186 魔力供給二日目
共鳴石越しにデリカと会話を続ける。
デリカ曰く、このまま順調に進めば今日の夕方頃にはセカード村につくらしい。
そして翌日にビヤンがテンタクルスについての商談を本格的に始めるため、護衛を二手に分けてデリカは先に村を出発し、明日の昼頃にはファティアの町に到着予定なんだそうだ。
そういうこともあり、デリカには明日は朝の連絡は無しにして両親とゆっくり話すための魔力を取って置くように言われた。正直なところ少しくらいなら平気だと思ったけれど、せっかくのデリカの厚意に甘えて明日は昼に連絡することを約束する。
その後はニコラとデリカ、それとネイも交えて他愛もない会話を続けた後――
「それじゃあデリカお姉ちゃん、ネイちゃん、ばいばい!」
「うん、ニコラ、マルク、また明日ね!」
「あたしもデリカに付いていくからな! また明日!」
マナの供給を止め共鳴石での通話を終えると、ニコラがニヤニヤと笑いながら肘で俺の腕をつつく。
「デリカも本当は明日もお兄ちゃんとお話ししたいはずなのに、健気だと思いませんか? 今日の会話でデリカがお嫁さんなら私の寄生もあっさり許してくれると確信しましたよ。逆にネイだと追い出しにかかりそうでちょっと怖いですね。ネイと結婚するのなら、その辺はしっかり相談しておいてくださいよ?」
「あー、うんうん」
俺がそっけなく返事をしていると、玄関の扉がバタンと開きセリーヌたちが帰ってきた。二人の背にある背負いカゴにはグプルの実が山ほど積まれている。
「おかえりセリーヌ。デリカたちは明日の昼頃にはファティアの町に着くみたいだよ」
「そっか。それじゃあ明後日にはここを出発かしらね。今まで待たせて悪かったわね~」
明後日出発か。どうやら明日中に両親を説得しないといけないらしい。明日は魔力を使い切る勢いで粘って会話を重ね、なんとしてでも滞在延長を勝ち取ろう。こうなってくるとデリカの厚意がとてもありがたいものになってきたね。
「ところで今日はポータルクリスタルに行くのは昼食を食べてから?」
俺が尋ねるとセリーヌは背負いカゴを降ろしかけた体勢のままビクッと動きを止め、冷や汗を流しつつ声を震わせた。
「そ、そうね……。さ、先にやっときましょうかね……」
どうやら昨日のアレは相当
こうして俺たちは面倒くさがりながらも酒造りを始めたエクレインを家に残し、ポータルクリスタルへと向かった。もちろんニコラも満面の笑みを浮かべながら付いてきた。
◇◇◇
ポータルクリスタルに到着したものの、今日はディールには遭遇しなかった。ポータルクリスタルと言えばディールに遭遇みたいなイメージがあったが、さすがに毎時間のように見回りをしているわけではないらしい。
俺たちはポータルクリスタルに近づき、昨日マナを注いだ水晶の枝の下で立ち止まった。少し挙動不審な様子のセリーヌが胸に手をあてながら声を震わせる。
「ま、待って。少し覚悟がいるのよ。……すーはーすーはー。よし、いらっしゃい!」
セリーヌは気合を入れてポータルクリスタルの幹に手をあてると、もう片方の手を俺に差し出す。
「それじゃあいくよー」
俺はセリーヌと手を繋ぎ、ゆっくりと火属性のマナを注ぎ込み始めた。
◇◇◇
三十分後。
「んっ、んっ、んあっ……。んくっ、……もう、駄目っ……! ごめんなさい……」
汗だくのセリーヌがべちゃっと地面に倒れこんだ。
マナを注ぎ込んだ時間は昨日と同じく三十分程度だ。慣れればもう少し長くマナを注いでいられるのかと思ったけれど、そういうものでもないらしい。
『そこでセリーヌを失神させておきながら首をひねってるお兄ちゃん? セリーヌはもう魔法使いとしては成熟期に向かってますから、一日二日で慣れるもんじゃありませんよ。成長おばけのお兄ちゃんと一緒にしないほうがいいです』
『そういうものなのか……って、えっ、失神!?』
慌ててセリーヌに駆け寄り、うつ伏せだった体を仰向けにひっくり返して容態を確認する。
じっとりと汗に濡れた胸元は呼吸に合わせて規則的に上下に動いているし、顔は火照ってはいるが青ざめているよりは良いだろう。ひとまず大丈夫そうなのでホッと胸を撫で下ろす。……しかしセリーヌのこの表情は――
――ニコラが落ち着いた口調で、その表情を端的に言い表した。
『おお……これは見事なアヘ顔ですね』
◇◇◇
セリーヌはしばらくそのまま寝かせることに。そして失神したのをいいことにニコラが思う存分色々と堪能し終わった頃、セリーヌが目を覚ました。
本人には念入りに聞き取りをしてみたが特に異常はないらしく、気絶したのも少し無理をしすぎた結果なので気にしないで欲しいとのことだった。
そして汗と土に汚れたセリーヌとニコラには風呂に入ってもらい、俺は風呂からエクレインを呼びに家に戻ると、エクレインが風呂に行き、俺が入れ替わりでグプル酒を作りながら三人が風呂から上がるのを待った。
――そんな風に今日一日を過ごし、今晩も三人揃って床に布団を敷いて就寝。……していたんだが、不意に目が覚めた。
少しづつ覚醒していく五感の中で、まず初めに感じたのは女の濃厚な汗の匂い。次に俺の全身を包むような熱。そして掠れた声が聞こえた。
「ふーっ、ふーっ、駄目よ、駄目……。相手は子供、相手はマルク……」
ぼそぼそと呟いているセリーヌの声。薄っすらと目を開けてみると、どうやらセリーヌは俺とぎりぎり触れるか触れないかの距離で、俺を包み込むように横たわっている様だ。セリーヌの吐息が俺の首筋をかすめる。
セリーヌからはいつも感じていた落ち着くような森の匂いはしない。代わりに俺の周囲では浮ついてそわそわした気分になりそうな汗の匂いが充満している。
俺はなるべく偶然目が覚めたように装いながら口を開いた。
「ん~? どうしたの、セリーヌ……」
「ふわっ!? あっ、あー……、な、なんか眠れなくてね。かわいいマルクの寝顔を見ながら過ごしてたのよ~。起こしちゃったみたいでごめんなさい。私ちょっとおトイレに行ってくるわね~」
焦ったように早口で答えると、セリーヌはそそくさと部屋から出て行った。それを見送りながら俺は大きく息を吐く。
『この場合、据え膳なのはどちらでしょうかね?』
どうやら様子を見ていたらしいニコラから念話が届いた。
……うん。鈍感だなんだとニコラに言われたりしているけれど、俺にだってこれくらいはわかる。――このままだと、俺はセリーヌに襲われてしまうらしい。
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