203 はじめての物々交換(保護者付き)

「それでマルク、あんたはどういった物が必要なのかしらん? 言ってくれれば私の知ってる売り場なら教えてあげられるわよ?」


 広場の中央に向かって歩いていたセリーヌが俺に尋ねる。そういえば何が欲しいか言ってなかったな。


「えーと、そうだね……。家の中には靴を脱いでから上がるようにしているんだ。だから床に敷く敷物が何か欲しいな」


 畳があれば一番いいんだけれど、さすがにそれはないだろう。とにかく直に石床はニコラが言うまでもなく辛かった。せめて薄くても布の上で寝っ転がりたいのだ。


「へえ~、確かに靴を脱いで生活する地域もあるらしいけど、変なことやってるのねえ。でもそういうことなら布を扱ってる奴がいたはずだから、そこに行ってみましょうか」


 セリーヌは腰にニコラを巻きつけながら、まだ俺が行ったことのない広場の奥へと歩いて行った。



 ◇◇◇



「ようセリーヌ。村に戻ってきてると聞いてたはいたが、久しぶりだな。その黒いドレスを仕立てる布でも欲しいなら、丁度いいのがあるぜ」


 セリーヌと共に広場の端の方へと進んでいくと、そこで出店を構えていた顔見知りらしい男が荷車に腰掛けながら言葉をかけた。


 男の前の長机にはちょっとした小物や糸なんかが所狭しと置かれており、後ろの平台には棒状に丸められた生地がいくつも並べられている。なかなかゴツい風貌だけど、机に置いてあるウサギのぬいぐるみもこの人が作っているのかな……。


「それはまた今度お願いするわ。それより今日は部屋に敷くような大きめの布が欲しいのよ。対価は……マルク、グラスウルフを一匹出してくれる?」


 さっきセリーヌと相談したところ、こちらから交換に出すのは数日前にサドラ鉱山集落に行く道中で狩ったグラスウルフにするのがいいとの助言をもらった。この店では革細工なんかも作るらしいので、ここなら間違いなく交換に応じてくれるそうだ。


 俺は自分の足元に、以前倒したグラスウルフを取り出して見せる。アイテムボックスの中は時間が止まっているっぽいので、まだ死にたてほやほやのような状態だ。


「うおっ! いきなりなんでびっくりしちまったぜ。……へぇ、グラスウルフか……」


 男が懐かしそうに目を細める。昔は冒険者をしてましたってクチなのかもしれない。


「どう? 出すところに出したら金貨二枚はすると思うんだけど。これとなるべく大きめの布を交換して欲しいのよ」


「大きめの布? 何に使うんだ?」


「この子が村に家を建てたんだけど、その家の中に敷きたいんですって」


 そう言って俺の肩をポンと叩くと、男が俺を見ながら首を傾げた。


「こっちの坊主が家を建てた? なにを言っているのか、さっぱりわからねえが……。いや、お前が連れてきたガキだもんな。常識外れでも何も言うまいよ」


 男が力なく息を吐くと、何やらカチンときたらしいセリーヌが俺の両肩を持って男の前へとずいっと突き出した。


「この子はね、私なんかよりよっぽど常識外れですごいんだからね? この子に比べれば私なんて平凡もいいところよ」


「へえ? 言い寄る男を片っ端からボコボコにして回った男嫌いのセリーヌよりも常識外れなのか? へへっ、そいつぁすげえな」


「私だって最初はお上品に断ってたじゃない。あんたたちがしつこすぎなのよ。……って、今はそんな話をしてる場合じゃないわ。それより布よ布」


「俺はお前にボコられてから、しばらくは火の魔道具を使う時ですら手が震えるようになったんだがな……。坊主、お前もこの女には気をつけろよ?」


 男がニヤつきながら俺に忠告のような言葉を伝える。するとその直後、男は上を見ながら顔色を青く変えた。どうやら俺の頭上でセリーヌが何かしたらしい。なんか火のマナの気配がしたような?


「ま、まぁ、いいか。それより布だったな! ……坊主、床に敷く布が欲しいのなら、こんなのがあるぞ?」


 すると次の瞬間、男の両手の間には抱えきれないほどの大きさの棒状に巻かれた絨毯が現れた。どうやら彼はアイテムボックス持ちのようだ。


「これなんかどうだ? ずいぶん前に調子に乗って作ってみたものの、全く売れない代物なんだが、これが売れてくれると俺のアイテムボックスにも空きができて助かるんだよ。これとグラスウルフの交換でどうだ? 本来ならグラスウルフ一匹程度じゃ赤字なくらいの価値はあるぞ」


「マルク、どうする? とりあえずお買い得なのは間違いなさそうよ?」


 セリーヌが絨毯を手で触りながら尋ねると、俺は男が重そうに抱えている絨毯を見上げた。


 さすがに部屋全体に敷くほどの大きさではないものの大きさは十分だし、ちょっと布でも敷ければいいなと思っていたところが、絨毯を入手出来るというのは嬉しい誤算でしかない。


「それじゃあそれください」


「おっ、まいどあり。良い物だから大事に使ってくれよな。これもアイテムボックスに入るか?」


 俺が頷いてアイテムボックスに収納してみせると、男が感心したように腕を組む。


「随分と余裕そうだな。もしかしてグラスウルフはまだあるのか?」


「ええ、あるわよ。まだ欲しいの?」


 男がしゃがみ込み、足元のグラスウルフに触りながら口を開く。


「随分と質もいいようだし、どうせならもう一匹交換してもらえねえかな。グラスウルフくらいの代物になると、他で細々としたものと交換するのも難しいだろ? うちの小物や布と交換しておけば、それをまた別の店でも交換できるぜ」


「そうねえ。マルク、それがいいと思うわよ」


「うん。それじゃもう一匹お願いします」


 俺は追加でグラスウルフを取り出した。……おうふ、適当に取り出したんだが、首の無いグラスウルフを引いたらしい。


 しかし男はなにも気にする様子もなく毛並みを手で確かめると、


「おう、こっちも良い状態じゃねえか! こりゃあ俺も良い物を出さないとな! この生地持って行くか?」


「ええ、そうね、それじゃあそれと――」


 商談が始まったので後はセリーヌに任せよう。それにしても先日から見ている物々交換だが、思った以上にいい意味で適当に取引が行われている。交渉で揉めたところはこれまで一度も見たことがなかった。


 まあ村社会だものな。高値で売りつけるような駆け引きなんかしてしまうと今後ギスギスするかもしれないし、その辺は特に気をつけているのかもしれない。これなら俺も三ヶ月なんとかやっていけそうだ。



 その後もセリーヌに付き合ってもらい、色々と物々交換をしながら村の住民に俺とニコラの自己紹介をして回った。


 相変わらず俺がニコラの双子の兄と知ると何だか微妙な顔をされた。俺とニコラが似てると言ったエステルは、この村でも例外の存在らしい。

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