194 コンテナハウス

 ニコラの件が片付いてスッキリしたところで自宅の建設を行うことにしよう。


「それじゃあ向こうで家を作ってくるから、気にしないでここで鍛錬しててね」


「あっ、ちょうど休憩したいところだったし、見てていい?」


 エステルが興味深げにピコピコと長い耳を動かす。本当に魔法を見るのが好きなんだなあ。魔法好きと言えばもう一人、サンミナを思い出す。彼女の場合はもっとはしゃぐ感じで、エステルはじっと見つめているだけなんだけど。


 魔法を見てもらうのは結構好きだ。もちろん了承し、一緒に空き地の中央へ歩きながら自宅の構想を考えてみることにした。


 うーん、家か……。共鳴石で随分と魔力を消費したことだし、あまり大掛かりな建物を今から作るのは厳しい。


 それなら定番のドームハウスがいいだろうか。でも三ヶ月間それだと味気ないし、表面が丸まっていると増築もやりにくいな。よし、ここは簡単に増築できそうなコンテナ型にしてみよう。


 俺は空き地の中央で、高さ五メートル幅十メートルの壁を土魔法で作る。更にそれで四方を囲み、玄関部分を開けると中の部屋に床を張った。最後に屋根を作ってコンテナハウスの完成だ。


 表面を丸めない分、作るのが簡単だったと思う。強度を高めるために十分なマナを込めても、ほんの数分で出来上がりである。


 そして今回は玄関に扉を設置してみることにした。土魔法で作る蝶番などの部品は以前シーソーを作る時に色々と試行錯誤したお陰で、失敗することなく一度で作ることが出来た。見学者もいるから失敗しないで良かったね。そしてその見学者が目をぱちくりさせながら口を開く。


「……家ってこんなに簡単に出来るものじゃないと思うんだけどなあ。村にも家を作れる人はいるけれど、小さい家でも数人がかりで木材の切り出しからで一週間はかかるし、土魔法は補強で使う程度だよ……」


 一週間というのも前世の常識からすると相当早い気がする。さすが魔法のある世界だ。とはいえ、土魔法のみで作られた家が一方的に優れているとは思わない。


「確かに作るのは早いけどさ、木の家には木の家の利点があると思うよ。それより中を覗いてみようか」


 俺は扉を開いてコンテナハウスの中を覗いてみる。うん、当然のことながら真っ暗だ。すぐに窓枠を開けることを思い浮かんだが、ここは森のど真ん中。今ならともかく夜に明かりをつけたりすると、家の中に大量の虫が入ってきそうだ。


「ねぇエステル。この村にガラスを扱ってる人はいる?」


「それならトリス先生が作ってるよ。……ああ、窓を作るんだね」


「そうそう。トリスさんなら魔石で交換してもらえるから丁度よかったよ」


 明日にでも行ってみることにして、今日は少し息苦しいけれど密閉状態で我慢しよう。あっ、でも空気穴くらいは開けておかないとな。


 そんなことを考えながら光魔法で光球を天井に飛ばし、中の様子を調べる。辺り一面灰色の壁に覆われた、なんとも殺風景な部屋だ。しかし特に異常はない。


「これで完成だよ」


「本当にあっという間だったね。マルク、中に入っていいかな?」


 エステルがうずうずとした様子で俺に尋ねる。


「もちろんいいよ。……あっ、やっぱりちょっと待って」


 せっかくだ。懐かしの日本での暮らしの様に土足禁止にしてみよう。俺は土魔法で玄関周辺の地面を掘り下げて固め直し、三和土たたきっぽいものを作る。


「靴はここに置いてから入ってね」


「へえ、面白いね。それじゃあさっそく……」


 すると靴だけで良かったのに、エステルはあっと言う間に革のブーツと共に黒のニーソックスまで脱いでしまった。白くてすらっとした足首がすごく綺麗だ。ハーフエルフはこういうところまで美人なんだなあ。


 しかしそんな美人らしからぬ、足の裏を俺に見せ指をにょきにょきと動かす仕草をすると「これでいいよね? それじゃあお邪魔しまーす」と部屋の中に入りこみ、周囲をうろうろ動き回った。


「ふふ、土魔法の床がひんやりして気持ちいいね」


 エステルがペタペタと音を鳴らし、足の裏を見ながら笑う。エステルに続いて部屋に入った俺は、とりあえず真ん中にテーブルと椅子を作り、隅に敷布団を敷くためのベッドの台を作った。


