195 残り湯の再利用

 エステルに手を引っ張られながら外に出た。ちなみに靴を履く時も手を離してくれなかったんだけど、エステルはそれはそれは片手で器用にニーソックスとブーツを履いていたよ。


 空を見上げるとまだ夕暮れには早い時間の様だ。畑を作る時間は十分にあるだろう。


 俺は周辺を見渡し、コンテナハウスと外壁の中間あたりに畑を作ることに決めた。ここで物々交換用の野菜を育てるのだ。とりあえず持っている野菜を全部育ててみて、村の人の反応を確かめた後は人気のある野菜を主力として重点的に育てようと思う。


 それとこちらは交換するつもりはないんだけれど、セジリア草も目一杯育てる予定だ。最近は毎日風呂にポーションを入れているので、在庫を増やしておかないといけない。


 ポーションを節約することも考えたけれど、魔力供給でくたくたになるセリーヌを見てしまうと、せめてお風呂で疲れを癒やしてほしいと思ってしまう。……そういえば、実家に置いてきた分のセジリア草は確実に枯れそうだなあ。ちょっと勿体ない。


 ざっくりと頭の中で畑の構想を決めたところで、作業を開始することにしよう。……ここではさすがに手を離してもらおうかな。


「それじゃ今から畑を作るね」


 そう言って俺の方から手を離すと、エステルは一瞬だけ悲しそうな顔をして耳をへんにょりと下げたが、次の瞬間にはにっこり笑って「うん」と頷いた。


 うっ……、なんとも健気で罪悪感まで湧いてくる。言葉に詰まった俺よりも先にエステルが口を開く。


「それで何をくのかな?」


「え、ええとね、トマト、キャベツ、キュウリ。それと薬草だよ」


「へえ~、いろんな種を持ってきているんだね。ボクも手伝っていい?」


「ありがと、助かるよ」


 種を蒔く係をやってもらおうと、種の入った布袋を一つづつエステルに手渡した。俺がエステルにそれぞれの種の蒔き方を説明すると、神妙にコクコクと頷きながら口の中で繰り返して覚えているようだった。俺より歳上のお姉さんだが、そんな子供っぽい仕草がなんだかとても微笑ましい。


「それじゃあ僕が土魔法で土にマナを練り込みながら畑を作っていくから、そこに一種類づつ蒔いていってくれるかな」


「うん、わかったよ。ふふふ、こういうこと言っちゃいけないんだろうけど、畑仕事もと一緒だと遊んでるみたいで楽しいね」


 エステルが照れたように笑う。ちょっとって言葉に力が入っていたような。


 セリーヌもついこないだまで三年ほど村にはいなかったらしいし、エステルは一番多感な時期に同世代と遊ぶことなく、わりとボッチで過ごしていたのかもしれない。


 まぁせっかく友達になったんだから、仲良くしたいよね。俺たちは初めて会った時に話したような、この村の外の話やエステルが子供の頃の話をしながら畑仕事を始めたのだった。



 ◇◇◇



 一時間ほどかかったが予定通りに種を蒔き終えた。後は畑に水をいて今日の畑仕事は終わりだ。


 それではこれから先日考えていた、ポーション入り風呂の有効活用を始めよう。


 今回取り出すのは《セリーヌの残り湯 E級ポーション入り》だ。以前残り湯は全部ひとつにまとめることが出来たんだが、ポーション入りはどういう訳かまとまらなかったので個別にラベリングがされたままになっている。


 そんな残り湯をアイテムボックスから取り出したジョウロに残り湯を注いだところで、残り湯が結構な熱さを残していることに今更ながら気が付いた。


 残り湯なのは今更だが、それでもお湯のまま畑に撒くのは抵抗がある。水魔法と風魔法でひんやりした風を送って冷やすくらいならできるけれど……。


「あっ、エステル。ちょっと休憩しようか」


 それよりも残り湯の新たな活用方法を思いついた。


 俺は畑の横に直径一メートル深さ五十センチほどの穴を掘り、表面を土魔法で固めると、そこに残り湯を注ぎ込む。


「これは?」


「ポーションを入れたお風呂の残り湯なんだ。これを畑に撒こうと思うんだけど、どうせ冷やすならもう一回使おうかなって思ってね」


 俺は穴の周辺の土も汚れないように固めてから座ると、靴を脱いで足を湯の中に入れた。足湯である。これから畑に撒く水に何をしてるんだと思わなくもないけれど、もともと残り湯だし、これも今更だろう。


 湯の中に足を入れると、お湯の暖かさとポーションの効能が足をゆるゆると包み込み、畑仕事の疲れをじんわりと癒やしてくれている。


 前世では足湯には一度も行ったことがなかったし、足湯に入ったと聞くたびにどうせなら温泉に入ればいいのにと不思議に思っていたんだが、今になって少しは分かった気がする。


 風呂ほど大掛かりではなく、気軽に湯を楽しみリラックスができる足湯には風呂には無い魅力がある。ちょっとした休憩にはピッタリだろう。十分な効能を確かめた俺はエステルに声をかけた。


「ここに足を入れてごらん。気持ちいいよ」


「へえ~、お風呂は聞いたことがあったけど、足だけ入れるお風呂もあるんだね」


 エステルは再びブーツとニーソックスを脱ぎ、俺の隣に腰掛けるとゆっくりとその細くて白い足をお湯に浸した。するとエステルは気持ちよさそうに声を上げた。


「……ふわ~、これは気持ちいいねえ~。ずっと浸かっていたくなってくるよ。……ねぇマルク。本当のお風呂みたいにこのお湯に浸かったら駄目? 一度お風呂に入ってみたいな」


 許可を出したら今すぐにでも服を脱ぎだしそうな、そわそわとした表情でエステルが俺に問いかける。


「さすがに足入れた後に入るのは、気分的におすすめしないかな……。今度ちゃんとしたお風呂に招待してあげるよ。楽しみに待っててね」


「わあ、ありがと! 楽しみにしてるね」


 俺の手をぎゅっと掴んだエステルが花のように笑った。うーん、年頃の男の子なら一瞬で恋に落ちてしまいそうな、そんな無邪気で可愛らしい笑顔だね。


「それじゃあしばらくこのまま休憩しようか」


 そんなエステルにほんわかとしつつ、俺はアイテムボックスからクッションを二つ取り出すと一つはエステルに手渡し、自分の分は地面に敷いてそれを枕に仰向けに寝転んだ。


「ちょっとだけ寝るね。今日は魔力をいっぱい使ったから、結構疲れてたんだ……」


 正直もうかなりしんどい。今後は母さんとセリーヌの世間話には時間制限を付けさせてもらおう。そう心に誓いながら、エステルの返事を待たずに俺はしばしの休息に入った。

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