205 和解の兆し

「「うおおいっ! マルクたん、ニコラたんっ! まだ帰ってこれねえってどういうことだよ!」」


 セリーヌ家で昼食を共にし、ポータルクリスタルで魔力注入。汗だくのセリーヌがニコラと一緒に風呂に入るのを見送って一人で帰宅。入浴後の二人が俺の家へやってきたところで共鳴石で両親に連絡をし、しばらく父さんと会話を交わした後で割り込んできた爺ちゃんの台詞がコレである。


「う、うん、ちょっと色々とやることがあってね。それより爺ちゃんもウチに来るようになったんだね」


 今は共鳴石は父さんが仕事しながらでも話せるようにと、ウチの厨房に置いてもらっているはずだ。ニコラに聞いた限りでは、爺ちゃんは以前は宿に入ることなく周囲をウロウロとしていたらしいのだけど。


「「あ、ああ……。あれからまぁ~……、色々とあってな! 不甲斐ないジェインの野郎は、せめて俺が知ってるアイツの親父さんの味を越えねえことには一人前として認めてやれねえからよ! レオナに頼まれて仕方なくだが、俺がジェインのメシを食いに通って試験をしてやることになったんだ!」」


 ジェインは父さんの名前だ。どうやら母さんがうまく立ち回った結果、ようやくウチにも通えるようになったらしい。このまま両親と祖父がわだかまり無く過ごせるようになってくれればいいと思う。


「「そんなことより、マルクたんとニコラたんだよ。もう帰ってくると思って色々仕入れて指折り数えて待ってたのによお! だってお前らもうすぐ――いや、なんでもねえ! なんでもねえからな!」」


 誕生日ですね、わかります。


 そうなのだ。もうしばらくすれば俺たちは九歳となる。毎年両親は俺たちを暖かくお祝いしてくれるのだけど、それに間に合わないのだけは残念だな。しかも今年は爺ちゃんも来てくれる予定だったみたいだ。


「「とにかく帰ってきたらすげー良いことがあるからな! だからその用事? が終わったらなるべく早く帰ってきてくれよ!」」


 どうやら帰郷した後に少し遅れたお誕生日会を開いてくれるらしい。とてもありがたいね。


「うん、楽しみにしてるよ。それじゃ今日はそろそろ切るね」


「「ああ! この石って魔力をたくさん使うんだってな。それを使いこなすマルクたんはさすが俺の自慢の孫だぜ! それじゃあ最後にニコラたんともお別れの挨拶をさせてくれないか?」」


 俺は隣で椅子に座っていたニコラに目配せをする。するとニコラは共鳴石に向かってニッコリと笑い、愛嬌いっぱいの声を上げた。


「お爺ちゃん、またね! ばいばい!」


「「――あひゅう~……」」


 直後、バタンと何かが倒れた音がしたと思うと、すぐに母さんの声が聞こえた。


「「あら、お父さん? ……やだ、気絶してる!? マルク、ニコラ、また明日ね! お父さん、お父さーん!?」」


 俺は息を吐きながら共鳴石にマナを注ぐのを止める。共鳴石は淡く緑色に輝くのを止め、単なる石へと戻った。


『ふふ、声だけでヘブン状態まで持って行くだなんて、私の魅力はとどまることを知りませんね』


『さすがにあれは爺ちゃんだけだろ……』


 共鳴石を片付けながらニコラに苦笑いを向けると、背後からセリーヌの声が聞こえた。


「なんだかとてもパワフルなおじいちゃんね~」


 ごろごろごろごろ


「うん。でも僕たちにはとてもやさしいんだ」


 ごろごろごろごろ


「そうみたいね~。それにしても絨毯に寝っ転がるのって気持ちいいわねえ~。ひろびろ~」


 俺たちが共鳴石で話している間ヒマだったんだろう、セリーヌは敷いたばかりの絨毯の上に寝そべりながら右へ左へとごろごろ転がり続けていた。それを見たニコラがニヤつきながら念話を届ける。


『ふふっ、それに床に転がるよりは綺麗ですしね』


『うん? そりゃそうだろ。っていうか普通、床には転がらないだろ……』


『そうですよね。フヒヒ』


 よくわからないことを言うニコラを放置して再びセリーヌに目を向けると、いつの間にか転がるのを止めて絨毯に仰向けに寝っ転がっていた。仰向けなのにやたらと盛り上がった二つの山を見ると、人体って不思議だなって思う。


「はー、ウチに帰ったら母さんの世話しないといけないし、なんだかずっとこっちに居たく……いやいやそれは駄目、駄目よ」


 セリーヌは頭を振ってむくりと起き上がると、身だしなみを整えてから玄関へと向かった。


「それじゃあそろそろ帰るわね。夕食の時間に待ってるからね~」


「はーい」


 俺たちに手を振りながら扉をくぐり抜け、セリーヌは帰っていった。さて、これから何をしようかな? なんて考えていたところでニコラがポツリと呟く。


「お兄ちゃん」


「ん? なに?」


「ちょっとこの絨毯で私を簀巻きにしてくれませんか? お風呂上がりのセリーヌの残り香に包まれてみたいのです」


「お、お前……」


 俺は妹の言葉に戦慄を覚えながら、大きくため息を吐き出した。



 ◇◇◇



 部屋の中でしばらく過ごしていると、突然ゴンゴンと玄関の扉を叩く音に俺の肩がビクッと揺れた。おそらく気配を遮断したエステルだろう。俺はすぐに扉を開けると、そこには予想通りエステルが笑顔を浮かべながら立っていた。


「こんにちはマルク! 今日もあの、ぼるだりん? で遊んでもいいかな?」


「いいよ。僕も外で畑に水を撒きにいくから、一緒に外に出ようか」


「うん!」


 つい数時間前に会っていたのに、まるで久々に会ったかのような喜びようでエステルが返事をする。こうして話していると無邪気すぎてまるで十五歳だとは思えないけれど、俺に会っただけで喜んでくれるというのは俺だって嬉しい。


 すぐにエステルは玄関の靴を俺が履きやすいように揃えると、早く行こうと俺の手を軽く引っ張り始める。


「はは、エステル、それじゃ靴が履けないよ」


「あっ、そうだね。ごめんね、嬉しくてつい……」


 俺の言葉にエステルが照れたように顔を赤らめ、ぴょんと後ろ飛びして玄関から離れた。


「それじゃ先に外で待ってるね!」


「うん、すぐ行くよ」


 手さえ自由になれば靴なんてすぐに履ける。俺は急いで靴を履くと、ボルダリング壁に向かって走るエステルの後を追いかけた。



 ◇◇◇



 静まり返った部屋の中。そこには不自然に膨らんだまま棒状に巻かれた絨毯が、捨て置かれたかのようにポツンと転がっている。


「すやぁ……」


 絨毯の中ではニコラが巻かれたまま熟睡していた。それから数時間、マルクがエステルと別れ帰宅するまで放置された結果、彼女はセリーヌの匂いどころか自らの汗にまみれ、まるで濡れたスポンジのような状態で救出されたという――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る