193 ゴロンゴロン

 セリーヌが照れている様子を見ていて逆に冷静になれたのだろうか。額とは言えキスをされても心は凪のようだ。パメラの時は……いや、さすがに今は他の女の子をことを考えるのは悪いよね。止めておこう。


 未だに顔が赤くしながらそっぽを向いているセリーヌに声をかける。


「セリーヌ、今日はポータルストーンはお休みにしようね。僕もこれから家を作らないといけないから」


「えっ、ええ、そうね、そうしましょうか。……あのね、マルク。別に気にせずウチに泊まってくれていいのよ?」


 セリーヌには自分の事情があるにもかかわらず、それでも俺の一人暮らしを心配してくれているのだろう。とはいえセリーヌも色々と一杯一杯なのはさっきの一連の騒動で十分理解している。今だってキスした影響なのか、俺と目を合わせようとしない。


「ううん、さすがに三ヶ月間、床に雑魚寝だと疲れもなかなか取れないだろうし、それに家を作るのも楽しいんだ。ここからそんなに離れてないところに作っているから、この家の別宅くらいに思ってくれればいいよ」


「そ、そう? そういうことなら仕方ないわね。……ただし、昼食と夕食は絶対にウチで食べること。これは約束してくれるかしら?」


「うん、わかった」


「それと明日からポータルクリスタルに行く時間は昼食後にしましょ。ディールとあまり会いたくないんだけど、前と変わらなければアイツは早朝と夕暮れ時に見回りしてるはずなのよね。こないだ昼に会ったのは、私と話がしたくてずっと張り込んでいたんでしょうし。全くご苦労なことね~」


 面倒くさそうな性格をしてそうだし、会わないに越したことはない。俺はセリーヌに頷いた。


「それじゃあ僕は家を作りに行ってくるね。さっき家を作ってたらエステルに会ったんだけど、まだ近くにいる様ならニコラの件も今日のうちにお願いしておきたいし」


「ああ、やっぱりあれってエステルの家のことだったのね。わかったわ、行ってらっしゃい。でもちゃんと夕食時までには戻ってくるのよ? 今日はあんたのアイテムボックスから夕食を出すんだからね~」


「はーい、行ってきまーす」


 俺は玄関の扉を開けると、セリーヌに手を振りながら外へ出た。



 ◇◇◇



 ――セリーヌの自宅。マルクを見送ったセリーヌが、マルクに手を振ったままの姿勢で固まっている。


 そしてたっぷり一分は経っただろうか、彼女は突然しゃがみ込んで唸り声を上げた。


「あああ~~~~!」


 頭を抱えたセリーヌは誰に聞かせるでもなく呟く。


「キ、キスしちゃった……。何だかもうたまらなくなってついついやっちゃったけど、おでこだしアレならまだセーフよね、うんうん。そうよ、マルクだって平然とした顔していたものね。……それはそれでちょっとつまらないけど。……でもそういうところもかわいい! んああああああああああああああああ!」


 セリーヌは悶えるような声を上げると、それほど綺麗とは言えない床の上でゴロゴロと転がり続けた。そして隣室ではニコラがその声を聞きながら、熟睡しているエクレインのお腹を撫で回し至福の時間を過ごすのであった――



 ◇◇◇



 自宅建設予定地に戻ると、やはりというべきか、エステルはまだボルダリングを楽しんでいた。俺に気づいたエステルは、ボルダリング壁の凸角に片手でぶら下がりながら手を振った。


「やあマルクおかえり。この壁さ、手だけで登ると俄然面白くなってくるね。色んなコースを考えて登るのも楽しいし、普段使わない筋肉も鍛えられてるみたいだよ」


 そう言って笑ったエステルは、手だけで凸角を掴んでグングンと上に上がっていく。遠い場所にある凸角には、片手で今持ってる凸角をしっかり掴み、片腕で全体重を支えながら思いっきり腕を伸ばす。おっそろしい握力だなあ。リンゴとか余裕で粉砕しそうだよ。


 でも、逆に全く足を使わないってのもどうなんだろうね? 足をブラつかせて手だけで上がっていく様子は、さっき見た足だけで駆け登っていくよりもよっぽど異様な光景なんですけど。……まあ本人がそれで楽しいなら問題ないか。俺は頭を軽く振るとエステルに声をかけた。


「エステル、お願いがあるんだけど――」



 俺は簡潔にニコラの手伝いの件を説明すると、エステルから思った以上にあっさりと承諾を得ることが出来た。


「そんなのもちろん大歓迎だよ。人手はいつも足りないし、父さんも母さんも教えるのが大好きで、きっと喜んでニコラに料理を教え込むだろうから、その分ボクに口うるさく言わなくなるだろうし、いいこと尽くめだよ。……あっ、これは内緒ね?」


 エステルはそう言って唇に指を当てウインクをした。いつも思うけど、美人がウインクすると絵になるよね。


「でも朝食のまかないを出せるくらいで、お給金みたいなものは出せそうにないと思うんだけど、それは構わないのかな?」


「うん、ニコラにたまに料理の手ほどきをしてくれたらそれでいいんだ。まぁ実際のところ、母さんは料理の腕よりもダラけ癖が付かないか心配してるんだろうし、毎日働かせてくれればそれでいいよ。……あっ、やっぱり週二……いや三日は休ませてあげてくれるかな、きっとニコラが耐え切れなくなるだろうから……」


「はは、もちろんいいよ。それじゃあさっそく明日から来てくれるかな――」


 こうしてニコラの村での勤労が確定した。週三の休みをもぎ取ったので、どうかこれで納得して欲しいと思う。

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