206 洗濯

「やれやれ、天国のような気分で眠っていたら、いつの間にか地獄めぐりNO.4焦熱地獄でしたよ」


 絨毯から救出されたニコラが、汗でびしょ濡れになった上着を脱ぎながら愚痴をこぼす。


「そんなこと言われてもなー。熟睡しているのが悪いよ」


 俺はアイテムボックスから蔓で編まれたカゴを取り出すと、ニコラの足元にポイッと投げ置いた。ニコラは上着以外にも靴下やら何やらもそこに放り込み、あっという間にパンツ一枚になった。ちなみにパンツは見事なかぼちゃパンツだ。


「私のお気に入りが見るも無残な姿に……」


 ニコラがなおも愚痴りながら見つめているのは、先程まで着ていた白いワンピース。セリーヌがたまに着ているのと似た服であり、去年の誕生日にセリーヌから贈られたものだ。


 確かにしわしわのぐしょ濡れで無残な姿ではあるけれど、俺だって交換したばかりの絨毯が妹汁でじっとりと湿っているのが悲しいんだからな。正直ちょっと泣きたい。


 そしてニコラの汚れ物をカゴに入れ、これから何をするかというともちろん洗濯である。セリーヌの家で下着の洗濯はしてもらっているが、旅の間は上着を数日着回すこともあり、それほど数も持ってきてないので汚れた時にはなるべく早めに洗っておきたいのだ。


 もちろんこの機会に洗うのはニコラのワンピースだけではない。せっかくなので俺の今日の衣服も洗ってしまおう。


 俺もニコラに習い手早くカゴに衣服を投げ入れパンツ一枚になると、カゴを持って外に出た。ニコラもパンイチのまま俺に付いてきたが、周囲に人影もないので特に気にはしていないようだ。ちなみに俺のパンツはトランクス型である。


 家のすぐ近くで酒樽程度の大きさの水槽を土魔法で作り、そこにカゴの中身を全て放り込む。そして水魔法で水を注ぎながら実家から持ってきた粉末洗剤を入れた。


 水槽の八割ほどまで水で注がれた後は、トリスにガラスのついでに幾つか交換してもらった魔道具の内の一つである洗濯機の魔道具をアイテムボックスから取り出した。


 洗濯機の魔道具と言っても前世の箱型の洗濯機でもなければ、裸に見えるメガネのようなトリス製オリジナルのものでもない。洗濯盤と呼ばれている世間一般で普及している魔道具だ。ずっしりと重たく、どらやきを二回りほど大きくしたような形をしている。


 これに魔力を込めて水槽に放り込むと、中の水がグルグルと回転するのだ。もちろん前世の洗濯機のような多機能が備え付けられているわけではないけれど、自動で水を掻き回してくれるだけでも大変ありがたい代物と言える。


 そんな洗濯盤に魔力を込め水槽へ投げ入れた。すぐに水槽の中で水がぐるぐると回り始める。


「……あれ?」


 特にすることもないので水槽の中をじっと見ていたところ、あることに気が付いた。トリス謹製の洗濯盤は数分ごとに右回転左回転と水流が自動で切り替わっているのだ。実家で使ってたのは片側回転だけなので、逆回転にしたいなら途中で裏返す必要があった。


 一般に普及しているものと同じと思っていたんだけれど、これはおそらくトリスなりの工夫なんだろう。少しでも洗濯を効率よくしようという努力が垣間見えて、なんだかとても面白い。実家に帰る時にはいくつかお土産に持って帰ろうかな。



 そんなことを考えている間にも洗濯は続き、水槽の水を二回ほど入れ替えて汚れと洗剤を綺麗に落とした後は、軽く手で押して脱水をしながらアイテムボックスに収納した。魔道具に脱水機能がないのは残念だ。


「おまたせ。とりあえず洗濯は終わったよ」


 ヒマだったのか、パンイチで地面の草をぶちぶちと引き抜いていたニコラに声をかけた。ニコラは手をパンパンと払いながら立ち上がる。


「終わりましたか。洗濯槽を見ながらニヤニヤしているお兄ちゃんはなかなかの危険人物でしたよ。それで洗濯物はどこで乾かすんです?」


「うーん。やっぱり屋上かな」


 俺は高さ五メートルはあるコンテナハウスを見上げると、その横に土魔法の階段を作りながら屋上へと向かった。

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