202 看板娘
荷車の後ろを押しながら、広場へと続くけもの道を進む。
けもの道はところどころ地面が削れていたり石が転がっていたりと荒れていたので、荷物をギュウギュウに詰めたこの荷車を引くのはなかなかの重労働かに思われた。しかしエステルはそれを何ということのないように軽々と引いていく。
……もはや俺が荷車を少し押したところで大した手助けにはなってはいないような気もするが、それでも何もやらないのも居心地が悪いのでとりあえず押しておこう。
ちなみに隣のニコラは荷車を押してるというか、ただ左手を添えるだけである。ニコラよ、荷車はバスケットボールじゃないからな。
しばらく歩いて広場にたどり着いた。夜明け前には誰もいなかった広場だが、今は出店を始めている人や、野菜をいっぱい詰め込んだカゴを背負いながら周辺をうろついている人などをちらほらと見かける。ふいにエステルが立ち止まった。
「よし到着。それじゃあ始めようか」
エステルが荷車から折りたたみ机を取り出し始めたので、俺も慌てて手伝いをする。よく見ると一昨日会ったのと同じ場所のようだ。どうやらここがエステルの定番の場所になっているらしい。
机を設置して寸胴鍋を並べ終えた頃、一人目の客が訪れた。少しくたびれた感のある中年の男性だ。人間族かな?
「おはようエステル。……へぇ、今日はビーフシチューか。それにセリーヌのところの坊主たちもいるじゃないか。どういうことだい?」
「おはようバズマさん。二人はしばらくの間ウチを手伝ってくれることになったんだ。それで、今日も鍋いっぱいでいいのかな?」
「ああ、頼むよ」
バズマは自分が持っていた両手鍋をエステルに手渡すと、エステルはそれをそのまま俺へ手渡した。
「それじゃあマルク、これ一杯にビーフシチューをよそってね。その間にボクがバズマさんの持ってきた物と交換してるから」
「よし、それじゃあ何と交換する?」
バズマは背負いカゴを降ろすのも面倒なのか、背負ったままエステルに背を向けて少し屈んでみせた。するとそこからエステルはいくつかのタマネギを取り出してバズマに見せる。……っと、眺めてないで仕事しないとな。俺はおたまを手に持つと寸胴鍋の蓋を開けた。
そこからは客が途切れることなく続いたので、ひたすらエステルが相手から品物を受け取る係、俺がビーフシチューをよそったりピザを切り分ける係、ニコラがビーフシチューの蓋を開け閉めしながら愛嬌を振りまく係となり、仕事に追われることになった。
ニコラが一番仕事をしていないようにも見えなくもなかったけれど、エステル曰く今日は大繁盛とのことなので、もしかしたら看板娘的な役割を担うことができていたのかもしれない。
実際、何人かはニコラを見に来たついでにシチューを交換していったように見えたし、そういったお客さんはニコラの笑顔と交換に、お菓子をニコラに貢いでいたからね。えっ、俺? 何も貰ってませんが何か?
◇◇◇
ようやく客足もまばらになった頃、聞き慣れた声が聞こえた。
「おはようみんな。頑張ってるわね~」
もちろんセリーヌだ。荷車にはいつもの小さな酒樽と、交換してきたらしいパンとソーセージを積んでいる。
「今日は何があるのかしら? ……へえ、ピザなんて珍しいわね」
それを聞いたエステルがピザを手に取りセリーヌに近づくと、ピザを持ち上げて見せた。
「うん! ドルグマさんが久々にチーズを作って持ってきてくれたんだ。ほら、今日のは特にチーズたっぷりですごく美味しいんだよ! チーズはボクが振ったんだ!」
少々振りすぎじゃね? と思わなくもなかったピザのチーズはエステルが振っていたらしい。セリーヌは微笑ましげに口元を緩めると、
「あらあら、そうなの? それじゃあ、それを貰おうかしら。後は――」
――こうしてピザと木の器になみなみと注ぎ込んだビーフシチューを俺のアイテムボックスに収めたところで、セリーヌが俺に向き直る。
「これは昼食で食べましょうね。それよりあんたたちもそろそろ自分の必要な物をここで交換しておいたほうがいいんじゃない?」
「あー、そうだね」
俺の家に物が無さすぎるのを昨日ニコラにダメ出しされているのだ。少しはそれらを揃えないといけない。
「そういうことならこっちは一段落ついたし、二人ともここまででいいよ。今日はありがとね!」
エステルが俺たちに笑いかける。そういうことならお言葉に甘えようかな。
「わかった。それじゃあお先に失礼するね」
「エステルちゃん、ばいばい!」
俺たちが挨拶を交わし立ち去ろうとすると、エステルがもじもじと手を胸の前でこねながら呼び止めた。
「……ねぇ、マルク。また今日も遊びに行っていい?」
「いいよ。セリーヌのところで昼食を食べてからしばらくは用事でいないけど、少しすれば家に戻ってると思うから。遊びに来てくれるなら、それくらいに来るといいよ。それじゃまた後でね」
「うん、また後で! フフッ」
そうして花のように笑ったエステルは、大きく手を振りながら次のお客さんがやってくるまで俺たちを見送ってくれたのだった。
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