188 俺の土地

 俺は一昨日に整地した空き地へと向かった。セリーヌのセンシティブな問題もあり、説得に成功すれば今日からさっそく寝泊まりすることになるので、少しの時間でも準備しておきたかったのだ。


 セリーヌ宅から十分ほど歩いて空き地に到着する。一昨日整地したこの場所はサッカーコートくらいの広さがあり、少し離れた所には川も流れていて涼しげなので住むにはいい場所だと思う。


 俺が空き地の中心で周囲をぐるりと見渡していると、空き地の端の方から俺を呼ぶ声がした。


「おーい、マルクー!」


 手を振りながら俺に向かって走ってきたのはエステルだ。今日も相変わらず気配を消しているらしく、声がするまで全く気が付かなかった。そのうち「クセになってんだ、気配殺して歩くの」とか言い出しそうだ。


「おはようエステル。どうしたの?」


「どうしたのはこっちの台詞だよ……。昨日、鍛錬に向かおうとしたらこの空き地を見つけてほんとにビックリしたんだから。もしかしなくてもマルクの仕業なんだよね?」


「うん、僕が整地したんだけど……。あっ、もしかして誰かの所有してる土地だったとか?」


 岩風呂を作る際、この辺ならどこを何に使ってもいいって聞いたので深く考えずに整地しまくったんだけど、仮に他人の土地なら大変マズい。森を元に戻せって言われても無理だぞ……。


「土地? 村の外の森は整地した人の物になるからそれは問題ないよ」


 えっ、それじゃあこれって俺の土地になるの? 前世では借家にしか住んだことがないので、自分の土地というだけでワクワクが止まらないんですけど。


 そんな俺の高揚感をよそに、エステルが辺りを見渡しながら腰に手をあてる。


「どうやってこの空き地を作ったのかが気になるんだ。火魔法で森を焼き尽くしたとか?」


「そ、そんな危ないことしないよ! 普通に木をアイテムボックスに詰めていっただけだから!」


「この範囲の森を全部……!? それって森を焼き尽くすよりもすごいような気がするんだけど……。あれ? そういえばマルクたちってもうすぐ村から出るんじゃなかったっけ。いまさら森を整地してどうするのかな?」


 あっ、滞在延期の話は誰にも言ってなかったんだけど……。ここはヘタにごまかすより正直に言ったほうがいいか。


「僕が手伝えば、セリーヌのポータルストーンが三ヶ月ほどで出来上がりそうなんだ。だから僕はここに家を建てて住みながら、セリーヌを手伝おうと思ってるんだよ」


「えっ? 三ヶ月で!? それができるならすごいと思うけど、村に滞在するならセリーヌの所に住まわせて貰えばいいんじゃないのかな?」


「今は三人で部屋に雑魚寝の状態だからねー。さすがに三ヶ月は悪いよ」


「ふーん、ボクなら毎日でもセリーヌとお泊りしたいけどね」


 セリーヌ大好きのエステルならそうなんだろうけどね。セリーヌに襲われそうだからとは口が裂けても言えない。


「あっ、それとね、うちの両親から許可が下りないと滞在できないから、空約束になると悪いしセリーヌにはまだ伝えてないんだ。だから内緒にしておいてくれるかな?」


「そういうことならもちろん黙っておくよ。ボクはセリーヌがいるとついついはしゃいじゃって色々と口に出しちゃいそうだし、念のために今日はセリーヌの家には行かないようにしておくね」


 自覚はあったんだな。そういえば初めて会ったときにはわりとクールなお姉さんだと思っていたのに、セリーヌに会ってからというもの単なる元気娘と化しているもんな。俺にも気さくに話しかけてくれるようになったのは嬉しいけどね。


 さてと、これで一通りの説明も終わったけれど、せっかくなのでエステルには新居を建てるにあたってのアドバイザーになってもらおうか。俺は空き地を見渡しながら朝焼けに目を細めるエステルに声をかけた。


