189 ボルダリング
それから一時間以上はかかっただろうか。俺は石の柱を生やしながら空き地をぐるりと一周した。二メートルもの高さの石の柱が立ち並び、空き地を囲っている光景はなかなか壮観だ。
俺にも空間感知があるとはいえ、これくらいの備えはあるほうがいい。なにせ俺よりも感知に長けたニコラはセリーヌ宅に泊まるだろうし、これからはか弱い八歳児の一人暮らしになるのだ。余計なものは近寄らせないに限る。
そして結構な時間がかかったにも関わらず、なぜかエステルは俺について回って作業を見学していた。
「これで柵は完成だよ。ずっと見ていたけど退屈じゃなかった?」
「ううん、こんなにすごい土魔法を見る機会なんて滅多にないからね。ボクはあまり魔法は使えないけれど、見るのが好きなんだ。小さい頃はセリーヌにお願いして何度も見学させてもらったんだよ」
その会話を皮切りに、セリーヌに川で火魔法を見せてもらったこと、森で偶然遭遇した魔物にファイアアローを撃って、他に飛び火することなく見事に命中させたこと、魔法が得意じゃなくても武器の扱いが得意ならそれを伸ばせばいいと励ましてもらったこと――
様々な思い出を懐かしそうに目を細めて語ってくれた。それを聞くだけでエステルは本当にセリーヌのことが好きだということがよくわかる。まぁ俺もセリーヌが好きだけどね、性的なのは抜きにして。
一通り話し終えたエステルは少し照れくさくなったのか、周辺を見渡しながら声のトーンを上げた。
「それにしても、こんなに広い場所、村の広場とトリス先生の実験場でしか見たことないから、何だか体を動かしたくなってきたよ! ちょっと外周をひとっ走りしてきていいかな?」
俺が空き地で作業をしている周辺で体育会系ガールが長距離走をするってのは、なんだかシュールな気がする。それよりも体を動かしたいのならもっと良い物がある。
「それならセリーヌへの口止め料代わりに、こんな物はどうかな?」
俺は空き地の片隅に高さ十メートルほどのモノリス状の石壁を作る。そして壁の表面に凸凹を作ったり一部を反らしたりと加工を加え、横には登り降り用の階段を作った。
これでボルダリング用の壁の出来上がりだ。安全上の観点から子供向けの遊具では作れなかったけど、冒険者志望のエステルなら楽しんでもらえそうだ。一応、周辺の地面は柔らかい砂場に作り変えたので、落下もそれほど危険ではない……と思うけど、あくまで自己責任で! 自己責任でお願いします!
「この壁に手とか足を引っ掛けながら、上まで登るなんて訓練はどう?」
「へ~、面白そうだね。こんな感じかな?」
ボルダリング用壁を興味深げに眺めていたエステルは、壁に向かって駆け出すと高さ二メートル近い跳躍を見せた。さすが冒険者志望、すごい身体能力だ。
そして出っ張りに足をひっかけると、そのままタンタンターンと、あっという間に頂上に辿り着いてしまった。違う、そうじゃない。
「うん、楽しいね! コレってもっと高く出来る?」
「ご、ごめん。あんまり高いと怪我が心配だからこれ以上は無理かな……」
「そっかー。でも十分面白いよ! ボクはこれでしばらく遊ばせてもらうから、マルクは気にしないで好きなことやっててね」
そう言って階段を使わず壁の凸部分を使って再び降りると、すぐにまた上まで駆け登っていった。見ているだけでも首を上に下にと疲れてきそうだ。
「あはは、楽しんでくれて何よりだよ……。でも、足じゃなくて手も使って登ってみるのはどうかな。なんなら手だけを使うとか……」
「……! なるほど、それなら腕力の鍛錬にもなりそうだね」
壁の上のエステルは虚をつかれた様に目を丸くすると深く頷いた。普通はそっちを先に思い付くと思うんだけどね。冒険者って、みんなこれくらいの身体能力あるのかな。
