている道はそれなりに整備されていて歩きやすい。
前の生徒に続いて歩きながら水魔法について考える。俺としても同世代の水魔法の腕前というのは興味があった。俺がこれまで同世代で魔法を使えるのを見たのはニコラを除くと一つ歳上のパメラだけしかないからだ。
その時に見たのは指先からちょろちょろと流れる程度の水魔法だったのだけれど、この村の子供となるとどのくらいの魔法を見せてくれるのか楽しみだ。
ちなみにこの移動中、ニコラが男子生徒たちに声をかけられることはなかった。バリアを張るかのようにシーニャとずっとおしゃべりをしていたからだろう。この村のイケメンたちは空気も読めるらしい。ディールなんかは明らかに空気が読めてないと思うんだけれど、彼を反面教師として育ったのかな?
さらに追記すると、俺はバリアを張っていなかったけれど、誰からも声をかけられなかったよ。それはここがハーフエルフの村だけあって美男美女揃いのせいなのか、それともニコラのオマケ扱いになっているせいなのだろうか。もしかすると俺がキュウリの子なのがいけないのかもしれない。
しばらく歩いて川へと到着した。俺が前に水浴びをした所よりも川幅が広く、川の中程は濃い緑色をしていてかなり深そうに見える。
「それじゃあ年長組から一人づつ、川に水魔法で水を放出させてみろ。他の連中もしっかり見ているように」
「俺行きます!」
ビシっと手を挙げたのは、さっきニコラに手を振ったイケメンだ。
「コザカールか。よし、やって見せろ」
「はいっ!」
コザカールは目を瞑り、両手に水のマナを纏わせ――
「――はあっ!」
気合と共に目を見開くと、川に向かって水を放出した。両手の合わさった部分から、水道の蛇口を全開にしたくらいの勢いの水がジャバジャバと川へと流れ出た。
「おお、すげえ」「さすがに水魔法じゃ勝てねえなあ」「コザカール君かっこいい……」
周囲の生徒からは称賛の声が聞こえる。セリーヌが風呂に水を入れる時なんかはもっと勢いがあったけれど、どうやら小学生レベルだとこのくらいがトップのようだ。
「よし、止めていいぞ」
トリスの声で水を止め、肩で息をしながら膝に手をついたコザカールは、額にかいた汗を拭いながらニコラに向かってキラリと白い歯を見せる。
そしてニコラが見ていないことに気づくと、肩をすくませながら首を振り生徒の列へと戻った。引き際もイケメンだけど、ちょっと哀愁が漂う。
『……なあ、ニコラ。もう少し愛想よくしてあげれば?』
少しかわいそうになったのでニコラに念話を送ってみると、ニコラは呆れたような顔をしながら念話を届けてきた。
『なに言ってるんですか。ああいう自信過剰なタイプは最初が肝心です。最初に少しでも受け入れの姿勢を見せてしまうと、後で冷たくしてもしつこくやってきますよ? むしろ最初からお断りの姿勢を見せることは彼に対するやさしさでもあるわけです』
『そうなのですか』
『そうなのです』
うーむ……。俺も前世で飛び込み営業の仕事をしていた時、はっきりと断られないのでいけるかな? と思って長々とセールストークをした結果、結局断られるのが一番疲れたし、そういうものなのかね。
俺としては、美人の尻を追いかけ回してクンカクンカする妹に男友達でもできれば、少しは真っ当になってくれるんじゃないかという気持ちも無きにしもあらずだったんだけどな。
しかし仮にイケメン君がこじらせてニコラにしつこく迫るようになると、後で盾にされるのは間違いなく俺だし、ここはニコラに従っておくことにしよう。
その後も年長組から順番に水魔法を繰り出していく。最初に見たコザカールには及ばないものの、それに近いレベルの子もいれば、属性の得意不得意もあるせいか年齢が下の子でも上の子よりも水量が多いということもあった。
そして俺たちの世代の番が回ってきた。まずはシーニャからだ。
「えいっ」
シーニャの掛け声とともに、水鉄砲くらいの水がぴゅーと飛び出た。そのまましばらく川に向かって飛ばした後、トリスの声でそれを止める。一仕事を終えたシーニャの顔は満足げに緩んでいた。
水量的にはパメラとあまり変わらないくらいかな? 逆に言えば一つ歳上とはいえ、ハーフエルフの子供と同じ程度の水を出したパメラはもしかしてなかなか優秀なのだろうか。
「よくやったなシーニャ。それじゃあ次はマルク。お前がやって見せろ」
トリスが俺をじっと見つめながら呼びかける。いよいよ俺の番が回ってきたようだ。
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