204 窓ガラス
ひと通りの物々交換を終えた後は、そのまま三人でトリスの家へと向かった。家の窓に使うガラスを交換してもらうのだ。
日の出前から外出してエステルの家の手伝い、それから物々交換で色々と身の回りの準備をしたわけだが、これでようやく一区切りだと思うと今まで動き回った疲れを吐き出すような大きな息が漏れた。
「ふ~……」
「ふふっ、なあに? 仕事終わりのおじさんみたいなため息ついちゃって」
横を歩くセリーヌが俺の仕草を見て軽く微笑む。おっと、気疲れしたせいか、うっかり素を出してしまった。
「ううん、なんでもなーい」
俺はあえて子供っぽく振る舞ってみせた。だってぼく八歳だもん。そんな俺をニコラがセリーヌの尻に顔を半分埋めながらニヤニヤと見てるのだけど、普段から猫かぶりっぱなしのこいつにそんな権利はあるのだろうか。
そんなことをしているうちにトリスの家に到着。トリスは在宅中だったので、さっそくガラスが欲しいと伝えた。
「ガラス? 村の元気があり余ってるガキ共が、ボール遊びなんかの弾みで近所の家の窓ガラスを割ってしまうことはよくあるからな。在庫は十分にあるが、それをどうするんだ?」
テーブルの上の魔道具をカチャカチャといじりながら、俺たちに顔を合わせることなくトリスが尋ねる。
「僕の家の窓に使うんです」
「お前はセリーヌの家に泊まってるんだろう? それにもうすぐ実家に送ってもらうんじゃなかったか? お前の家ってのも意味がわからん」
「あー、しばらくこの子たちも村に住むことになってね。それでマルクが自分の家を建てたのよ」
セリーヌが俺に代わって説明をしてくれると、興味を惹かれたのだろう、トリスはようやくこちらを向くと興味深げに顎を擦り、椅子から立ち上がった。
「……ほう、なにやら面白そうだな。ガラスは少しまけてやるから、一度お前の家とやらを見学させてもらえないか?」
魔石はたくさんあるものの、節約するに越したことはない。すぐに俺が頷いて返すと、ニヤリと笑ったトリスはガラスを取りに部屋の奥へと歩いて行った。
◇◇◇
十分なガラスと少しの魔石を交換した後、トリスを連れて俺の家へと向かった。そして土地を囲う外壁を開いて内側にトリスを招き入れると、トリスは普段の気だるそうな半開きの目をまん丸に見開く。
「な、なんじゃこりゃあ……。この辺は森だったはずだが……」
「ふふふ、どう? マルクってすごいでしょう~? トリス爺さんが見た攻撃魔法だけがマルクの全てじゃないんだからね?」
すぐさまセリーヌが俺の肩に手を添えながら俺自慢を開始する。俺もドヤ顔をしたかったので、少しは待って欲しかった。
「この広さ、俺の実験場の倍くらいはあるんじゃないか? 俺はあれだけの土地を整地するのに一年はかかったんだが……、マルク、お前、これをどれくらいで整地したんだ?」
「……ええと、お昼すぎに始めて日が暮れる前には終わったかな?」
「マジか……」
「マジです!」
ここでようやく渾身のドヤ顔を披露してみたんだが、ガックリと肩を落としたトリスはまったく俺の方を見ていなかった。うーん、残念。
その後、脱力気味のトリスをセリーヌが引っ張りながら、中央にある俺の家へと連れて行く。そこにトリスを放置すると、さっそくセリーヌに手伝ってもらいながらガラスをはめ込む作業を開始した。
まずは俺が家の中に入り、窓を作りたい部分の壁を一度分解して空ける。そしてアイテムボックスから取り出したガラスを手に持ちながら、俺と外側のセリーヌがしっかりと支える。
後は再び土魔法で窓枠を整えながらガラスを固定すれば完成だ。十字の格子なんかも付けてみて、ちょっとだけおしゃれな感じにしてみましたよ。
そうして手持ちのガラスを全部窓へと固定した頃、ぼんやりとしていたトリスがようやく再起動した。
「……はぁ、この土魔法の家もとんでもないな。もしかしなくても、こないだお前がスパッと切ったウチの岩よりも固いな……」
トリスが俺の家の壁を拳でゴンゴンと叩きながら息を吐くと、俺に向き直った。
「なぁ、お前はしばらく村にいるんだろ? 折り入って頼みがあるんだが」
「頼み?」
「ああ。俺が村のガキ共の先生みたいなことをやってるのは誰かから聞いてるかもしれないが……、あいつらの遊ぶような場所を作ってやってはくれないか? もちろんタダとは言わ――」
「公園を作っていいんですか?」
俺は食い気味に答えた。
「えっ!? あ、ああ……。公園、そうだな、公園を作って欲しいんだ。たまに俺の実験場で遊んだりもするんだが、あいつらは俺が実験をしている時にも黙って入り込むから危なくてなあ。引き受けてくれるのか?」
公園を作るのは土魔法の訓練にもなるし、そこで楽しんでいる子供や親を見ていると、仕事を褒めてもらったような、なんともいえない満足感に浸ることができるので大好きだ。
ファティアの町の空き地の公園は、なし崩し的に作ってしまったところがあるので、持ち主のギルや秘密基地のボスのデリカに対し、後ろめたい気分もあった。
だが、村の長老の一人のお墨付きとなると堂々と満足のいくものを作れそうだ。これは作るしかないな。……おっと、せっかくなので例の件もお願いしよう。
「引き受けます。それで代わりと言ったらなんですけど、トリスさんの授業を僕にも受けさせてもらえませんか?」
「そんなのは交換条件にするまでもなく、別に構いやしないぞ。しかしそれが報酬とは……ああ、まあ報酬は俺からなにか考えておく。だからお前はいつでも授業にくればいい」
「やった! ……あっ、ニコラも一緒でいいですか?」
「お、おう。気にはなってたんだが、セリーヌの腰にぶら下がってるお人形さんみたいなのがお前の妹か」
「ニコラです! お兄ちゃんの妹です!」
トリスの家についてからもセリーヌの尻にへばりついていたニコラが初めてトリスに挨拶をした。今までは向こうも無関心だったようなので、ニコラも反応しなかったらしい。どうせ挨拶をするのなら一番効果のある時にやるというのは、ずぼらなニコラらしいとも言える。
『いつの間にか私も授業を受けることになっていた件について。……まぁハーフエルフの知識に興味がないこともないので、問題ないですけど』
トリスは頭を掻きながら俺たち兄妹に向き直った。
「学校は週に一度、光曜日の昼すぎだ。それと公園は魔力の余ってる時にボチボチと作ってくれればいいからな」
「はい! トリス先生」
「はーい!」
「ふっ、いい返事じゃないか。それじゃあ俺は帰るわ。公園を作る時は俺に声をかけてくれよ」
そう言ってトリスは一人で外壁に向かい……、大変苦労しながら二メートルの外壁をよじ登って帰って行った。いや、外壁を開けてあげようと思ったんだけど、なんか後ろ手を振りながら颯爽と去っていったので、声かけづらかったんだよね。
……さて、これでようやく午前の用事は全部済ませたな。とはいえ昼食の後にはセリーヌに魔力供給。それが済んだら共鳴石で実家に連絡しないとな。やっぱりこの歳で兄妹二人暮らしとなると、なんだかとても忙しい。
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