「ねぇエステル。この森って魔物もいるのかな?」


「んー、滅多に見ないけど、たまにグリーンフォックスやフォレストファンガスを見かけたりはするかな」


 グリーンフォックスは何となくわかるけど……


「フォレストファンガス?」


「大きなキノコの形をした魔物だよ。胞子を飛ばして仲間を増やすんだけど、胞子が人の傷口に入り込むことがあるんだ。そうするとその時は平気でも一週間もすると傷口だったところからファンガスが生えてきて、酷いと生えてきた部位ごと切り落とさないといけないんだよ」


 うへぇ……、フジツボの都市伝説みたいな話だな。そういう魔物とは絶対にお近づきになりたくない。


「そういう魔物ってこういう柵で防げると思う?」


 そう尋ねた後、森と空き地の境界線に沿うように土魔法で作った幅三十センチ高さ二メートルほどの杭を十センチ間隔で生やしていく。最初はのっぺりと高い塀を作ろうと思ったんだが、見通しが悪いし何だか刑務所っぽくなりそうなので止めておいた。


 十本ほど打ち込んだところでエステルに振り返る。


「この空き地の周辺をこれで囲もうと思ってるんだ。どうかな?」


「ええと、そうだねー……」


 エステルは杭を手で押したり足で蹴ったり体当たりをした後、くるりとこちらに顔を向けた。その顔にはなぜか満面の笑みが浮かんでいる。


「うんうん、これなら大丈夫だと思うよ。それよりこれってすごく硬いよね? そこでお願いがあるんだけど、この柱に試し切りしてみてもいいかな?」


 腰に携えた短剣を触りながら、以前ネイが言ったみたいなことを言い出した。体育会系の人は己の力を試さずにはいられないのだろうか。


 俺が前世でやっていたMMOにも「◯◯万ダメージが出た!」とダメージの数値を自慢する前衛ジョブの人がいたけれど、それと同じようなものなのかもしれないな。後衛ジョブがメインの俺にはあまり理解できない感覚だったのだが、とはいえ本人がやりたいなら別に断るようなことでもない。


「いいよ。これならいくらでも作れるしね」


「ありがと! よおし……」


 エステルは短剣を鞘から出すと、刀身をそっと撫で緑色のマナを帯びさせた。どうやら風属性のマナで短剣の切れ味を強化しているらしい。


「はっ!」


 気合と共に杭に向かって短剣を振り抜くと、ギィィンと鉄と鉄を擦ったような音がした。そして短剣を鞘に入れるとガックリと肩を落とす。


「両断するつもりで放ったんだけど、駄目かあ~」


 近づいて杭を調べてみると、エステルが短剣を振り抜いた箇所には深さ三センチくらいの切れ込みが入っていた。


 ザックリと深く切られてはいないがネイに作ってみせた遊具とは違いそれなりに硬めに作っていたので、それを切られたことには驚く。


「そうじゃないかと思っていたけど、これってトリス先生のところの岩より硬いよね~」


「うん、あの実験場の岩よりは硬いかもしれないね。……ところでトリス先生って? トリスさんって先生もやってるの?」


「そうだよ。ボクはもう卒業したけど、十二歳までの村の子供は広場に集められて、そこでトリス先生からいろんなことを学ぶんだ」


 なるほど。学校とまではいかなくとも、個人で村の子供に教育を施しているみたいだ。両親の説得に成功し村に滞在することができたのなら、トリスさんにお願いして俺も参加させてもらうのもいいかもしれない。


「それで、こんなに硬い杭でぐるっと空き地を囲うんだよね? それって魔力はもつのかな?」


 気遣ってくれるのは嬉しいけれど、これくらいなら共鳴石で魔力を消費することに比べれば全然マシだ。


「うん、平気だよ。それじゃあ今からやってみるね」


 エステルにそう伝えると、俺は手の平に土属性のマナを集中させた。

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