それからしばらくエステルが壁を登ったり降りたりするのを眺めていたんだが、そろそろいい時間になってきたので一旦家に戻ることにした。もうセリーヌたちも起きていることだろう。
おっと、そうだ。帰る前にひとつ聞きたいことがあった。
「そういえば言い忘れてたんだけど、エステル今日も気配消してたでしょ?」
壁から飛び降りたエステルが照れたように頬をかきながら答える。
「あー、ごめんね? マルクに言われるまで気づかなかったんだけど……どうやらクセになってるみたいなんだ。気配殺して歩くの」
おっ、そうかい。
◇◇◇
ボルダリングで遊ぶエステルと別れ、セリーヌ宅まで戻ってきた。玄関の扉を開けると、さすがに三人とも既に起床していた。
部屋の中でニコラの髪にブラシをかけていたセリーヌが申し訳なさそうに口を開く。
「おかえりマルク。さすがに少し寝すぎたわ~。もうそろそろ昼食の時間よね? 少し早いけどもう昼食にして、食べ終わったらレオナさんたちに連絡しましょうか」
「わかった。それじゃあ適当にテーブルに出すね」
俺はアイテムボックスから白パンと屋台で買った肉串、岩虫の唐揚げを皿と共にテーブルの上の載せると、匂いに釣られてやってきたエクレインが唐揚げを指差す。
「マルクちゃん、おはよ。これってなあに?」
「岩虫っていう魔物の唐揚げだよ。サドラ鉱山集落で売られていたんだ」
「へー、聞いたこともない魔物ねえ。どれどれ」
エクレインは相槌を打ちながら、さっそく一つ摘んで口に入れる。
「あら、サクサクしておいしいわねえ! やっぱり魔物の肉は一味もふた味も違うわあ。この辺じゃ食べられるような魔物がいないのが残念ねえ。この村の周辺にもっと魔物が湧いてくれたらいいのに~」
なかなか物騒なことをおっしゃる。それにしても……
「散歩途中で会ったエステルに聞いたんだけど、グリーンフォックスとフォレストファンガスって魔物はいるんでしょ? 食べられないの?」
「グリーンフォックスの肉は筋張って食べられたもんじゃないし、フォレストファンガスは食べる人もいるみたいだけど……。私はパスしたいわねえ」
どうやら珍味の類のようだ。岩虫もその類だとは思うけど。
「お兄ちゃんおはよー」
『お兄ちゃん、エステルと密会していたんですか? ヘタレなんですから無駄に美少女とフラグを立てるのは止めてもいいのでは?』
髪を梳き終わったニコラが椅子に座りながら念話を届ける。昨夜のこともあり今日のニコラは辛辣だ。
「ああ、おはよう」
『フラグ立てるもなにも、セリーヌの昔話で盛り上がっただけだよ』
テーブルについたニコラはさっそくモグモグと岩虫の唐揚げを食べ続けているが、念話なので会話は止まらない。
『共通の話題から攻め落とすとか、王道以外の何物でもないと思うんですけど。……まぁいいです。ヘタレだからこそ分岐ルートはたくさんあったほうがいいですからね。メインヒロイン一名だけのエロゲなんでクソゲーもいいところですから』
『俺の人生をエロゲのフローチャートに例えるのは止めてもらおうか』
「あー、もう二人とも食べちゃってるの? 私を待ってくれてもいいんじゃない~?」
ブラシを隣の部屋に片付けに行って少し遅れてやって来たセリーヌが軽く抗議をしながら椅子に座る。そうして少し早めの昼食が始まった。
昼食が終わってから少しゆっくりと時間を過ごせば、デリカたちがファティアの町に着く頃になるだろう。滞在延長の話し合いについてはともかく、久々の母さんや父さんと会話を想像し、俺の心は少し弾んだ。
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