「……家具もこれだけあればいいかなあ。なんだか物足りないけれど」


「マルクにはアイテムボックスがあるんだものね。棚を作る必要がなければこんなものじゃないのかな?」


 俺のふとした呟きを聞いたエステルが答える。そう言われてみれば、実家の子供部屋はニコラと一緒の部屋なので、あいつの人形や服なんかも置いていたから賑やかだったけれど、俺だけならこんな感じになってしまうのか。なんだか前世で言うところのミニマリストの部屋みたいだ。


「うーん、それにしてもちょっと殺風景すぎかな? 何か小物でも作ったほうがいいかも……」


「それなら今度、ボクが花を持ってきてあげようか?」


 エステルが自分の三つ編みをまとめた白い花飾りを振りながら俺に笑いかける。


「おっ、いいね。お願いしてもいい?」


「お安い御用だよ。それじゃ明日にでも花を持ってくるね。代わりと言っちゃあなんだけど、また明日もあの壁で鍛錬させてくれると嬉しいな」


 どうやら思った以上にボルダリング壁を気に入ってくれたらしい。ふとした思いつきで作った物だったけれど、自分の作った物を喜んでくれるのはこちらとしても嬉しいね。


「それくらいでよければもちろんいいよ。ありがとう、明日楽しみにしてるね」


 俺の礼に笑みを浮かべて頷いたエステルは、部屋の中でくるっと一回転する。


「ふふ、それにしてもなんだか楽しいね。ボクもマルクくらいの頃は捨てられてた木の板を合わせて森に秘密基地を作ったりもしたよ。その頃を思い出すなあ……。あの時も基地の中に花を一輪置いてたんだよ」


「へえー、この村の子供もそういうことして遊ぶんだね。僕の住んでる町でも、僕が作った秘密基地に友達同士が集まって遊んでるよ」


 正確には月夜のウルフ団の隠れ家だけど。


「ふーん、そうなんだ。……まぁボクは友達を作るような時期にセリーヌにべったりだったせいもあって、気がつけば同年代の友達一人もいなかったから、秘密基地で遊ぶのもボク一人だったし、今でも友達はセリーヌだけなんだけどね……」


 エステルが遠い目をしながら呟く。おう……、意外なところに地雷が埋まっていた。俺は慌てて答える。


「で、でもほら、明日も会う約束をしたし? 僕らももう友達じゃない。そうでしょ?」


「えっ……。ボクと友達になってくれるの? マルクが?」


 きょとんとした目でエステルが俺を見つめる。それに俺が頷いて見せると、


「あ、ありがとう! うれしい!」


 エステルは跪いて俺に目線を合わせると、突然俺に抱きついた。よっぽど嬉しいかったんだろう、俺を抱きしめる腕の力は強い。……いや、強すぎる!?


 それでも最初は我慢していたんだが、力は弱まるどころかどんどん強くなっていく。アカン、このままでは死んでしまう。俺はなんとか腕を伸ばしてエステルの背中をポンポンと叩きながら伝える。


「エ、エステル、くるしい……」


「あっ、ごめん! 嬉しすぎてつい……。大丈夫だった?」


 俺から体を離したエステルの耳がキューンと下がり、心配そうに見つめる瞳は軽く潤んでいる。なんだか叱られた子犬みたいだ。正直なところ体は痛いけれど、俺はなるべく平気なふうに装いながら話しかけた。


「う、うん、大丈夫だよ。……そっか、友達が欲しかったんだね。それならきっとニコラも友達になってくれると思うよ」


「えっ、ニコラ? いやぁ、今まで友達はセリーヌだけだったし、いきなり三人に増えるのは荷が重いかな……」


 そう言ってエステルは申し訳無さそうに頬をかいた。友達のキャパ少ないな! これって後でニコラに知られたら、無駄に嫉妬されるかもしれない。一応覚悟はしておこう。


「そ、そっか。それなら別にいいけど……。ところでもう家の中は十分調べたし、今度は外で畑を作ろうと思うんだ。エステルも見学する?」


「もちろん! 行こ!」


 そう言ったエステルは俺に近づいてギュッと手を掴む。……いきなり距離感が近くなったなあ。


 というか。このグイグイと寄ってきて見えない尻尾をパタパタと振っていそうなエステルの様子には見覚えがある。


 ……エステルがセリーヌと会っていた時と同じものだ。どうやら俺は一気にセリーヌと同格まで引き上げられたらしい。

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