187 トイレタイム
『やっぱりこれって魔力供給の影響なのかな?』
ほのかに月明かりが差し込む部屋の薄暗い天井を見つめながら、俺はニコラに問いかけた。
『元々セリーヌはお兄ちゃんを好ましく思ってはいたようですけど、魔力供給で一気に加速した感はありますね』
『魔力供給には洗脳みたいな効果があるってこと?』
『洗脳じゃありませんよ。例えるなら……、好きな人の汗の匂いをクンカクンカしているうちに汗の匂いだけじゃ満足出来なくなった……って感じですかね? ですから最初からお兄ちゃんのことを何とも思ってない人があんな風になることはありません。マナを注がれてもいい気分にはならないでしょうね。……むふふ、マナ注入でどんな美女でも即堕ちなエロゲ的展開にならなくて残念でしたか?』
ニコラがニチャアと笑いながらこちらに顔を向ける。
『むしろ安心したよ。俺がセリーヌのその……気持ちを捻じ曲げたってことではないんだよね?』
『そうですね。お兄ちゃんのマナを身体に通していることでブーストされているのは間違いないですけど、根っこは変わっていないでしょう、そこは私に言わせれば些細な問題です』
セリーヌみたいな大人が八歳児に襲いかかりそうになっている現状は、とても些細な問題とは思えないんだが。ニコラはさらに言葉を続けた。
『それよりも一番の問題は、美味しくいただくのか、それともいただかれるのか? この一点のみです。どちらが攻めに回るのかについては、それで戦争が起きてしまうほど重要かつデリケートな問題ですので、しっかり熟慮した上で決めていただきたいと思います」
そこでニコラは一度話を区切ると、むくりと起き上がり俺に向かって正座をした。
『……お兄ちゃんにひとつお願いがあるのですけど、絶対に邪魔はしませんし寝ている振りをします。ですから、かぶりつきで見学させてください……!』
それはそれは見事な土下座だった。俺はそれを見ながら息を吐く。
『見学させるわけないだろ……っていうか、そんなのする気はないし、さらに言うなら俺の身体はまだ全然反応してないから。セリーヌが俺に好意があるのは嬉しいけど、俺の気持ちも身体も全く付いてきていないよ。……だからといって告白をされたわけでもないのに、振ったりするのも違うよなあ』
『ということは?』
頭を下げたままのニコラがちらっと俺の方を伺う。
『……現状維持の方向で』
すると頭を上げたニコラが今まで見たことのないくらいの、最大級のため息をついた。
『はぁ~~~~~~~~~。……あー、はいはい。ヘタレのお兄ちゃんらしい回答ありがとうございます。はー、まじはー』
『とりあえずセリーヌが辛そうだし、これからは一緒に寝るのは止めたほうがいいんだろうな』
『そうですねー。目の前に無防備なエサが放置されている状態じゃなければ、セリーヌも普段通りの生活を送れるでしょう。現状はやりたい盛りの青少年の横に裸の美女が寝ているようなもんですから』
セリーヌが青少年で裸の美女が俺なのか……。
『そういうことなら、滞在延期が決まったら俺はすぐに空き地に家を建てることにするよ』
『了解でーす。あーあー、すっごくもったいないですねー』
ニコラはもはや興味もなさそうにおざなりに返事をしながら、再び敷布団に横になり俺に背を向けるとポリポリと尻をかいた。
実際のところ、現在は保護者の立場でもあるセリーヌが俺となんやかんやしてしまうと、実家に帰ったときにウチの両親と顔を合わせづらいってレベルじゃないだろう。セリーヌもそう思っていたからこそ耐えていたんだろうし。
であるからして、この件は棚上げにするのが一番いいのだ。うんうん、据え膳なんて知ったことか。
俺はこれこそが最善策と一人で納得したことで、ようやく一息つくことができた。すると平穏を取り戻した八歳児の身体が休息を求めて眠りに誘おうとするが、その流れに身を任せる最中にふと思った。……そういえばセリーヌのトイレ長いな――
◇◇◇
――結局ぐっすりと眠ってしまった翌朝。……着衣に乱れは無い。どうやら俺は綺麗な体のままの様だ。
隣に顔を向けると、敷布団から体を起こしたセリーヌがあくびを噛み殺していた。
「おはよ、セリーヌ」
「ふぁ~、おはようマルク。夜は起こしちゃってごめんなさいね~」
昨夜の情欲に塗れたような瞳ではなく、気だるそうに瞳をしょぼつかせている。どうやらあまり眠れてはいないようだ。そういえば昨日の朝も眠そうにしていたし、もしかしたら魔力供給初日の夜も似たような状況だったのかもしれない。
「ねぇ、セリーヌも眠そうだし、今朝は物々交換に行かないでアイテムボックスの食料で朝食にしようよ。もう少し寝ていたら?」
「ん、んー、そうねえ……。明日には帰るし、母さんにこの村の外の料理を食べてもらうのもいいわね。そうしましょうか~」
「それじゃ僕は朝の散歩に出かけてくるね」
「はーい。マルクなら大丈夫だと思うけど、一応気をつけてね~」
俺がこれまでで一番身の危険を感じたのは昨夜のセリーヌなんだけどな。そんなことを考えてるとはつゆ知らぬセリーヌは、起こしていた上半身をゆっくり倒すとすぐに寝入ったようだった。
それを見届けた俺は早々に着替えを済ませ部屋から出ようとしたところで、アイテムボックスに枕を片付け忘れたことに気付いて振り返る。
するとセリーヌが俺の枕を抱きしめながら顔に埋め、口元を蕩けるように緩ませて熟睡している姿が見えた。
その顔を見ていると枕を取り上げる気にはならず、俺は枕の収納を諦めると、そっと部屋から抜け出した。
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